第26話 信じてくれる仲間を守るために
元気よく駆け出した柚葉を先頭に、三人で校門へ向かう。
歩きながら、茜が心配そうに柚葉の横顔を見つめた。
「そういえば柚葉さん、戻ってきたばかりなんですよね? 今日は休んだ方が……」
「大丈夫だよ」
柚葉は即座に首を横に振った。
「少しでも、埋め合わせしたいし」
そう言って、少しだけ照れたように笑う。その表情には、さっきまでの緊張が嘘のように消えていた。
「意外と律儀なんだな」
俺が軽く言うと、柚葉は顔を赤くして「うるさい」と小さく呟いた。
「もう、晴翔さん」
茜が、穏やかな笑顔で俺をたしなめる。
「許してあげたんでしょ? 喧嘩は無しです」
「ああ、そうだったな」
俺は肩をすくめた。
怒られる俺を見て柚葉がくすっと笑い、茜もつられて笑う。廃墟と化した世界で、ほんの一瞬だけ──日常が戻ってきたような、そんな錯覚を覚えた。
そんな和やかな空気のまま、校門に到着した。
◇ ◇ ◇
門の前には、銃を持った男が数人。見覚えのある、あの不快な顔ぶれだ。
「出るのか?」
男の一人が、面倒くさそうに──いや、マスクで隠した口元をにやつかせながら、声をかけてくる。
「物資調達に行く」
柚葉も、目も合わさずに答える。
男はそんな柚葉を一瞥してから、ゆっくりと視線を俺たちに移した。その目が、嫌な光を帯びる。
「……ああ、ちょうどいい」
男がにやりと笑った。
「今し方、新ルールが追加されたんだ。係の者から通達があった」
「……新ルール?」
柚葉が眉をひそめる。
男はわざとらしく咳払いをしてから、告げる。
「新人は、外に出るためには人質を置いていかないといけない」
一瞬、時が止まったような静寂。
「はあ!?」
柚葉が、叫ぶように声を上げた。
「何それ! そんなルール、今まで無かったじゃん!」
「だかは、ついさっき、できたんだよ」
男がにやにやと笑う。その表情には、明らかな悪意が滲んでいた。
「もし決められた時間までに戻ってこなければ……人質は、どう扱おうがコミュニティの自由だ」
「ふざけんな!」
柚葉が一歩前に出る。だが、男たちは銃を構えることもなく、ただにやにやと笑っているだけだ。
むしろ、この反応を楽しんでいるようにすら見える。
「率直に……目的はなんだ」
俺が尋ねると、男の一人が肩をすくめた。
「今までは、外よりはマシってんで、どうにかしてここに残りたい生存者ばっかだったから、問題なかったんだが……」
別の男が、茜の方を露骨に──本当に露骨に見ながら続けた。
「でも、あんたらは違う。本気で出ていくつもりだろ? ”一番人気の茜ちゃん”を連れて逃げられちゃ、困るんだよな」
茜の顔が、さっと青ざめる。
俺の袖を、小さく掴む手が震えていた。
「……なるほど」
俺は、静かに息を吐いた。
急造のルールだ。つまり、俺たちのためだけに、作られた。
(──いっそのこと、こいつら潰して、三人で逃げるか)
その考えが、一瞬だけ頭をよぎる。
銃があろうと、この程度の人数なら問題ない。
異世界で培った力なら、目にも止まらぬ速さで全員を沈黙させられる。誰一人、反応すらできないだろう。
血が、わずかに騒ぐ。
だが──。
「……わかった。私が、人質になる」
その声に、俺の過激な思考が止まった。
「──柚葉さん!?」
茜が驚いたように柚葉を見る。俺も、思わず柚葉の方を向いた。
男たちが一斉に騒ぎ出す。
「おいおい、マジかよ!」
「やったぜ! ついに柚葉ちゃんとヤレるのか!」
「俺、前から狙ってたんだよなー!」
俺たちが戻ってくるなんて微塵も考えておらず、すでに、柚葉の順番待ちまで相談しはじめている始末だ。
「正気か?」
俺は、柚葉を真っ直ぐ見て言った。
「俺たちがお前を見捨てて逃げると、思わないのか?」
一瞬、柚葉の表情が揺れる。
だが──すぐに、まっすぐな目で俺を見返してきた。
「そうなったら、なったでしょ」
そう言って、柚葉は少しだけ笑った。
「自業自得だよ」
……随分な変わりようだな。
最初に会った時は、俺たちを平気で騙そうとしていたくせに。茜に感化されたか……。
だが、まぁ。そんなまっすぐな目で見られると──放ってはおけない。
俺は、小さく息を吐いた。
「──茜」
いつになく真剣に切り出した俺に、茜もピンと背筋を伸ばす。
「は、はい!」
「悪いが……茜も残ってくれないか」
その瞬間。
「な、何言ってんの!?」
真っ先に反応したのは、柚葉だった。
「私だけでいいじゃん! もし何かあれば、茜を連れて逃げればいいんだし!」
「そしたらお前はどうなる。却下だ」
俺は即座に否定した。
「何で!? そこまでして貰う覚えない!」
「一緒に行くって約束したろ。なら、もう仲間だ」
「意味分かんない!」
「別に分からなくていい」
言い合う俺と柚葉の間に、すっと茜が割って入った。
「柚葉さん、落ち着いてください。全然、大丈夫です」
茜は、何の疑いもなく──ただ俺を見て、にっこりと笑った。
「晴翔さん一人の方が動きやすいですもんね。信じて待ってます」
「茜……!」
柚葉が、信じられないという顔で茜を見る。
だが、茜の笑顔は揺るがない。
その発言に、男たちから一斉に歓声が上がった。
「マジかよ!」
「茜ちゃんまで残るのか!」
「うぉーー! どっちにするか迷うな!」
「俺は柚葉だな!」
「いや、絶対茜ちゃんだろ!」
柚葉にするか茜にするかで、盛り上がっているようだ。
普段なら、反吐が出る話だが──まあ、好きに盛り上がってろ。
どうせ、お前らにその機会は来ない。
俺は、静かに門の方を向いた。
「……晴翔さん。気をつけて行ってきてくださいね」
茜が、小さく俺の名を呼ぶ。
柚葉が、不安そうに──それでも、信じようとするように俺を見ている。
「……本当に、大丈夫なの?」
「あぁ、もちろんだ」
俺は、二人に向かって笑ってみせた。
「すぐに戻る。待ってろ」
そう言って、俺は門をくぐった。
背後で、ギィィィ……という重い金属音。
門が、閉じられる。
振り返ると、鉄格子の向こうに二人の姿が見えた。
茜は笑顔で手を振っている。柚葉は、不安そうな顔をしながらも、小さく手を上げていた。
男たちの下卑た笑い声が、遠くに聞こえる。
──いいだろう。
俺は、ゆっくりと前を向いた。
異世界で何度も繰り返してきた、あの感覚が蘇る。
信じくれる仲間を守るために、敵陣へ。
シンプルで、分かりやすい。
(最後らへんはほぼソロ行動だったからな。懐かしい感じだ。──悪くない)
俺は、静かに笑った。
廃墟と化した街へ、一歩を踏み出す。




