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第45話 大佐の姿が見当たらないんだ

「……信じられないな。いや、よくやってくれた」


 総理が、次々と車から降ろされる食料を見て目を見開いている。


 三人で運べる量には限界があった。

 とりあえず痛むのが早そうな肉や魚を、積めるだけ積んで大急ぎで戻ってきたが、凍っていたこともあって、どうやら無事に運べたようだ。


 学校中の人々が集まってきて、山のようにある生鮮食品を──どうやって日持ちさせようか話し合っている。

 こういう話になれば、主婦の独壇場だ。

 パックに貼られたシールの賞味期限や、ドリップの状態を見ながら、次々と調理場へ運んでいく。


「これは今日中に使わないと」

「こっちは焼いちゃいましょ」

「冷凍庫が使えないとホント不便よね」


 てきぱきと指示を出す主婦たち。

 もともとは威張り散らしていた若い男たちだが、こうなっては口を出すこともできない。ただ黙って、荷物を運ぶだけだ。


 駐車場では、男たちが動かせる車を総動員して回収部隊を組んでいる。

 柚葉がマッピングした地図を見せて、総理に道順を説明しているところだ。


「このへんで歩道も通ったから、普通の車は難しいかも」


「了解だ。なるべく車高の高い車で向かわせよう」


 柚葉の証言をもとに、ルートが組み立てられる。


「それで、ショッピングモールのゾンビは?」


 総理が俺を見る。


「全部死んでた。変異体がやったのか、バラバラになってたな」


「数百のゾンビがか……。それで、変異体は?」


「付近に姿はなかった。移動したんだろう」


 総理が、指で地図をなぞる。


「……分かった。念のため武装はさせておく」


「ああ、それがいい」


 門が開かれ、次々と車が出ていく。

 武器を持った男たちを乗せた車が、一台、また一台と──ショッピングモールへ向かっていく。

 それを、総理と並んで見送った。


「……ありがとう。おかげで何とかなりそうだ」


 総理が、前を向いたまま呟いた。


「結局、俺は様子を見てきただけで、何もしてないが──依頼達成ってことでいいのか?」


 実際、全部フェリの手柄だしな。


「もちろんだ」


 総理が、俺の方を向く。


「我々は、君に協力を惜しまない。必要な情報は全て提供するし、学校からの出入りも自由だ」


「それはどうも」


 俺は軽く頭を下げた。


「まぁ、あんたたちのやり方に口出しする訳じゃないが……」


 そう言って校庭の隅に目をやる。

 そこでは、先日助けた老人の指示話を聞きながら、男たちが花壇を耕している。

 持って帰った物資の中に、園芸品売り場から持ち帰った家庭菜園用の種をいくつか混ぜておいたのだ。

 取りに行けば、農業用の小型機械なんかもある。


「あの人、元々農家だったそうだ。若い連中だけじゃ畑の作り方なんて分からなかっただろ?」


「……そうだな」


 総理が小さく頷く。


「世間でやたら騒がれてた“多様性”とかいうやつだろ。正直ピンとこなかったけど、こうやって見ると、案外重要なのかもしれないと思ったよ」


「──そうだな」


 俺のぼやきに同じ答えを繰り返して、総理は小さく笑った。


 そのとき、俺たちの元に一人の男性が駆け寄ってきた。息を切らしながら、俺に一礼してから総理に報告する。


「やはり、姿が見えません。目撃証言によると裏門から出たようで──外にあった動かせる車も一台、無くなっています」


「……そうか」


 総理が難しい顔をする。

 一度頷いて見せてから、視線を遠くに向けた。


 あまり首を突っ込みたくはないが、この状況で聞かないのも返って不自然だろう。


「何かあったのか?」


 俺が尋ねると、総理はまるで待っていたかのように口を開いた。


「大佐の姿が見当たらないんだ」


「ああ、確かに。俺と揉めてから見なくなったな」


 確かに、あれ以来、あのおっさんの姿は一度も見ていない。


「あの日以降も、校内に居たのは間違いない。複数の目撃証言がある」


 総理が眉間に皺を寄せる。


「ただ──以前とは違って、こそこそと隠れるように過ごしていたそうだ」


「派閥だ力関係だなんだって言ってたもんな」


 あの日、総理が言っていたことを思い出す。

 大佐の恐怖政治が揺らいだことで、力のバランスが崩れた──と。


「その件も、君のお陰で事態が落ち着いてきたし、物資回収の指揮を取ってもらおうと思っていたんだが……」


 総理が小さくため息をつく。


「探していたところ、さっきの報告の通りだ」


「なるほどな」


 俺は頷いて、話を終えようとした。

 正直、あのおっさんが何処に行こうが知ったことではない。勝手に出て行ったなら、それはそれでいい。


 だが──総理の表情が晴れない。


「……妙だと思わないか?」


「何がだ?」


「何故、このタイミングで出ていく必要がある?」


 真剣な顔で俺を見つめる。


「大量の物資が手に入ったんだ。食料も、安全も──少なくとも暫くは安泰だ。それなのに、わざわざ今、出ていく理由がない」


「まあなあ」


 適当に頷いてから答える。


「プライドが傷ついたとか? 俺に負けたのが悔しくて、いられなくなったとか」


 だが、総理は首を横に振った。


「大佐はそういう男じゃない。短い付き合いだが、断言できる」


「そうなのか?」


 まぁ、総理の人を見る目は割と確かなようだ。彼がそう言うならそうなんだろう。


「ああ。言うなれば、利益優先。プライドよりも実利を取る。感情よりも計算を優先する──そういう男だ。それだけに……尚更分からないな」


 総理の声が、低く沈む。

 そのまま黙って考え込んでしまった。


「まあ、あんたらの事情に首を突っ込むつもりはない。後は好きにしてくれ」


 俺は軽く手を振って肩をすくめた。


「そうだったな」


 総理も苦笑しながら目線を上げた。


「とにかく、助かった。今夜は息抜きにパーティーをするそうだ。加工しきれなくて、どのみち今日中に食べてしまわないといけない食材もあるらしいからな」


「へえ、パーティーか。まさかこの状況でそんなイベントが出来るとは思ってもみなかった」


「ああ。感謝のつもりだと思って、君たちも楽しんでくれ」


「そりゃどうも。久々に酒でももらうかな」


 そう言って笑う俺の肩をポンと叩いて、総理は人々の輪へと戻っていった。

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