第38話 いや、これ装甲車じゃないけどな
翌朝。
学校の駐車場に、ディーゼルエンジンの重低音が響く。
「晴翔、ほんとーに運転できるの?」
後部座席に乗った柚葉が、不安そうに問いかけてくる。……そういえば、俺の事はいつの間にか呼び捨てで定着してんだな。
「バカにすんな。普通に免許持ってるわ」
ハンドルを握りながら答える。
「も、もし不安だったら、やっぱり誰か運転できる人に来てもらった方が……」
助手席でしっかりシートベルトを締めた茜まで、姿勢を正して緊張している。
元々自衛隊のものだという、ゴツいSUV。
総理が言うには、前に行った時は車でたどり着けたそうだが、今は道路の状況がどうなってるか分からないという。だから、このごつい四輪駆動を貸してくれた。
「てか、本当にお前らも行くのか?」
俺は助手席と後部座席を振り返って、茜と柚葉を見た。
「晴翔さんばっかりに無茶はさせられません」
茜が、膝の上に置いた弓を撫でるように触る。
「晴翔一人じゃ道分からないでしょ」
柚葉は後ろで地図を広げている。
ゾンビの巣窟に女子二人を連れて行くのは気が引けるが──既に安全とは言えない学校に置いて行くくらいなら、確かに目の届く場所にいてもらった方が安心だ。
それに、物資を大量に運んだ時の”言い訳”にも多少なる。
総理は他にも武装した若い連中を何人かつけると言ってくれたが、正直邪魔でしかないので何かと理由をつけて断った。
「──それじゃ、行くぞ」
ギアを入れて、開けられた門に向かって車を走らせた。
エンジンが唸りを上げる。車体が、ゆっくりと動き出す。
「おぉ! 本当に動いた!」
柚葉が驚きの声を上げる。
「お前は文明未開の部族の人か」
「でも、ずっと歩きで移動だったから……新鮮ですね」
助手席の茜が、窓の外を眺めながら小さく笑う。
ただのドライブだったら、それもまあ楽しいのかもしれない。
だが──ここから先は、車がそこらで横転してるわ、ゾンビが何処から飛び出してくるか分からないわの、命懸けのドライブだ。
門を抜ける。
背後で、重い金属音とともに門が閉じられる音が聞こえた。
「……」
バックミラーで学校を一瞥する。
白い校舎が、徐々に遠ざかっていく。
「晴翔、大丈夫?」
柚葉が心配そうに声をかけてくる。
「ああ、問題ない」
俺は前を向き直った。
廃墟と化した街は、運転席から見るとまた新鮮な印象を受ける。
静まり返った道路。所々に、放置された車が転がっている。
窓ガラスが割れた店。倒れたままの街灯。
そして──時々見える、ゾンビの姿。
「……うわ」
茜が小さく声を漏らす。
道路の脇をよろよろと歩いてたゾンビが、こちらに気づいたのか、ゆっくりと近づいてくる。
「無視して進むぞ」
アクセルを踏むと、エンジンが唸りを上げ、車が加速する。
ゾンビたちが手を伸ばすが──車はあっという間に通り過ぎていく。
「……っ」
柚葉が、後ろを振り返る。
「大丈夫。あいつらの足じゃおいつけない。それより、ナビ頼む」
「う、うん……」
柚葉が慌てて地図を確認する。
「えっと……この道を真っ直ぐ行って、三つ目の交差点を右」
「了解」
俺はハンドルを握り直す。
ショッピングモールまでは、車で約二十分。
普段なら、何でもない距離だ。
だが、今は──。
前方、道路の真ん中に、横転したトラックが見えた。
「……さすがに、障害物が多いな」
「道路塞いじゃってるけど、避けられる?」
後部座席から柚葉が身を乗り出して、前方を確認する。
「ああ。いけるだろ」
ハンドルを切り、歩道を通ってトラックを迂回すると、ガタガタと車体が大きく揺れた。
「きゃっ!」
茜が小さく悲鳴を上げる。
「──イッタ! ちょ、腰打った!」
シートベルトをしてなかった柚葉が、座席から落ちたらしい。
「すまん、ちょっと揺れるぞ」
「先言ってよ……!」
トラックを迂回して再び車道に戻る。
「さすが軍用。これくらいなら問題無いな」
「おーい。後ろで問題起きてんだけど」
