第22話 その先に、救いはない
ガタイの良い大男が、俺と茜を順に見て口を開く。
「俺は、このコミュニティの治安維持の責任者だ。皆からは“大佐”と呼ばれている」
低く響く声。
肩幅は戸口ほどもあり、腕は人の太ももほどもある。迷彩服を着崩しているが、その立ち姿には隙がない。
元軍人か、それとも──。
「まず、この“国”では、紙幣──つまり日本銀行券には、何の価値もない。後生大事に持ってるなら、捨ててしまえ」
大佐はポケットから何かを取り出し、机の上に投げた。
響く小さな金属音。
「……コイン?」
パチンコ屋で見たことのある、それだった。
「そうだ。ここでは、これが通貨の代わりになる」
大佐に続いて、総理が静かに補足する。
「皆が持っていた紙幣や小銭を集めても、数がまるで足りなくてね。大量に確保でき、偽造も困難なものが必要だったのだよ」
なるほど。
それでパチンコ屋から大量に持ってきたわけか。
確かに数もあるし、現状では偽造も難しい。
……重かったろうに。ご苦労なことで。
大佐が再び口を開く。
「ここでは、食事も、寝床も、道具も、何かしらの“サービス”を受けるには、このコインが要る。……まあ、それ自体は、日本と何も変わらないがな」
確かに、その通りだ。
「違うのは……“安全”も、サービスだということだ」
大佐が言葉を区切る。
「ここでは過去の資産も地位も関係ない。週に一度。国民は全員一律に、決められた額のコインを納める義務がある」
「……もし、できなかったら?」
茜の震える声。
「追い出すのか?」
俺の問いに、大佐は鼻で笑った。
「大切な国民に、そんなことをするはずがないだろう」
一瞬、茜の表情が安堵に緩む。
「ただし」
大佐の顔に冷たい笑顔が張り付いた。
「働く意思のない者……つまり“クソニート”を養ってやるほど、我が国のリソースは足りていない」
その時だった。
「おじいちゃん!」
窓の外から、子供の悲鳴が響いた。
──
窓の外、正門が見える。
「……心配するな。行ってくる」
そこに立っているのは──震える手で鉄パイプを握る、一人の老人だった。もう一方の手には杖……。
小さな女の子が泣きながら縋りつこうとし、母親らしき若い女性がそれを必死に引き留めている。
「まさか……! あの人を外に行かせるつもりですか!?」
茜が声を荒げた。
「働かざる者、食うべからず。遥か昔からある格言だ」
大佐が淡々と告げる。
「無茶です!」
「無茶なものか」
大佐は、老人を見下ろす。
「あれでも……立派に“囮”くらいは果たせるだろうさ」
茜が、大きく息を吸い込んだ、その瞬間。
「──人は、生の前にて、平等だ」
総理が静かに言った。
その声は低いが、不思議と響く。
「これまでの社会を思い出してみたまえ」
総理は、俺たちではなく、窓の外を見て言う。
「老人と弱者のために作られた制度。若者がどれほど搾取され、疲弊してきたか。年金、福祉、生活保護──働ける者が働けない者を支えるのが”当然”とされてきた」
一歩こちらに視線を向ける。
そして、きっぱりと言い切った。
「だが、世界は壊れた」
総理の声に力が込められる。
「余裕などない。感情ではなく合理で選ばねば、全員が死ぬ」
余裕など、どこにもない。感情ではなく、合理で選ばなければ──全員が死ぬ」
大佐が、その言葉を引き継ぐ。
「働ける者。戦える者。生き延びられる者を優先する! そうでない者は犠牲となる! それが、この“国”の方針だ」
……なるほど。
生物学的には、正しいのかもしれない。種の存続という観点では。
だが。
「それを言い出したら」
俺は、ゆっくりと口を開いた。
「“人間”が終わる」
異世界で、何度も見た光景だ。
魔物に襲われ、国に見捨てられた村。
弱者を切り捨て、強者だけが生き残ろうとした。
その全てが──。
「その先に、救いはない」
俺の言葉に、室内が静まり返った。
総理の口元に、薄い笑みが浮かぶ。
無論、納得したのではない。むしろ逆だ。
(……話にならないな)
俺は、静かにそう結論づけた。




