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第42話 お城じゃなくて、ダンジョン?

「ハルトー! やっと見つけた!」


 尻尾をブンブンと振って、フェリが抱きついてくる。


「分かった。分かったから、一旦離れろ」


 小さな体を持ち上げて、床に立たせた。


 キラキラとした目で、こっちを見上げるフェリ。

 白銀の髪、狼の耳、ふさふさの尻尾──間違いない。あのフェリだ。


「えーと、まず確認しておくが……」


 もちろん、フェリは向こうの世界の住人だ。

 つい先日別れたばかり。

 まさかここ日本で、しかも、こうも早く再会するなんて、全くもって思ってもいなかった。


「何でここにいる?」


「フェリ、どーしてもハルトに会いたかったから、女神さまにお願いした」


「……マジか?」


「まじ」


 フェリが真剣な顔で頷く。


 フェリの話によると、俺が帰ってから数日──寂しくて夜もろくに眠れなかったらしい。

 見かねたおっさんが女神に相談してくれて、フェリも世界を救った英雄の一人だから、願いを叶える権利があると。

 それで相談の結果、俺の後を追ってこっちに来たそうだ。


「ハルト、こっちは平和って言ってたのに。ゾンビばっかり。なにこれ?」


 ぷぅと頬を膨らませて、辺りで氷漬けになっているゾンビを睨む。


「あー。これなあ。俺も分かんねえんだよ」


「前はこんなんじゃなかったの?」


「ああ。ゾンビどころか魔物も居ない世界だよ。前に話しただろ?」


 長い冒険の中、フェリはこっちの世界の話を聞くのが好きだった。

 よく夜、寝る前に寝床の中で話してやった。

 平和な日本。魔物のいない世界。

 街のこと、遊びのこと、食べ物のこと──。


「そういえば、フェリはいつこっちに来たんだ?」


「えと……」


 フェリが指を折りながら数える。小さな指が、一本ずつ丁寧に曲げられていく。


「今日で八日目!」


 両手で八を示す。


「……八? 五とか三とかじゃなくてか?」


 俺がこっちに戻って来てから、今日で五日。俺より後に来たなら、それ以下のはずだ。


「八だよ。フェリだって、それくらいちゃんと数えれる」


 腰に手を当ててプンと頬を膨らませるフェリ。


「いや、待て待て。俺がこっちに来て今日で五日目なんだよ。計算が合わない」


 フェリがしばらく口に指を当てて考え込み、何かを思い出したようにピンと耳が立った。


「あ、女神さまいってた。まったくおなじ場所、時間には送れないって。すこしズレるかもって」


「……なるほどな。あの女神、時々いい加減だしな」


 こっちとあっちの時間の繋がりがどうなってるのかは分からないが、後から転移したフェリの方が、俺より先に日本に着いた訳だ。


「だから、フェリ、おりこうに待ってた。ハルトならきっと見つけてくれると思って!」


 そう言って、また抱きついてくる。


 確かに──。

 もし逸れた場合は下手に動かず、その場でじっとしてろとは、冒険中に俺もおっさんも繰り返しフェリに言っていた。


 だから……こんな見ず知らずの世界で、しかもゾンビだらけの中で、ひとりぼっちで八日間も待っててくれたのか。


「……よく頑張ったな」


 フェリの頭を優しく撫でてやる。

 耳が、嬉しそうにぴょこぴょこと動く。尻尾も、ぶんぶんと揺れる。


「えへへ」


 フェリが、幸せそうに笑った。

 その笑顔を見て──俺は、少しだけ胸が熱くなった。


(……そうか。こいつ、俺に会いたくて、世界まで超えて来たのか)


 異世界での冒険が終わって、俺は元の世界に帰った。

 フェリとも、おっさんとも、他の仲間たちとも──別れた。

 もう二度と会えないと思っていた。


「……ありがとな、フェリ」


「ん?」


 フェリが不思議そうに俺を見上げる。


「いや、何でもない」


 俺は笑って、もう一度フェリの頭を撫でた。


 ◇ ◇ ◇


「なぁ、もう一個だけ聞いていいか?」


 フェリの頭を撫でながら尋ねる。


「なに?」


 フェリが、首を傾げて俺を見上げる。


「ゾンビはともかく、何で……何もかも氷漬けなんだ?」


 氷漬けになったショッピングモールの中を指差す。床も、壁も、商品も──全てが氷に覆われている。


「たべもの。どれが何だか分かんなかった」


 そう言うと、フェリは食料品売り場にトテトテと走って行った。その後を追う。


「たぶん、これはくだものとか、おやさい。ニオイで分かる」


 そう言って、棚に並んだりんごやバナナを指差した。氷の中で、鮮やかな色を保っている。


「でも、ほかのツルツルに入ってるのなにー?」


 ツルツル──ナイロンの梱包のことのようだ。確かに、異世界じゃこんなものは無いな。


「とにかく、くらさないように、ぜんぶ凍らせた」


 フェリが、腰に手を当ててえへんとのけぞる。

 つまり、フェリには何が要冷蔵で何が常温保管可能か分からなかったのだ。

 だからいっそ、全部冷凍保管してしまおうと──。


 子供ながらの大胆さと、圧倒的な魔力が成せる技だな。


 ……いや、待て。


「フェリ、凍らせたのって、ここに来てすぐ……八日前の事か?」


「うん。あ、はじめはお外のゾンビをやっつけてたから、そのつぎの日かな?」


 フェリが頷く。

 総理が派遣した回収チームが“変異体”を見たのは、その時か。


「えとね。どこに行っていいか分からなかったから、いちばん大きなお城にきたの。そしたら食べ物もいっぱい、お宝もいっぱい。でもゾンビもいっぱい。だから、とりあえず全部凍らせた」


 フェリが、誇らしげに胸を張る。


「……もしかして、ここお城じゃなくて、ダンジョン?」


「いや、城でもダンジョンでもないけど……」


 俺は、思わず笑った。

 何にせよ……。


「お手柄だな」


 茜の話によると、異変が起きたのは二週間ほど前だ。

 そこから電力がどれほど持ったかは分からないけど、その後数日でフェリが氷漬けにしたなら──ここにはまだ食べられる物が大量にあるはずだ。

 しかも、フェリが来た時点でゾンビだらけなら、まだ他の人間に荒らされていない確率も高い。


「フェリ、ちょっとこの辺溶かしてみてくれるか?」


 野菜が並べられた棚の一角を指差す。


「うん」


 フェリが軽く手をかざすと──氷が粉雪のようにサラサラと消えていった。

 そこから現れたのは、新鮮そうなキャベツ。葉は瑞々しく、まるで今朝収穫したばかりのようだ。


「……まさしく、宝の山だな」


 俺は、周りを見渡した。

 氷漬けになった食品たち。

 肉、魚、野菜、果物、パン、お菓子──ありとあらゆる食料が、完璧な状態で保存されている。

 家庭用の冷凍庫とは桁の違う、フェリの極低温の嵐が全てを一瞬にして凍り付かせたのだろう。


 これだけあれば──学校の人間全員、数ヶ月は余裕で生活できる。

 いや、もっとか。


「フェリのおかげで、みんな助かるぞ」


「ほんと!?」


 フェリの目が、キラキラと輝く。


「ああ、本当だ」


 俺は、フェリの頭をもう一度撫でた。


「よくやった」


「えへへ」


 フェリが、嬉しそうに笑う。

 フカフカの尻尾が、ぶんぶんと振られた。

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