柚葉が散らばった地図を拾い集めながら、ルームミラーごしに俺を睨む。
気まずそうに笑う茜と俺。
「とにかく、ショッピングモールに着くまで何があるか分からん。気を抜くなよ」
「……うん」
二人が、小さく頷く。
車は、廃墟の街を進んでいく。
◇ ◇ ◇
何とか横転した車や落下物を避けながら進んできたが──ついに、道路が完全に塞がれている事態に遭遇してしまった。
大型トラックと乗用車数台が、まるでバリケードのように道路を封鎖している。
乗用車の列にトラックが突っ込んだのか、歩道まで乗り上げてびっしりと道を塞いでしまっている状態だ。
「どうしよう。迂回するなら、さっきの大通りまで戻って……」
柚葉が地図をグルグル回しながら確認する。
その時──。
「──! は、晴翔さん!」
茜が脇道を指差した。
エンジン音に釣られたのか、通りの向こうからゾンビがわらわらと湧いてくる。十体、二十体──いや、もっとだ。
「……突っ切るぞ」
俺は短く言った。
「えっ!?」
「流石に無理でしょ!?」
二人が同時に声を上げる。
だが、いちいち迂回なんてしてたらキリがない。
というか、これくらいの事態は想定済みだ。
ガソリンも限られているこの状況で、通れる道を迷路のように探しながら進むのは効率が悪すぎる。
……てな訳で。学校を出る前に、こっそりと車のフロントに風の強化魔法をぐるっと展開しておいた。
いまいち加減が分からなかったが、乗用車とぶつかったくらいでは何ともないはずだ。
「……この車は自衛隊用だ。頑丈に出来てるだろうし、馬力もかなりある」
落ち着いた声で二人に告げる。
「総理からも、ぶつけても構わないって言われてる。──二人とも、しっかり捕まってろ」
その言葉に、柚葉も慌てて席についてシートベルトを締める。
俺は──勢いをつけるでもなく、そのまま一定速度で、前方を塞ぐ横転したコンパクトカーへ車を進めた。
自ら車をぶつけに行く経験なんて初めてだから、何だか緊張する。
「ちょ、ちょっと、本気!?」
柚葉の声が裏返る。
茜は目を瞑って、シートベルトをぎゅっと握りしめている。
そして。車のフロントが、横転した車に触れた──その瞬間。
ズコォォォンッ!
轟音とともに、コンパクトカーが地面を回転するように吹き飛んでいった。
そのまま、ボーリングのようにゾンビの群れを薙ぎ倒し──建物の壁に突き刺さる。
ガシャーンという、ガラスの割れる音。
土煙が上がる。
そして──静寂。
俺たちの車は、何事もなかったかのように、そのまま道路を進んでいく。
(……調整ミスってるぅー!)
内心で冷や汗をかく。もう少し弱めに設定しておくべきだった。
「……す、すごいですね! さすが自衛隊の車……!」
茜が、持ち前の素直さで驚きの声を上げる。
「ウソォ! そんなわけないでしょ!? えっ、何!? 今の何!?」
柚葉が、明らかに戸惑った声で叫ぶ。
「いや、さすが自衛隊だな」
俺は何食わぬ顔で答えた。
「やっぱり一般のものとは、装甲が全然違う」
いや、これ装甲車じゃないけどな。
「え、え? そうなの? そんなもんなの?」
柚葉が混乱している。
「そうですよ、柚葉さん。自衛隊の車は、やっぱり特別なんですね」
茜が、すっかり納得した顔で頷く。
いや、どうみても戦車で跳ね飛ばした勢いだったが……まぁ、二対一だ。
数の暴力で、無理やり「そういうものだ」ということで押し切る。
「……でも、普通、あんなに吹っ飛ぶ?」
柚葉が、まだ腑に落ちない様子でルームミラー越しに俺を見る。
「重量の差だ。こっちの方がだいぶ重いから」
「そ、そうなの……?」
「そうだ。お前も免許取ったら分かるさ」
断言する。
柚葉が、まだ半信半疑の顔をしているが──それ以上は追及してこなかった。
若干腑に落ちない後部座席の柚葉を無視しつつ、俺はこっそりと強化魔法を微調整する。
次はもう少し控えめに。
散乱した車の残骸を踏みつけながら、先へ進んでいく。




