第41話 最初に出来た仲間
「……じゃ、確かに銀貨四十枚。毎度あり」
そう言って、奴隷商は少女の繋がれた鎖を俺に渡した。
鎖の先には──ボロボロの長い銀髪を、顔を隠すように垂らした、小さな少女。
一瞬躊躇いながら鎖を引くと、少女は一瞬よろけながらも、トボトボとついてきた。
ボロ切れのような服。靴も履いていない。
薄暗い店の出口に向かう。
その背中に、店主が独り言のように呟いた。
「それにしても、お客さんも物好きだねぇ。いくら金がないとはいえ、そんな得体の知れない化け物を買ってくれるなんて」
店主の言葉に、俺は苦笑いだけ返して、店を後にした。
◇ ◇ ◇
「……よお。無事に取引できたみたいだな」
通りで待っていたおっさんが、俺を見つけて手を上げる。
「ああ。足元見られたのか、会計で少し揉めたが──まあ、想定内だ」
おっさんが、しゃがんで少女の顔を覗き込む。
少女は──震えていた。
手をぎゅっと握りしめて。
それでも、大人しく動かなかった。
「大丈夫、心配すんな」
おっさんが、優しい声で言う。
「俺たちは、お前さんを傷つけるために買ったんじゃない。ただ……」
おっさんはそこまで言って、俺を見た。
(……肝心なところで振るなよ)
俺はそう思って、小さく息を吐いた。
ポケットから、商人に貰った首輪の鍵を取り出す。
そして──震える少女の首元に触れ、その首に嵌められた鉄の輪を外した。
カチャリ、という音。
首輪が、地面に落ちる。
「俺の名前はハルト。勇者、って聞いたことあるかな? その数いる候補の一人だ」
少女が、不思議そうに俺を見る。
そして──慌てて、外された首輪を元に戻そうとした。
「これ、外しちゃダメ……」
小さな、震える声。
けれど、おっさんがその手をぎゅっと止めた。
「いいや。要らんさ」
おっさんが、真剣な顔で言う。
「俺たちは、お前さんに偉そうに言える立場じゃないからな。な?」
おっさんの問いに、俺は思わず笑った。
「そうだな」
そして、少女に向き直る。
しゃがんで、少女と目線を合わせる。
「頼む」
俺は、真っ直ぐ少女の目を見て言った。
「俺たちを──助けてくれないか?」
「……え?」
少女の蒼い瞳が、驚きに見開かれた。
◆ ◆ ◆
「──ハルト! そっち、後ろ狙え!」
「……っ! って、どこが後ろなんだよっ!」
おっさんに急かされて、半ばヤケクソで剣を振る。
けれど、俺の剣はポヨンとした半透明の物体に弾かれて、手応えなく終わった。
メガスライム──通常のスライムの十倍はある個体だ。
酒場にあった割の良いクエストで薬草取りに来てみたら、なんとこいつの縄張りだったとは。
どうりで報酬の割に、地元の冒険者は誰もやらなかった訳だ。
「おい、ハルト! 避けろ!」
気づけば、メガスライムが俺を飲み込もうとその巨体を精一杯伸ばしていた。
「──嘘だろ!」
咄嗟に横跳びで避ける。
間一髪で丸呑みを避けたが──逃げ遅れた右足が、地面とスライムの間に挟まれた。
「っ!」
慌てて引き抜こうとするが、スライムの重さで動かない。
「ヤベヤベヤベ!」
靴がジュウジュウと音を立てて溶け始める。
溶解液──酸だ。
「ハルト! 今助ける! 動くなよ!」
おっさんが勢いよく剣で斬りつけるが、それもあえなくプルンと弾かれる。
この魔物は非常〜に物理攻撃が通りづらい。
多少の強化魔法以外、ろくに攻撃魔法が使えない俺とおっさんにとっては、まさに天敵だ。
「……ハルト」
おっさんが神妙な顔をした。
「知り合いにいい義肢を作る奴がいるんだ。今度、紹介してやるからな」
そう言って──俺の足に向かって、剣を振り上げる。
「──ま、待て待て! 早まるなって! まだ何とかなるから! 今考えるから!」
「覚悟を決めろ! 冒険じゃ一瞬の判断の遅れが命取りになる! 足の一本や二本、また生えてくるさ!」
「んな訳あるかぁぁ!」
俺の断末魔と共に──パキパキパキパキ……という音が響いた。
スライムが、端から真っ白に変色していく。
……凍り始めたのだ。
気づけば、辺りに冷気による霧が立ち込めていた。
「……ったく、フェリ。遅いぞ!」
「……ハルトたちがうるさいから、集中できなかった」
物陰に隠れていたフェリが、魔法を構えたまま姿を見せる。
小さな体、流れるような白銀の髪、ふさふさの尻尾と耳。
痩せ細っていた奴隷の少女は、今じゃうちの頼れる魔法使いだ。
「『凍てつく北風よ、我が敵を氷の檻に閉ざせ──アイスプリズン』」
フェリが静かに詠唱を完了させた瞬間──
ゴォォォ……!
冷気が一気に広がる。
メガスライムがみるみる凍りついていく。
表面から内部へ、ゆっくりと、確実に。
パキパキパキパキ……という氷の音が森に響き、やがてメガスライムは完全に氷の彫刻と化した。
「よし!」
おっさんが一気に切り込み、凍りついたスライムに剣を叩き込む。
ガキィン!
硬い音とともにヒビが入り、足にまとわりついていたスライムの一部が砕けて飛び散った。
「ハルト、今だ!」
「分かってる!」
俺も剣に風の強化魔法をありったけかける。
剣が緑色の光に包まれ、風が渦を巻く。
それを、凍りついたメガスライムの中心に全力で突き立てた。
「喰らえっ!」
ガシャァァァン!
内側から爆ぜる空気の膨張に耐えきれず、メガスライムが爆散した。
氷の破片が四方八方に飛び散り、キラキラと光りながら地面に落ちていく。
「……っ、はあ、はあ……」
危うくスライムの養分になるところだった。
でも──勝った。
「やったな、ハルト!」
おっさんが俺の肩を叩く。
「ああ……何とかな」
俺は溶けかけた靴を見下ろす。ボロボロだ。
「……新しい靴、買わないとな」
「ははっ、そうだな。でも、足は無事で良かったぜ。義肢の注文はキャンセルだな」
「当たり前だ。冒険に出たばっかでそんな大怪我してたまるか」
俺も笑い返してから、フェリの方を向いた。
「フェリ、ありがとな。助かった」
「……うん」
フェリが小さく頷く。その顔に、少しだけ笑顔が浮かんでいた。
「やはりフェリの氷魔法は凄まじいな。頼りになる」
おっさんがポンと頭を撫でると、フェリは嬉しそうに尻尾を振った。
「そのうち、氷魔法以外も覚える。……たぶん。フェリ、ハルトたちを守る」
「はは。頼りにさせて貰うよ」
三人同時に顔を見合わせて笑う。
「さてと、戦利品を回収するか」
おっさんが砕けたスライムの残骸を漁り始める。
「スライムのコア、あるかな……」
「あるといいな」
俺もとフェリも加わり、三人一緒に地面に這いつくばる。
──これが、異世界で最初に出来た仲間。
そして、最後まで俺を見送ってくれた、仲間だった。




