第3話 勝ち確定
「さて……」
一度、自分の病室へ戻った。
ベッドの上に腰を下ろし、部屋の片隅に置かれたテレビの電源を押す。
──無反応。
画面は真っ黒のまま。
「やっぱ電気は来てないか」
当然と言えば当然だ。外の惨状を見れば、ライフラインがまともに動いている方が不自然だ。
「……ここに居ても仕方ないな。とりあえず街に降りて、人を探すか」
立ち上がり、部屋のクローゼットを開く。
そこには、見覚えのある普段着が数着、綺麗にたたまれて入っていた。下段にはスニーカー。
(……遥が持ってきてくれたのか?)
その名前を思い浮かべた瞬間、胸の奥がざわついた。
(遥……無事か!?)
街の状況は壊滅的。
どこかの避難所に保護されている可能性を……祈るしかない。
(早く探さないとな……!)
急いで衣服に着替え、机の上に置かれていた腕時計を装着。
冷蔵庫を開けると、未開封のペットボトル水が数本入っていた。常温に戻ってはいるが、今はそんな事を気にしていられない。
抱えられるだけ抱え、病室を出る。
──
少し歩くと、廊下の先にナースステーションが見えた。
近づくと──カウンターの前に避難用のリュックが落ちている。
「……これは助かるな」
拾い、中を確認すると……
包帯、救急キット、缶詰、ライト……一通り揃っている。
(ラッキー。異世界に比べたら、これだけでもだいぶ便利なもんだ)
持っていた荷物をリュックに詰め込み、背負う。
そのとき──
「……オ、オォォア゛…………」
低い呻き声が、廊下の向こうから近づいてきた。
ヒタッ、ヒタッ。
足を引きずる、あの音だ。
暗がりから現れたのは、一体のゾンビだった。
先ほどトイレで遭遇した個体より、さらに損壊が激しい。
胸の辺りはごっそり抉れ、露出した肋骨が乾いた音を立てている。
(急いでるけど……確認はしておくか)
リュック背負ったまま、ゾンビに向かって一歩、ゆっくり進み出す。
ゾンビは俺を見つけると、呻き声を荒げながら涎を垂らす。
「よし、テストだ……」
まず、呼吸を整えてから掌を軽く握り、魔力を全身へと満たす“身体強化” を展開した。
もっとも基礎的で、けれど初心者から勇者まで使う、防御術式。
皮膚のすぐ上に薄く張られた高密度な魔力膜は、極めればドラゴンの爪すら弾く。
(最初は、まぁ……これくらいか。さて……)
ゾンビは、不規則な足取りでこちらに近づいてくる。
そして──差し出した腕に躊躇なく噛み付いた。
「──っ!」
一瞬だけ、身体が強張る。
だがすぐに感触で悟る。
「……ふぅ、大丈夫みたいだな」
ゾンビの歯は魔力の薄い障壁膜に阻まれ、怪我どころか噛まれている感覚すらない。
歯が抜け落ち、噛みついている本人の方がダメージを受けている気さえする。
「そんじゃ……」
魔力をほんの少し弱める。
“どの程度の魔力で、ギリギリ防御が成立するか” の境界を探るためだ。
「……オオオォォ!」
ゾンビは懲りずに噛みつくが、結果は同じだった。
歯は俺の腕にめり込む直前で、ぬるっと滑り弾かれる。
「ふん……。異世界と、そう変わらない……のか?」
こっちのゾンビが向こうのアンデッドと同じ強さとは限らない。
舐めてかかって噛まれたとなったら、ここでは助けてくれる仲間も居ない。
(状況と勝手が分かるまでは、あぐでも慎重に
……だな)
その後、段階的に魔力をセーブしながら腕を噛ませるという、端から見れば理解不能な実験を繰り返した。
ゾンビは愚直に噛みつき続け、俺は静かに魔力量を調整し続ける。
そして──
「これで……どうだ?」
ついに、“寝てる時でも無意識に発動できる最低レベルの魔力”まで落とした。
「オオオオ……!」
ゾンビはその魔力膜すら破れない。
歯が当たる前に、透明な薄皮に弾かれてしまう。
「ヨシ!」
大きく頷く。
「ってことは──向こうのアンデッドと同等、かそれ以下。つまり」
“勝ち確定”である。
今、俺の体を覆っているのは“常時発動していても魔力回復が上回る”ほど低コストな防御術式。
それでもゾンビは俺に傷一つ付けられない。
「とりあえず、一安心だな。……さて、街に向かうか」
噛み疲れたのか、ゾンビはふらつきながら倒れ込んだ。
「……安らかに眠ってくれ」
その頭上に軽く手をかざし、光の魔法を一発。
ゾンビは灰のように崩れて消えた。




