第34話 ゲームを始めてすぐの、真新しいフィールドに感じた
「司、ちょっと! ニュース見なさい! 避難するわよ!」
一階から、母親の声が響いた。
「もう、いいから! ほっとけ!」
父の怒鳴り声が返ってくる。
俺もスマホでニュースくらいは見てる。全国で多発する感染症。この街でも暴動が発生して、避難勧告が出た。
けど、避難所なんて、つまりは共同生活だろ。
知り合いにもたくさん会うかもしれない。
成人式にも同窓会にも行ってない。死んだんじゃないかと思われてる俺が、行けるわけないだろ。
下では両親が揉める声が続いている。
やがて、玄関ドアが閉まる音がして──静かになった。
どうやら、本当に置いていかれたらしい。
ベッドに仰向けになる。
(世界なんか終わっちまえ。全員不幸になれ──何回も思ったけれど、まさか現実になるとは)
スマホの画面をつける。
ネットに……繋がらない。今朝までは繋がってたのに。ついに、いよいよか。
窓から外を見ると、人影は少ないが、所々で荷物を背負った人たちが同じ方向へ歩いていく。
「……感染症だって言ってんじゃん。集まってどうすんだよ」
普通に考えれば分かりそうなものだが、マスコミや自治体がそう言えば、皆妄信的に信じるんだな。
一階に降りて、玄関のドアを三重ロック。
小さな庭から裏に出て、物置から角材を取り出す。
親父が趣味のDIYに使う材料だ。休みのたびにギーギーカンカンうざかったが、今は感謝だ。
さっさと家の中に運び込むと、次々と窓に打ちつけていく。釘とトンカチなんて学校以来だが、これくらいは何とかなるもんだ。
幸い、水はまだ出る。風呂を綺麗に洗ってから、たっぷり水を溜めた。
家中を漁って食料を集める。両親が不在の間に部屋に溜め込んでおいたインスタントも、かなりある。
「……外が暴動だろうが平常だろうが、俺には関係ねえ」
角材を最後の一枚、窓に打ちつけながら呟いた。
「ここが、俺の城だ」
◇ ◇ ◇
家に立て籠もって、6日。
もう何年も立て籠もっていたようなものだが──ネットが使えないとなると、こうも退屈なものなのか。
ベッドに横になったまま、天井を見つめる。
見慣れた天井。
見慣れた壁紙。
見慣れたポスター。
全てが、いつもと同じ。
違うのは──外の世界が、終わっているということだけだ。
最初の数日は、外から人の声や悲鳴が聞こえていた。
助けを求める叫び声。
何かから逃げる足音。
そして──途切れる声。
だが、それも徐々に稀になってきた。
今は──静寂だけが、街を支配している。
時々、ゾンビの呻き声が聞こえるだけだ。
(……俺、ここで死ぬのか)
そんな考えが、ふと頭をよぎる。
このまま、食料が尽きて。
水が尽きて。
そして──餓死する。
誰にも看取られず、誰にも気づかれず。
ただ、この部屋で──一人で。
「……」
ベッドに横になったまま、周りを見渡す。
見慣れた自室。
机の上には、積み重ねられた漫画。
棚には、ゲームのパッケージ。
壁には、アニメのポスター。
全部、俺が好きだったもの。
全部、俺の世界だったもの。
だが──今は、ただの遺品に見える。
(海外とか……一回でいいから、行ってみたかったな)
そんなことを、ぼんやりと考える。
海外旅行。一度も行ったことがなかった。
金もなかったし、何より──外に出る勇気がなかった。
(高校の卒業旅行で行った沖縄も……もう一回、行きたかった)
あの頃は──楽しかった。
仲間たちと笑い合って。
海で泳いで。
夜は、語り合って。
俺が、クラスの中心だと──我ながら、いつも思ってた。
あの頃の俺は──輝いていた。
少なくとも、自分ではそう思っていた。
おかしくなったのは──大学受験に失敗してからだ。
周りはみんな、大学生か社会人になった。
前に進んでいった。
なのに、俺だけが──前に進めず、後ろにも戻れず、置いてきぼり。
周りを見てみれば──勉強できなくて、内心バカにしてたやつらと、立場は同じ。
同じ、浪人だ。
それが──耐えられなかった。
下手なプライドが邪魔をして、予備校にもまともに行かなかった。
自主勉強も、進まない。
「明日からやる」
「来週からやる」
「来月からやる」
そう言い続けて──気づけば、一年が過ぎていた。
そして──そのまま、ズルズルと引き篭もった。
部屋から、出なくなった。
家族とも、話さなくなった。
友達とも、連絡を取らなくなった。
ただ──ネットの世界だけが、俺の居場所だった。
(……大学って、楽しいのかな)
そんなことを、今さら考える。
もう、行くことはないのに。
もう、その選択肢はないのに。
(……いや、待て)
ふと、気づく。
(この状況で、高卒とか大卒とか……もう、関係なくないか?)
そうだ。
外の世界は──終わった。
大学も、会社も、学歴も、職歴も。
全部、意味がなくなった。
俺は、ゆっくりと起き上がり──2階の窓に近づいた。
カーテンの隙間から、外を覗く。
静まり返った街。
動くものは、ゾンビだけ。
世界──少なくとも”日本”は、終わった。
例えもう一度作り直すとしても──元の学歴なんて、関係ないだろう。
今は──生きてる奴こそが、勝者だ。
「……」
その考えが、妙に──胸に響いた。
そうだ。
今、必要なのは──学歴でも、プライドでも、過去の栄光でもない。
ただ──生き延びる力だ。
(……なら、俺にも──チャンスがあるのか?)
そんな考えが、頭をよぎる。
もう一度、人生をやり直す──そんなチャンスが。
(……このまま、ここで死ぬよりは……)
窓の外を、じっと見つめる。
静かな街。
終わった世界。
だが──まだ、俺は生きている。
まだ、終わっていない。
「……」
俺は、窓から離れた。
そして──もう一度だけベッドに戻る。
──決めた。
ベッドから飛び起きた。
もう、迷わない。
ここで死ぬくらいなら──外に出る。
◇ ◇ ◇
昔買ったきり、結局一度も使わなかったキャンプ用のリュック。
押し入れの奥から引っ張り出して、思いつく限りの荷物を詰め込む。
ペットボトルの水。
賞味期限ギリギリのカップ麺。
懐中電灯。
予備の電池。
ナイフ。
タオル。
着替え。
──これで、いいか?
リュックを背負うと、ずしりと重い。
だが──これが、俺の全てだ。
玄関ドアの前に立つ。
一つ、大きく深呼吸。
……いつもは、この扉が鉄のように重く感じた。
開けるのが、億劫だった。
親が居ないうちに、目を盗んで外に出る。
そして、帰ってくる前に、部屋に逃げ帰る。
そんな──ゴキブリみたいな生活。
だが、今は違う。
親はいない。
近所の目もない。
誰も、俺を見ていない。
気にする必要なんて──ない。
俺は、ゆっくりとドアノブを回した。
ギィ、という音。
少しだけ、ドアを開けて、外の様子をそっと覗く。
……大丈夫だ。誰もいない。
静まり返った住宅街。
動くものは、何もない。
そこはまるで──ゲームを始めてすぐの、真新しいフィールドに感じた。
俺は、ドアを全開にして──外へ踏み出した。




