第47話 勇者は、戸惑いもなく剣を抜くだろう。
パーティーの盛り上がりも落ち着き、食事を終えた子供達は校舎に戻って行った。
空にはすっかり星が昇り、焚き火の灯りが辺りを赤く照らしている。
「……晴翔さん」
突然、茜が少し躊躇いながら俺の袖を引いた。
「ちょっと、いいですか?」
「ん? どうした?」
「少し……お話が」
顔が、少し強張っている。
「……分かった」
俺は立ち上がり、茜について行った。
──
人影のない、校舎の裏。
月明かりだけが、俺と茜の顔を僅かに照らす。
……幸か不幸か。
男子にも女子にも、校舎裏に呼び出されるようなイベントは無い学生時代だった。
青春なんて実際そんなもんさ。そう思いながら俺の春は終わったのだが……
それが今──
(ま、まさか、告白!?)
いやいや、ないない。
落ち着け俺、冷静に考えろ。
いったい何歳離れてると思ってるんだ。
茜なら、同年代の男子からもモテまくってたはずだ。こんなおっさんにわざわざ……
心臓がバクバクと音を立てて高鳴る。
この緊張は──魔王と対峙した時にも匹敵するかもしれない。
「……どうした?」
声が震えないように細心の注意を払いながら尋ねると……茜は少し俯いた。
胸の前で組んだ手をモジモジと動かし、何度か躊躇った後、思い切ったように口を開く。
「あの……両親のことなんですけど……」
「両親?」
なんだ。告白じゃないのか。
……そりゃ、そうですよね。
と思いつつ、肩から一気に力が抜けた。
「あぁ、ご両親の行き先の事か。さっきの話だと、基地に入れてもらえたかどうか……心配、だよな」
そこまで言って、ふと疑問に感じた。
「そういえば、茜の家から基地までは結構離れてるよな。何でわざわざ遠い基地に向かったんだろうな?」
俺の問いに、茜はビクリと小さく肩を震わせた。
「実は……」
ゆっくりと顔を上げる。
月明かりを受けて、その瞳は僅かに潤んでいるように見えた。
「私の両親は──研究者なんです」
「……研究者? それは、凄いな」
思わず、短絡的な返事を返す。
「はい。父は脳科学者で、母は神経薬理という分野を研究していて──」
何か、凄そうな話だな。実家があれだけ立派だったのも頷ける。
けれど、それが今何の関係が……?
呑気な俺の思考とは裏腹に、茜の声は震えている。
「実は、連休に入る前。研究所で大変なトラブルがあったそうなんです。それで両親とも休暇返上になりそうだとか、そういう話をしていたのを聞いて」
「……」
その目に、涙が浮かんだ。
「二人とも、何を研究していたかは、詳しくは知りません。でも……“記憶の同期・定着”に関するものだと聞いています」
そこまで言って、息を詰まらせたように俯いてしまった。
「……感じませんか。街に溢れるゾンビ。……皆同じように動いて、同じ反応です。まるで全部が同じ個体のコピーみたいな」
……確かにそうかもしれないが、ゾンビってそういうもんだからな。異世界でもそうだった。
「もしかしたら──このゾンビのことと、関係があるかもしれない。きっと、自衛隊基地にも、それで呼ばれたんです」
「……」
「……ずっと黙っていました。疑われそうで……怖くて……」
声はどんどん小さくなり、ついに涙がこぼれた。
「ごめんなさい」
月明かりを受けて、宝石のように輝く涙が音もなく地面に落ちる。
「……茜」
その肩に手を置いた瞬間、華奢な体が小さく震えるのが分かった。
「憶測だけで、あまり悲観的になるな」
ゾンビってみんなあんな感じだ。とは言えない。
「でも……」
見上げてくる瞳が揺れている。まるで、俺に救いを求めるように。
「いいか、茜」
言葉を選びながら、ゆっくりと話す。
まだ決して長いとは言えない俺の人生。
けれど、命を賭けたような修羅場は、他人の何倍も潜って来たつもりだ。
「色んな人を見てきたけど──悪人ってのは、顔に出るもんだ」
異世界でもそうだった。これは紛れもない事実だ。
金と権力に固執した貴族。
人を騙す事しか考えてない商人。
略奪を繰り返す盗賊団──。
悪意を持った人間は、どこか目つきが違う。
笑っていても、笑顔の裏に暗い影が隠れている。
「茜の家族写真、見せてもらっただろ」
「……はい」
掠れた声。それでも、必死に俺の話を聞こうとしている。
「みんな、すごく幸せそうだった」
あの写真の中の家族は──本当に、幸せそうだった。
両親も、お兄さんも──そして、茜も。
皆が笑顔で、皆が温かかった。やましい人間からは絶対に生まれない、心からの笑顔。
「悪人は、あんな顔で笑わない。それに──」
茜の目をまっすぐ見た。
「こんな世界で、出会ってから今日まで──茜はずっと、正しくあろうとした」
いつも誰かを助けたいと、誰かを守りたいと、その一心で行動してきた。
困っている人を見て、見て見ぬふりをしなかった。
「そんな子の両親が、悪い人だとは思えない」
自然と手が伸びて……その頭を撫でた。柔らかな髪が指の間をすり抜ける。
「だから──確かめに行こう。そのために、両親を探そう」
「……っ」
茜の目に、また涙が浮かぶ。
だが──さっきとは違う。光を湛えた、希望の涙。
そして、嬉しそうに、何度も頷いた。
我ながら……柄にもなく、説教っぽいことを言ったもんだ。
急に恥ずかしくなって、背を向ける。
「じゃ、戻るか」
「あの、晴翔さん」
「ん? まだなんか気になるのか?」
振り返ると──茜が、真っ直ぐ俺を見ていた。
月明かりの中で、その顔が少し赤い。
「私──」
茜が、小さく息を吸う。
決意を固めるように。胸の前で、両手を握りしめて。
「晴翔さんが、好きです」
「……え?」
一瞬、時間が、止まった。
思考が、追いつかない。
心臓が一拍飛んだ。
「あの! こんな状況だから。付き合って欲しいとか、そういう事じゃないんです」
慌てたように言葉が続く。
「私は子供だし、晴翔さんは優しさで良くしてくれてる事も、分かってます」
「……」
言葉が出ない。
何を言えばいい? どう答えればいい!?
