第36話 特殊な訓練を受けています
総理が話を締めくくる。
「それが大佐との出会い。まあ、そのときの階級はもちろん“大佐”じゃなかったけどね。ここに来てからついたあだ名さ」
「へえ……」
正直、大して興味もないので曖昧な相槌しか返せない。
「運が良かったのは、彼が補給班だったこと。武器に食料、医療品まで──トラックにたっぷり積んでたんだ。そんで、トラックごと、そのままこの学校に避難してきた」
総理の話によれば、当時学校は連休中で生徒はほとんどおらず、部活に来ていた僅かだけ。
教師も少なかったが、その僅かな教師たちも外の様子を見に行くと言って次第に減っていったという。
そんな絶望的な状況でゾンビに取り囲まれていたところに、武器と食料を持った大人二人が現れた。
まさに救世主だ。あれよあれよという間に、二人は”総理”と”大佐”に祭り上げられたらしい。
「最初はみんな必死だったから、統制も取れてたんだけどね」
総理が遠い目をする。
「逃げ込んでくる市民を受け入れていくうちに、物資も底をつき始めて……治安が悪くなってきたのは、つい最近のことだよ」
「で、大佐が過激派を力で抑えつけてきたと」
「そう。何とかバランスを保ってきたんだけど──そこにきて、昨日の出来事さ」
総理が疲れたように肩を落として、俺を見る。
「……と言われても、ふっかけてきたのはあっちだからな」
「分かってる、分かってるよ」
総理は再びソファーの背もたれにもたれかかり、大きなため息をついた。その姿は、“総理”というより、ただの疲れたサラリーマンに見える。
「……で、結局何の用なんだ? まさかほんとに愚痴を聞かせるためだけに呼んだのか?」
「ああ、ごめん。話が逸れたね」
総理が姿勢を正し、一呼吸置いた。
その目が、さっきまでとは違う──真剣な光を帯びている。
「どうやったかは分からない。でも、君がゾンビを百匹以上退治したこと、拳銃の弾を物ともしなかったこと──これは紛れもない事実だ」
総理の言葉に、俺は肯定も否定もせず、ただ黙って聞いている。
「君は──」
総理が一瞬、言葉を選ぶように間を置いた。
「本当に、“変異体”じゃないのか?」
その質問に、俺は思わず笑ってしまった。
「何度も言うが、俺は生粋の人間だ。健康診断もいつも異常なしだった」
「冗談で言ってるんじゃない」
総理の声が、わずかに低くなる。真剣なようだ。
「人間には、あんな芸当はできない。ゾンビをたった数時間で百匹も倒すなんて──普通じゃない。銃弾を避ける、いや……」
総理が机の上の潰れた弾丸を指で弾いた。
「弾くなんて、もっと普通じゃない」
沈黙が、部屋を満たす。
総理の視線が、じっと俺を見据えている。疑っているというより──俺の真意を確かめたい、という目だ。
(さて、どう答えるか)
勿論、本当の事を教えるつもりは無いが、適当なごまかしも効かないだろう。総理はもう気づいている。俺が、普通の人間ではないことを。
「……人間だよ」
俺は静かに答えた。
「ただ──普通の人間じゃない、ってだけだ」
「普通じゃない?」
「ああ。言うならば……“特殊な訓練を受けています”ってやつだ」
最近は見なくなったが、昔はよくテレビで流れていたテロップに準えて、俺は肩をすくめた。
「詳しくは言えないが──まあ、その経験のおかげで、ゾンビくらいなら何とかなる」
「特殊な訓練、ね……」
総理が俺をじっと見つめる。探るような目だ。
「信じなくてもいい。どうせ、証明のしようもないしな」
俺は軽く首を振る。
「……そうだな」
総理が、ふっと小さく笑った。諦めたような、それでいて何かを推しはかるような。
「確かに大事なのは、そこじゃない。──君が、敵かどうかという事だ」
じっと俺を見つめる総理。
「……初めに言っただろう。情報さえ手に入れば直ぐにでもここを出るつもりだ。敢えて敵対するつもりもない」
そう答えると、総理は少し考えて小さく頷いた。
「そうだったな。まぁ、今はそれさえ確認出来れば良しとしよう」




