第31話 異世界じゃ、雷光を避けられないと話にならない
カチャ、という冷たい金属音。
見ると──大佐が、俺に銃を向けていた。
黒光りする銃口が、真っ直ぐに俺の額を捉えている。
「……何のつもりだ」
俺は、動じずに尋ねた。
「総理。こいつは、危険だ」
大佐が、低い声で言う。
その声には、明らかな警戒心──いや、恐怖が混じっていた。
「もしや、人間に化けた……ゾンビの変異体かもしれん」
「失礼だな」
俺は、小さく笑った。
「俺は生粋の人間だ。そもそも何だよ、変異体って」
だが、大佐の表情は変わらない。
銃を構える手も、微塵も揺れていない。
(……つまり、そういうことか)
自分を超える脅威になりそうな相手に、怖気づいたんだ。
“変異体”なんて口実は、後付けに過ぎない。
下手に力を見せるとロクな事にならないとは思っていたが……まぁ、予想通りだ。
とはいえ、これは都合がいい。
ちょうど、現実世界における差し当たっての脅威──“銃”の威力を確かめたかったところだ。
大佐が、銃を構えたままそっと歩き出す。
わずかに右へ。俺との距離は変わらないが、角度が変わる。
「……おいおい、俺たち仲間だろ? 仲間を撃つのか」
大佐は答えない。ただ無言で、もう一歩右に出る。
(撃つのを躊躇ってるのか……?)
いや、そんな様子は無い。
剣での斬り合いならば相手の死角を探って位置を変える事はあるが、銃で丸腰の一般人を狙うのにそんな必要はない。
大佐の足が止まる。
俺を挟んで背後には壁だけ。
その位置取りで分かった。
(万一外した場合、流れ弾が他の人に当たらないようにしたんだ)
つまり、この距離でも外す可能性があると思っている。
なら、誤魔化せる!
「なあ」
俺は、わざとらしく言ってみた。
「知ってるか? 銃ってのは、落ち着いて対処すれば意外と当たらないんだぞ」
大佐の眉が、わずかに動く。
「銃口、視線。そこから射線が読める。後は呼吸と指先の動きに集中してタイミングを合わせれば、簡単だ」
一瞬の沈黙。
「そんなわけがあるか」
大佐が、呆れたように声を発した。
「マンガの見過ぎだ」
……バレたか。
まあ、確かにマンガで読んだ知識だ。もちろん実際に試したことはないし、そもそも銃なんて向けられた事もない。
けれど──それは俺以外も同じ。
(大佐以外は、おそらく皆、素人だ)
周りを見渡す。
カウンターの男は、床に座り込んだまま震えている。総理も、銃の扱いには慣れていなさそうだ。
人を撃ったことなんて、ないだろう。
つまり、この後起こることが──この場にいる全員にとって、真実になる。
「なら」
俺は、静かに笑った。
「撃ってみろよ」
大佐の目が、鋭く光る。
「……後悔するぞ」
「しないさ」
俺は、両手を広げた。
「ほら、狙いやすいだろ?」
「……っ」
大佐の指が、引き金にかかる。
(よし、掛かった!)
その瞬間──時間が、止まったように感じた。
いや、実際に止まったわけじゃない。
俺の感覚が、研ぎ澄まされただけだ。
異世界で、何度も経験してきた感覚。
死と隣り合わせの戦場で、生き延びるために磨き上げてきた感覚。
大佐の呼吸。
瞳孔の動き。
指の筋肉の収縮。
全てが、スローモーションのように見える。
そして──。
──パン……。
間延びした発砲音が、室内に響き渡った。
発射された弾丸が、ゆっくりと──本当にゆっくりと、俺に向かって飛んでくる。
空気を切り裂きながら、螺旋を描いて進む弾丸。
その軌道が、はっきりと見える。
(確かに、速い)
普通の人間には、絶対に見えない速度だ。
けれど──。
(けど、遅い。異世界じゃ、雷光を避けられないと話にならないからな)
戦場で飛び交う魔法。
それは時として、文字通り”光”の速度で飛んでくる。
それを、何度も避けてきた。
それに比べれば──この弾丸は、まるで止まっているようなものだ。
(とはいえ……)
実際に本気の反応を見せて避けたら、俺が瞬間移動したように見えてしまう。
そうなれば、本当に”人間じゃない”と思われるだろう。
目的のためにも──”当たらないと”。
俺は、素早く計算する。
(威力は、マグナム弾でコンクリートが粉砕されるくらいだと聞いたことあるから……)
防御用の魔力の量を、慎重にコントロールする。
多すぎれば魔力が無駄になる。
少なすぎれば──まあ、死にはしないが、痛いだろう。
(……このくらいか)
魔力の層を多少厚くして、体の表面に張り巡らせる。
そして──ゆっくりと、避けるふりをしながら、弾に”当たって”みた。
カキン、という小さな音。
弾丸が、俺の肩をかすめた。
僅かな衝撃の後に、軌道が逸れていく。
弾はそのまま、背後の床に突き刺さった。
(……ふう。全然余裕だな)
異世界で戦ってきたドラゴンのブレスは、街一つを焼き尽くす威力だった。
本気を出せば、それすら俺に傷一つ付けることはできない。
それに比べれば、この程度の弾丸なんて──。
(まあ、当たり前か)
用事も済んだところで、集中を解く。
周りの速度が通常に戻った。
周りから見たら──。
俺に弾が当たったかどうかなんて、分からないだろう。
ただ、発砲音が響いて。
俺が避ける素振りを見せて。
そして──まだ、立っている。
つまりそれは──俺が本当に弾を交わしたように見えるはずだ。
「……嘘、だろ……。確かに狙った……」
大佐の顔が、信じられないという表情に変わる。
銃を構えたまま、完全に硬直している。
「言っただろ」
俺は、ゆっくりと一歩踏み出した。
「落ち着いて対処すれば、意外と当たらないって」
「そんな……馬鹿な……」
大佐が、震える声で呟く。
「も、もう一発……!」
再び、銃口が俺に向けられる。
だが──その手は、明らかに震えていた。
さっきまでの冷静さは、どこにもない。
「やめておけ」
俺は、静かに言った。
「二発目も、同じ結果になるだけだ」
「黙れ……!」
大佐が叫ぶ。
その指が、再び引き金にかかる。
だが──その瞬間。
俺は、一瞬で距離を詰めた。
大佐の目が、驚愕に見開かれる。
「な──」
言葉は、最後まで出なかった。
俺の蹴りが──大佐の顎を、下から打ち抜いた。
ゴッ、という鈍い音。
大佐の巨体が、宙に浮く。
そして──。
ドシャアッ!
派手な音を立てて、床に倒れ伏した。
銃が、カラン、と音を立てて転がる。
大佐は、そのまま動かない。
気絶したようだ。
静寂。
誰も、何も言えない。
カウンターの男は、口を開けたまま固まっている。
総理も、唖然とした顔で俺を見つめている。
俺は、倒れた大佐を一瞥してから──。
ゆっくりと、総理の方を向いた。
「……で」
できるだけ軽い口調で、言った。
「コインは、いつ貰えるんだ?」




