第23話 一瞬で消し炭にしてやる
沈黙を破ったのは、茜の声だった。
「わ、私が……代わりにコインを払います!」
唇をきつく結び、一歩前へ出る。
「どうすれば、稼げるんですか!?」
その瞬間──ソファに座っていた男たちの顔が、一斉に歪んだ。
獣のような笑み。
空気が、一気に濁る。
「茜、待て」
俺は即座に制した。
ここで一人を救えば、次も、その次も──結局、この場の全員を救わなければならなくなる。
茜の気持ちは分かる。だが──。
「茜。気持ちは分かるけど、俺たちの目的を忘れるな」
茜が顔を上げた。潤んだ目が、俺を見上げる。
何か言いかけて──けれど、すぐに視線を落とし、唇を噛みしめた。
「……はい」
短い返事。
きっと理解したのだろう。俺の妹探しの邪魔はできない、と。
(そういう意味じゃないんだが……)
だが、それでも。茜のためにも、ここは初志を貫くべきだ。
「散々説明してもらった後で悪いが」
俺は総理と大佐を順に見た。
「俺たちは、人を探しに来ただけだ。用が済めば、すぐに出ていく」
室内に静寂が広がる。
「それは……無理な話だな」
大佐が低く言った。
「……そうか」
俺は肩をすくめる。
「情報もサービスなら、その分のコインくらいは稼いでやる。何枚だ?」
「そういう話をしているんじゃない」
大佐が冷たく言い放つ。
「──出国税だ」
総理が鋭い視線のまま告げた。
「この“国”を出るなら……コイン五千枚を払ってもらう。それがルールだ」
「──そんな……! 聞いてません!」
茜が思わず声を上げる。
俺は、ずっと黙っていた柚葉を見た。だが、彼女は慌てたように視線を逸らす。
……そういうことか。
この状況で、人は”人”じゃない。“リソース”であり、貴重な”物資”だ。
簡単に手放すはずがない。
(“物資”を拾ってきた柚葉には、それなりの報酬が支払われる……か)
それが俺たちをここへ連れてきた理由だ。
「まあ、そう悲観的に捉えないでくれたまえ」
総理が穏やかな口調で言う。
「今の世界に、ここより安全な場所がどれほどあると思う? 慣れてしまえば、ここは天国だよ」
……持つ者にとっては、な。
「各種サービスの値段は”換金所”で聞け」
大佐が言い放つ。
「コインの稼ぎ方も、そこで教わるといい。以上だ」
茜が不安そうに俺を見る。
「……分かった」
俺は短く答えた。
「郷に入らば郷に従え。とりあえず、付き合ってやる」
そう言って、大佐と総理を順に睨む。
茜は一瞬ためらったが──俺が言うなら、と小さく頷いた。
足早に部屋を出ようとした、その時。
ソファに座っていた男の一人が立ち上がり、出口を塞いだ。
「なあ、新人さんに、いいこと教えてやる」
にやにやと笑いながら、男は言った。
「寝床に食事、それから税金。一週間に必要なのは、大体五十枚ってとこだ」
一歩、こちらに近づく。
「物資調達や力仕事をやれば、まあ稼げる額だが……」
そこで、男の視線が──茜に向いた。
「こういう時、可愛いって得だよな」
ゆっくりと、茜に歩み寄る。
「ほら。俺なら、一発百枚で買ってやる」
一瞬。
意味が理解できなかったのか、茜はきょとんとした顔で固まった。
男の指が伸び──唇に触れる直前。
「──っ!!」
茜は怯えた声を漏らし、勢いよく俺の背中に飛びついた。
「俺は百五十だ!」
「二百!」
男たちが笑いながら、だが本気の顔で”競“を始める。
茜は俺の背に顔を埋めたまま、小さく震えていた。
元は良い家の娘さんだ。男のこんな欲望に晒されたことなど、一度もなかったのだろう。
「……心配するな、行くぞ」
茜の手を引き、そのまま校長室を後にする。背後では、下卑た笑い声がまだ響いていた。
──
廊下に出た後も、茜は俯いたまま何も言わない。
「茜」
もう一度、静かに呼ぶと、ビクリと肩を震わせて──それでもどうにか顔を上げ、笑顔を作った。
「だ、大丈夫です」
「ああ」
無論……絶対に大丈夫だ。
茜に手を出す奴がいたら、たとえ相手が百人だろうと、俺が一瞬で消し炭にしてやる。
──なんてことは、都合的にも、俺のキャラ的にも、言えなかった。