「けれど──」
俯いたその横顔を、月が照らす。
「こんな状況で、毎日が……もし明日、死ぬかもしれないって思うと」
茜の声が、震える。
握りしめた拳が、小さく震えている。
「言える時に、言っておきたかったんです」
「……茜」
「……ふふ。私、今まで、告白なんかした事もなかったのに」
茜が、少しだけ笑った。
寂しそうに、それでもどこか晴れやかに。
「こんな状況になって、やっと勇気が出るなんて──変ですよね」
「……」
何も言えない。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
「もちろん、返事はいらないです」
涙を堪えた目で、それでも笑って俺を見る。
「そんな場合じゃないの、分かってますから。だから、ただの私のわがままです」
そして──優しく、笑った。
「聞いてくれて、ありがとうございました」
そう言って──茜は、走っていった。
小さな背中が、焚き火の光の中に消えていく。
「……」
俺は、しばらく──その場に立ち尽くしていた。
夜風が、頬を撫でる。冷たい風が、火照った顔を冷やしていく。
月が……何も言わずに、ただ俺を見下ろしている。
(……参ったな)
小さく吐いた息が、夜気に溶けていく。
どう答えればいいんだ、こういうのは。
異世界では、こんなこと一度もなかった。
仲間たちは戦友で、命を預け合う信頼できる存在だった。──だが、それ以上もそれ以下もない。
一瞬、フェリの顔が頭を過ぎる。
「……ダメだダメだ」
頭を振る。
もし、フェリにこの事を知られたら、永遠に溶けない氷で彫像にされかねない……もちろん、俺が。
「……はあ」
もう一度、ため息をついた。
ゆっくりと、焚き火の方へ歩き出す。
一歩一歩、まだ整理できない気持ちを抱えながら。
校庭では柚葉とフェリが、まだ楽しそうに話している。
笑い声が夜の静寂に溶けていく。
その隣に、何事もなかったかのように座る茜の姿。
だが──その頬が、少しだけ赤い。
俯いて、炎を見つめている横顔が、どこか切なげだ。
「おそーい。何してたの?」
柚葉が、ビールの入った俺の紙コップを持ち上げながら口を尖らせる。
「いや……ちょっとな」
適当に答えて座り、コップを受け取る。
隣にフェリが座った。
「ハルト、おそかった」
「悪い悪い」
フェリの頭を撫でた。
柔らかい銀髪が指に僅かに絡みつき、流れていく。
焚き火が、パチリと音を立てる。
爆ぜる火の粉が、夜空に舞い上がっては消える。
見上げると、夜空には輝く無数の光。
街の光が無いせいか……やけに眩しく感じる。
──茜が、ちらりと俺を見た。
目が合い、小さく微笑む。
寂しそうに、それでもどこか満足げに。
俺は──何も言えず、視線を逸らした。
胸の奥が、また締め付けられる。
(……どうすりゃいいんだ、これ)
崩れた薪の火の粉が、夜空に舞い上がっては消えていく。
無意識に、小さくため息を漏らしながら、薪に照らされる茜の横顔を見つめながらふと思った。
異世界から帰って来て、バタバタと流されるようにここまで来た。
俺自身、これから何をどうすべきかもまだ決めてないが。
この子を守るためなら。
きっと俺は──かつての勇者は、戸惑いもなく剣を抜くだろう。
そんな事を思いながら……久々のビールを煽った。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。 毎日コツコツ投稿しておりますが、皆様のブックマークや評価ポイントが、物語を完結させる大きな支えになっています。 未熟な作品ですが、応援のほどよろしくお願いいたします!




