第33話 正直、しんどいわぁ
……その日、夢を見た。
巨大な犬──いや、犬ではない。化け物だ。
胴体がトラックほどもある犬の化け物。
そいつに全身でのしかかられ、身動きが取れない。
俺の頭を目掛けて、大きな口が涎を垂らして開く──。
「おい、やめろっ!」
抜け出そうと身を捩るが、鋭い爪が胸元を圧迫して抜け出せない。
「──っ! やめろぉぉ!!」
……
そこで目が覚めた。
息が荒い。狭い用具庫の隅で、俺は汗を拭った。
(重い……)
気付くと、胸の上に、程よく筋肉のついた太ももが乗っている。朝には刺激が強すぎる光景だ。
柚葉の足だな。
反対側には、行儀の良い姿勢で静かに寝息を立てる茜。
昨日は、コインも大量に手に入ったということで、この用具庫を部屋として借りた。狭いとはいえ、個室はここでは贅沢だ。
二人を起こさないように、柚葉の足の下からそっと抜け出す。こいつ、確か茜の向こう側で寝てなかったか?
……昨晩の出来事だ。
男女別々に寝床を取る提案をしたんだが、ヤケになった男たちが襲ってくるかもしれないということで、三人一緒に寝ることになった。
俺を警戒した柚葉が茜に小声で耳打ちする。
「信頼してるのは分かるけど、晴翔も一応男だからね。茜もあんまり油断しちゃダメだよ」
半分冗談のつもりで言ったのかもしれないが……
「晴翔さんはそんなことしません」
力強く、断言する茜。
これまで二人で夜を過ごしたけど、とても紳士的だったと。
それを聞いて、柚葉は信じられないといった顔をした。
「も、もしかして、男が好きな人?」
「えっ!?」
茜が、驚いて声を上げる。
「い、いや、違うぞ!」
俺も、慌てて否定した。
「だって茜みたいな可愛い子が横にいて襲わないわけないじゃん!」
「お前の尺度で決めるな!」
茜が、顔を赤くして固まっている。
結局、その後も柚葉は納得していない様子だったが。
──そんなやり取りを思い出していたら、不意にドアがノックされた。
コンコン、という小さな音。
俺は、警戒しつつドアに近づく。
「……誰だ」
「失礼します。総理からの伝言です」
聞き覚えのない、男の声。
ドアを少しだけ開けると──見知らぬ顔の男が立っていた。
「総理が、お呼びです」
「……俺をか?」
「はい。お一人で、校長室までお越しください」
そう言って、男は去っていった。
(……何だ?)
また嫌な予感がする。
だが──断ってもしかたないだろう。
俺は、静かに支度を始めた。
◇ ◇ ◇
連日、校長室に呼ばれるなんて──学生時代にも、なかったことだが。
そんな事を考えつつ、校長室の前に着く。
だが──昨日とは、様子が違った。
見張りが、いない。
昨日は銃を持った男たちが数人、ドアの前に立っていたはずだが。
(……どういうことだ?)
俺は、慎重にドアをノックした。
「入れ」
総理の声。
ドアを開けて、中に入ると、中にも総理一人だけだった。
「何だ、今日は随分静かだな」
俺が言うと、総理は疲れたように笑った。
「あのおっさんもいないのか」
「大佐か。昨日から、見ていないよ」
「へえ」
「これまで恐怖と腕力で皆を従えてきた人物だ。それが、銃まで使って君にあっさり負けたんだ。力関係その他、物騒で仕方ないよ」
総理が頭を抱える。
「何だ、愚痴で呼んだのか?」
「いや」
そう言ってソファーを勧められる。
座ると、総理も反対側に座った。
「見て欲しい物があってね」
そう言って、総理が机の上に──何かを転がした。
カラン、という小さな金属音。
小さな、歪んだ金属片。
見慣れないので、一瞬分からなかったが──おそらく、潰れた銃弾だ。
「購買中、部下に探させてね。見つけるのに苦労した」
総理が、静かに続ける。
「こう見えて、案外統制は取れてる。この学校内で発砲は数回しかない。間違いなく昨日、大佐が撃ったものだ」
総理の指が、弾丸を弄ぶ。
「……へえ」
話が見えず、それだけ答える。
「問題は……見つかった場所」
総理は手元にあった紙に、簡単に購買の見取り図と、あの時の俺と大佐の立ち位置を書いた。
「君が居たのはココ。大佐はこの辺りから君に向かって発砲した」
紙に丸と線を書き込む。
「で、君はここで弾丸を避けた訳だ」
なるほど。何となく話が見えてきた。
「そして──弾が見つかったのは……ここだ」
総理が丸を書いたのは、俺の後ろではなく、大佐が立っていたよりも背後側だ。
「君が本当に弾丸を避けたなら、君の後ろで見つかるはずだ」
「……あれじゃないか? 跳弾ってやつだ。危なかったな」
「いや、こっちには木製のテーブルと壁しかない。銃弾が跳ねるような物はないし、跡も無かったよ」
「……」
さすが、伊達にコミュニティのリーダーではない。頭がキレるな。
さて、どうするか。
だが、言い訳を考える前に、一つ気になる事がある。
「話の前に確認だが。……それを聞いてどうする? わざわざ人払いをしたんだ。俺と敵対するつもりはないんだろ?」
今の話、総理側にとっては周りに聞かれてまずい内容は無い。むしろ、俺を疑っているならもっと部下でガチガチに防衛を固めてくるはずだ。
だが、状況は逆だ。
しばらく黙った後で、総理はおもむろに口を開いた。
「リスクを承知で人払いまでしたのは……君と腹を割って話したかったからだ。ここだけの話、私の本音を語ってもいいか?」
……話が見えないが、まあ、聞くだけならタダだ。
「別に、構わないが」
そう答えると、総理はソファーの背もたれにどっかりと背を預け、大きく息を吸った。
そして、特大のため息を一つ。
「……正直、しんどいわぁ」
いつもの肩肘張った様子とは打って変わって、軽い感じだ。
「俺さ、総理なんて呼ばれてるけど、ここに来る前、何してたと思う?」
「……さあ」
何だ。急に自分語りが始まったぞ。
「ニートだよ。大佐が言うところのクソニート」




