第25話 とにかく、コインが必要だな
柚葉に連れられて校庭の端へ行くと、そこで炊き出しが行われていた。食事の配給は毎日この場所であるらしい。
コインを差し出すと、紙コップに入った雑炊を手渡される。
それを持って、近くにあった簡易的な机に、三人で腰を下ろした。
湯気の立つ雑炊は、確かに温かい。
だが──具よりも、汁の方が圧倒的に多い。
それでも、柚葉は何も言わず、最後の一滴まで啜るように飲み干した。両手で器を抱え、名残惜しそうに、もう一度口をつける。
それを見て、茜がそっと自分のリュックを開いた。
中から取り出したのは、銀色の個包装に包まれた固形の栄養食。
「……柚葉さん」
控えめに声をかける。
「これ、よかったら」
「……え?」
「これだけだと……足りないかな、って」
差し出された包みと、茜の顔。
それから、俺の方を見る柚葉。
「別に、俺のじゃない」
俺は肩をすくめて言った。
「茜の家にあった物だ。茜がいいなら、貰っとけよ。俺たちは、さっき昼飯食ったしな」
その言葉を聞いて、柚葉は一瞬だけ戸惑った後──以前、ペットボトルをひったくった時とは違って、両手で、そっと受け取った。
「あ……ありがとぅ……」
泣き出しそうな顔で、茜を見る。
「全然です」
茜は、少し照れたように笑った。
「困った時は……お互い様、ですから」
そう言ってから、俺の方をちらりと見て、小さく頭を下げる。
「晴翔さんも……ありがとうございます」
「別に、俺に礼を言う事でもないだろ」
JK二人から見つめられ、どう返して良いか戸惑い、思わず短く返した。
──
食事を終え、三人で机を囲んだまま、これからの事について話す事にした。
「まずは……」
俺は、指先で机を軽く叩く。
「恩を売ったつもりはないが……一つ、改めて確認させてくれないか」
ポケットから取り出したのは、妹──遥の写真。
それを、柚葉に見せる。
「妹なんだが……ここで、見たことはないか?」
柚葉は、写真を見てから、神妙な面持ちで大きく首を振った。
「……ごめん。少なくとも、私は見てない」
それから、ぎゅっと唇を噛みしめて、
「……嘘ついたことも、ごめんなさい」
机に頭を打ちつける勢いで、深く頭を下げる。
「分かった」
俺もそれ以上、責めなかった。
「……茜の兄さんは?」
その言葉に、茜が写真を取り出して、柚葉に見せる。
「……ごめん。こっちも」
「……そう、ですか」
茜は残念そうに肩を落とす。
柚葉が、小さく「ごめんね」と謝ると、茜は気を遣うように笑顔を作り、首を振った。
「大丈夫です」
「……空振りか」
背伸びをしながら、俺も呟く。
「でも!」
その空気を破るように、柚葉が少しだけ明るい声を出した。
「私が見てないだけで、他の人なら、何か知ってるかも!」
「そう、ですね」
茜も、すぐに頷いた。
「聞いてみましょうよ」
「あぁ、賛成だ。ただし……」
俺は周囲を見渡す。
雑談をしながら、我が物顔で歩く、銃器を持った若い男たち。
その視線を避けるように、息を潜めて俯く老人や、子連れの母親。
皆、心に余裕はなさそうだ。
「タダ、というわけにはいかないだろうな」
情報も、善意も、この場所では”コスト”だ。
「とにかく、コインが必要だな」
茜も柚葉も俺の発言に頷き返す。
「で、どうすればコインを稼げるんだ?」
俺が尋ねると、柚葉は少しだけ考えるような仕草をしてから、口を開いた。
「基本的には、外に出て物資を調達してくること。これが一番効率いい」
「物資……食料とか?」
茜が聞き返す。
「そう。缶詰とか、ペットボトルの水とか。あとは薬とか、電池とか。持ってくる量と質によって、コインの枚数が変わる」
柚葉は指折り数えながら続ける。
「それと、行方不明になった人の救助。これもポイント高い。ただ……」
そこで言葉を濁す。
「……せっかく探しに行っても、生きてる確率は──低い。無駄足になるリスクの方が高いかな」
「なるほどな」
俺は頷いた。
「あとは、新しい人を連れてくること。私みたいに」
柚葉が自嘲気味に笑う。
「健康で、若くて、働ける人間なら、報酬は高い。特に……」
そこで、柚葉の視線が一瞬、茜に向く。
「……若い女性だと、さらに高くなる。あいつらが決めた、ここのルールでは」
そう言って、柚葉は巡回する若い男達に目を向けた。
茜がそれに小さく息を呑む。
「校内でも稼げないことはないんだけど」
柚葉が話を続ける。
「重労働とか、雑用とか。でも、外に出るよりは効率悪いかな。時間かかる割に、貰えるコインは少ない」
「そうか」
俺が相槌を打つ。
「それから……」
柚葉の視線が、校庭の隅に向いた。
俺と茜も、つられてそちらを見る。
そこには、若い女性が一人、立っていた。
銃を持った男が、にやつきながら近づいていく。何か声をかけると、女性は俯いたまま、小さく口を動かした。何か数を提示しているようだ。
男が満足そうに頷く。
女性は力なく頷き返し、二人で人影のない校舎の方へと歩いていく。その背中は、ひどく小さく見えた。
「……」
茜の顔が、みるみる青ざめていく。
「女なら、稼げなくもないけど……」
柚葉が、静かに言った。
「茜には、お勧めしたくない」
「当たり前だ」
俺は即座に答えた。
「そんなことをさせるつもりは、最初からない」
茜が、少しほっとしたように小さく息を吐く。だが、その表情にはまだ暗い影が残っていた。
「……あの人は。良いんでしょうか」
茜が震える声で尋ねる。
「生きるため、だよ」
柚葉が、淡々と答える。
「コインがなければ、食事も寝床ももらえない。税金も払えない。だから……あの人は自分で決めたんだ。周りがとやかく言う事じゃない」
俺の言葉に茜が唇を噛む。
「い、一応言っとくけど、私は一回もしてないから! 何とか外でも稼げたし! 見た目で判断しないでよ!」
顔をまっ赤にしながら迫る柚葉に、茜は必死にうんうんと頷くしかできない。
「じぁ、決まりだな。……外に出よう」
俺はそう切り出して、立ち上がった。
「コインを稼ぐなら、外での物資調達が一番効率がいいんだろ?」
「そう、だけど……」
柚葉が、一瞬不安そうな顔をする。
「外はゾンビだらけだよ? もちろん知ってるだろうけど、危険だし、死ぬかもしれない」
「大丈夫だ。俺たちなら上手くやれる。ここまでも特に問題なかった。な?」
俺の問いに、茜が顔を上げて頷く。
その目には、わずかに光が戻っていた。
「……本気?」
柚葉が、半信半疑の顔で俺を見る。
「あぁ、本気だ。……お前も、来るだろ?」
「え……?」
驚いたように、ポカンと口を開けたまま俺を見る柚葉。
「お前も外で稼いでたんだよな? なら、周辺の状況や、勝手の分かる人間が居た方が、こっちも助かる」
俺の誘いに、柚葉は少しだけ不安そうな顔をしながら、手をモジモジとさせる。
「だって……私、二人を騙したのに。こんなに良くしてもらって、いいの?」
「気にするな」
俺は肩をすくめた。
「よろしく頼む。先輩」
そう言って笑うと、柚葉は少しだけ目を潤ませて──それから、小さく笑い返した。
「……うん。よろしく!」




