第39話 やっぱり、何か居るな
その後も、時々横転した車を押し除けたり、ゾンビの群れを蹴散らしたりしながら──都度柚葉を説得しつつ、無事にショッピングモールの近くに到着した。
駐車場の外れ、街路樹の影に車を停めてエンジンを切る。一瞬にして辺りが静寂に包まれたように感じた。
元は街に溢れかえっていた音だが、静寂の中だと一台でこんなに騒がしいものなのか。
後部座席に置いてあった双眼鏡を取り出し、フロントガラス越しに周囲の様子を伺う。
軍用の何だか凄そうなやつだが、使い方は分からない。とりあえずそのまま覗く。
駐車場には、放置された無数の車。
一斉に逃げ出そうとしたのか、そこらじゅうで車がぶつかり合い、乱雑に停められている。
地面には様々な日用品が転がっている。カート、バッグ、子供のおもちゃ──。当時のパニックの様子が、痛いほど伝わってきた。
「……静か、ですね」
茜が緊張した様子で、小さく声を漏らす。
確かに──。
総理の話では、駐車場からゾンビの群れだったと言っていたが……今は一体も姿が見当たらない。
集中して気配を探ってみる。
……だが、確かにゾンビはいないようだ。
それに──。
「ねえ、何か……曇ってない?」
柚葉が後部座席から身を乗り出して、怪訝な顔を見せる。
確かに、自衛隊の凄そうな双眼鏡でも、駐車場の奥がぼやけてよく見えない。
だが、正確には雲じゃなくて──。
「霧……だな」
「何でここだけ、ですかね?」
茜が首を傾げた。
風はない。だからといって、この辺りだけ霧が出るのは確かにおかしい。
それに──この霧、建物の周りだけ妙に濃い。
まるで意図的に発生させられたかのような、不自然な霧だ。
「……ねえ、何か寒くない? 私だけ?」
柚葉がブルリと身震いして、スカートから出た太ももを両手で擦る。
「そう言われてみれば……」
茜も自分の体を抱きしめた。
確かに、気温が下がっている。学校を出た時より……いや、街中に比べて明らかにここだけ“寒い”。
(……様子がおかしい)
俺は、双眼鏡を下ろした。
「先に見てくるから、二人は車で待機してくれ」
ドアノブに手をかける。
「えっ! 一緒に行くから。一人じゃ危ないでしょ」
柚葉が即座に反論する。
「そうですよ」
茜も弓を持って、車を降りようとする。
「いや、あくまでも様子見だ」
俺は二人を制した。
「三人だと余計に目立つ。何かあれば、これで連絡する」
手に持ったトランシーバーを見せると、柚葉が思い出したようにもう一台を車の座席から持ち上げた。
これも総理から借りたものだ。
「もし何かに追われて逃げ帰ったら──茜、弓で援護してくれ。退路の確保は重要だ」
「わ、分かりました」
茜が、緊張した面持ちで弓を握る。
「柚葉も、無線と周辺警戒を頼む」
「わ、分かったけど……無茶しないでよ」
その言葉に、俺は返事の代わりにひらりと手を振って車のドアを閉めた。
そして──靴紐を結ぶふりをして、車を結界で囲む。
これで、もしゾンビに襲われても問題ない。
(──さてと)
俺は立ち上がり、ショッピングモールを見つめた。
何度か来たことはある。休日は人で賑わう施設だったが──今は、ゾンビの気配すらない。
そして──。
その奥に、微かに感じる別の”気配”。
ゾンビとは違う。もっと大きく、もっと──禍々しい。
(……やっぱり、何か居るな)
嫌な予感を胸に、俺は無人の駐車場へ足を踏み出した。
◇ ◇ ◇
建物に近づくにつれて、霧がさらに濃くなっていく。
視界が悪い。五メートル先すら、ぼやけて見える。
足音を殺しながら、放置された車の間を縫うように歩く。
割れたガラス、凹んだ車、そして……引きずられたような跡──。
(……ここで、何があった?)
駐車場の地面に、無数の引っかき傷がある。
まるで──何か巨大なものが、ここを駆け抜けたかのような。




