第30話 ルールはルールだ
俺達の様子を、少し離れた場所で見ていた男たちが、明らかな舌打ちをした。
さっきまで、茜と柚葉を取り囲んで盛り上がっていた連中だ。その顔には、明らかな不快感と──疑心の色が混じっている。
俺は、それを無視して、茜と柚葉に声をかけた。
「さて、換金所へ行こう」
「はい!」
茜が元気よく答える。
「……ねえ、晴翔」
柚葉が、少し不安そうに尋ねてきた。
「近くのコンビニとかって、概ね漁り尽くしちゃた感あるけど。……物資、ちゃんと集められた?」
「まあな」
俺は、背負っている麻袋を軽く揺らしてみせた。
滲み出た赤黒い液体が数滴滴る。
「……それ、なに?」
「あぁ……」
人の目もある手前、一瞬返答に詰まる。
「トマトだ。途中で手付かずの畑があってさ、野菜をいくつか取ってきたんだ。ちょっと痛んでるのもあったか。潰れたんだろ」
「……こんな時期に、トマトですか?」
茜が首を傾げる。
しまった。母親と家庭菜園をやってると言ってたな。
「そ、そういう品種なんだろ。とりあえず、換金に行こう。もう日が暮れる」
口から出まかせでどうにか誤魔化し、三人で換金所へ向かった。
背後では、老人の家族が、まだ抱き合って喜んでいる。
その光景が、この殺伐とした場所で──ほんの少しだけ、温かく見えた。
◇ ◇ ◇
「茜、柚葉。悪いが、ちょっと外で待っててくれ」
換金所の前で、俺は二人に声をかけた。
「え……でも……」
茜が不安そうに俺を見上げる。
「お、大人の交渉ってやつだ。もし理不尽に値切りでもされたら、俺も強く出ないといけないからな。そんな姿、茜に見せたくない」
俺が真剣な顔で言うと、二人は顔を見合わせた。
「……分かりました」
茜が、小さく頷く。
「でも、何かあったら、すぐ呼んでくださいね」
「ああ、任せろ」
柚葉も、渋々といった様子で頷いた。
「……無理しないでよね。変だと思ったら私達も飛び込むから」
「大丈夫だ。すぐ終わる」
そう言って、俺は一人で換金所の中へ入った。
◇ ◇ ◇
換金所に入ると、カウンターには、見覚えのある男が座っていた。
茜と柚葉を取り囲んでいた連中の一人だ。三十代くらいか。無精髭を生やし、だらしない姿勢で椅子に座っている。
俺が近づくと、男は面倒臭そうに顔を上げた。
「……何だよ。っち、お前か」
その態度に、少しだけイラっとする。
「換金してもらいたい」
「ああ?」
男が、さらに面倒臭そうに言う。
「はぁ。仕事だからな。……しゃーない。さっさとテーブルに出せよ。確認してやる」
随分な嫌われようだな。
こいつも多分、茜と柚葉を狙ってたんだろう。大人気だな。
(……まあ、いい)
俺は、背負っていた麻袋を、カウンターの上に置いた。
ドサリ、と重い音。
「おいおい、大量だな」
男が、少しだけ興味を示した様子で袋を見る。
「何が入ってんだ? 缶詰か?」
「いや」
俺は、袋の口を掴んだ。
「数が多くてすまんな」
そして──袋を傾ける。
「数えてくれ」
ボトボト、ボトボト、ボトボト……。
大量の──ゾンビの耳が、机の上に転がり落ちた。
乾いた、生々しい音。
茶色く変色したもの。まだ血の気が残っているもの。
それが、次々と──まるで終わりがないかのように、机の上に積み重なっていく。
音を立てて、机からこぼれ落ちる耳。
床に転がる耳。
カウンターが、耳で埋め尽くされていく。
「──ひっ!」
男は、声にならない悲鳴を上げた。
椅子が、ガタンと音を立てて倒れる。そのまま尻餅をついて、後ずさった。
「な……何だよ、これ……!」
震える声。
「見れば分かるだろ。ゾンビの耳だ」
「う、嘘だろ……こんなに……」
男の顔が、見る見るうちに青ざめていく。
「まだあるぞ」
袋を揺すってみせると、ポタポタと血が落ちた。
「や、やめろ……!」
「そうは言っても。数が分からないと報酬が払えないだろ?」
「……っ!」
男は、何も言えずに、ただ震えている。
俺は、ゆっくりと袋を机の上に置いた。
「ちゃんと数えてくれよ。一つでも誤魔化したら……」
そこで、わざと間を置く。
「分かるな?」
「わ、分かった……分かったから……」
男が、必死に頷く。
その様子を見て、俺は小さく笑った。
その時──。
「……何事だ」
背後から、低い声が響いた。
振り返ると、そこには──総理と大佐が立っていた。
総理は、机の上の光景を見て、眉をひそめている。
大佐は、無表情のまま、俺を見つめていた。
「なんだ、これは」
大佐が、静かに尋ねる。
俺は、肩をすくめた。
「何って」
そして、机の上を指差す。
「見りゃ分かるだろ。ゾンビの耳だ」
一瞬の沈黙。
「……餃子にでも見えたか?」
俺が軽口を叩くと、大佐の表情が──わずかに、ピクリと動いた。
だが、それだけだ。どうやら気分を害したらしい。
このネタはもうやめておこう。そもそも不謹慎だしな。
総理が、ゆっくりとカウンターに近づいてくる。
机の上の耳を、一つ一つ確認するように見つめている。
「……これほど大量に。どうやって手に入れた」
総理が、眉間に皺を寄せながら尋ねた。
その声には、明らかな警戒心が滲んでいる。
「企業秘密だ」
俺が答えると、総理は顎をさすって考え込んだ。
大佐も、じっと俺を観察している。
俺は、二人を順に見てから、言った。
「とにかく」
机をトンと一度叩く。
「一個3コインだよな? 間違いなく貰うぞ」
その言葉に──場が、静まり返った。
総理と大佐が、無言で顔を見合わせる。
何か、目配せをしているようだ。
やがて、総理が口を開こうとした。
「分かった。ルールはルールだ」
その瞬間。
カチャ、という金属音が室内に響いた。




