第21話 皆からは“総理”と呼ばれている
「私! 夏木柚葉! 開けて!」
門の向こうへ向かって叫ぶと、しばらくしてから、ギィ……という重い金属音を立てて、門がわずかに開いた。
柚葉に急かされて素早く中へ入ると──待っていたのは、屈強な男が数人。その手にしているのは銃火器だ。
思わず眉間に皺が寄る。
「おーぅ。柚葉ちゃぁん。戻ったか」
一人の男が、にやついた笑みで声をかけてきた。
その視線は”仲間の無事を喜ぶ”というより──じっとりと値踏みするような、いやらしさが混じっている。
「……一緒に行ったやつらは?」
「さぁ? 店でゾンビに襲われたし。多分、死んだんじゃない?」
「そうか。まぁ、柚葉ちゃんが無事で良かったよ」
男がそう言って、柚葉の身体に手を伸ばすと、柚葉はさっと身を引き、その手を避けた。
一瞬。男の笑顔が、ほんの一瞬だけ硬直する。
だが、すぐに他の男が興奮した声をあげた。
「──ねぇねぇ! ちょっと待て待て! 誰その可愛い子! 新入り!?」
男たちの視線が、一斉に茜へ向く。
「えっ……」
茜が慌てて、俺の背後に下がる。
「ちょっと待ってよ! まずは”総理”に挨拶でしょ! 邪魔するなら言いつけるよ!」
柚葉が声を荒げると、男たちは薄ら笑いを浮かべながら、「へいへい」「分かったって」と、渋々距離を取った。
「……こっち」
柚葉に促され、校舎の玄関へと向かう。
その背後から──
「俺、絶対買うわ」
「アホか、俺が先だろ」
「お前、いくら持ってんだよ」
「……こりゃ、かなりの値段になりそうだな」
耳を疑いたくなるような会話が、無遠慮に聞こえてきた。俺は小さく息を吐く。
(これは……お決まりの展開、か)
◇ ◇ ◇
校舎の中は、想像していたよりも静かだった。
廊下には簡易的なランプが等間隔に吊るされ、壁際には毛布や段ボールで仕切られた生活スペースが並んでいる。
教室の扉はほとんどが開け放たれ、中では人々が身を寄せ合うように過ごしていた。
子供の笑い声が、かすかに聞こえる。
折り紙を折っている子。床にチョークで何かを描いている子。
一瞬だけなら、ここがゾンビだらけの世界の中だということを忘れそうになる。
だが──すぐに違和感が目に入った。
元気な人間と、そうでない人間。
その差が、はっきりしすぎている。
体つきのいい若者は、比較的余裕のある服装をしている。靴も揃っているし、顔色も悪くない。
一方で、壁際に座り込む老人や、子供を抱いた母親たちは、明らかにやつれていた。
同じ場所にいるのに、まるで別の国の住人だ。
「……」
茜も、それに気づいたらしい。視線が落ち着かず、唇を噛みしめている。
人の扱いに、差がある。努力や能力の差──ではない。“身分”の差だ。
その証拠に、廊下の向こうから騒がしい足音が響いてきた。
銃火器を携えた男たちが、二人一組で巡回している。銃の持ち方も見るからに雑で、兵隊というよりはチンピラだ。
周囲の空気がわずかに硬くなる。
話し声が小さくなり、笑っていた子供が、自然と大人の陰に隠れる。
護ってくれているというより、監視……だな。
男たちは俺たちを見ると、値踏みするように視線を走らせた。茜に一瞬だけ、露骨な興味を向け、顔をニヤつかせる。
「おい、新顔か?」
「私が連れてきた」
柚葉が睨むように返す。
「……へぇ。やるじゃねぇか」
それだけ言って、通り過ぎていく。
柚葉は何も言わない。ただ、少しだけ歩幅を早めた。
◇ ◇ ◇
校舎を進むにつれ、人の数が減っていく。
その代わり、武器を持った男たちに出会う頻度が上がる。
元・職員室の前を通り過ぎ、校長室の前に着く。
その扉は無骨な鉄板で補強され、かつての威厳はどこにも残っていない。
「……ここ」
柚葉が、短く告げる。
なるほど。ここがこのコミュニティの”中核”か。
中で待っているのは、迷える人々を助け導く英雄か。それとも──。
◇ ◇ ◇
通された室内は、思ったよりも整っていた。
壁際には観葉植物が並び、棚には元々あったであろう書籍に混じって、インスタント食品やボトルウォーターが規則正しく積まれている。
窓にはカーテンが掛けられ、外の光は柔らかく遮られていた。
この部屋の主人の几帳面さを表しているようだ。
応接用のソファーには、若い男が数人。
足を組み、だらしなく腰掛けている。
その態度から、この場所が彼らの“溜まり場”であることが嫌でも伝わってきた。
そして、その奥。
執務机の前に立つ、一人の若者がいた。
鋭い目つき。
その目元を隠すような黒髪。
着ている服は、汚れ一つないシャツに、サイズの合ったジャケット。
この状況下では、異様なほど“きちんとしている”。
年齢は──俺と同じくらいか。
その男は、じっとこちらを見つめていた。
視線に感情はほとんどない。
ただ、観察するような冷たさだけがあった。
「“総理”、新しい“国民”を連れてきました」
柚葉が一歩前に出る。
さっきまでの軽さはなく、明らかに肩に力が入っている。
「……ご苦労さん」
総理と呼ばれた男は、わずかに口角を上げた。
それは笑みと呼ぶには、あまりに冷たい。
「君たち、外は大変だっただろう」
落ち着いた声。
感情を抑えた、丁寧な口調。
「ここに来たからには、まず君たちの身の安全はこのコミュニティが保証する。安心してくれたまえ」
……安全、か。
この世界でそれが無償で手に入るとは思えないが。
俺が黙っていると、茜が代わりに答えた。
「ど、どうも……」
「私は、ここの代表を務めさせてもらっている」
男はそう言って、静かに名乗る。
「山本 司という。大袈裟だから嫌なのだが……皆からは“総理”と呼ばれている」
そう言って、こちらに手を差し出してきた。
「秋山……茜です」
茜が名乗り、握手を交わす。
「春日 晴翔」
俺も続いた。
握った手は、驚くほど冷たい。
力は強くないが、離すタイミングは相手が決めている。
その間も──
ソファーに座る男たちの視線が、遠慮なくこちらに注がれていた。
特に、茜を舐め回すような、あからさまな目。
「──さっそくだが、聞きたいことがある」
こんな所に長居は無用だ。
情報が集まれば、ここに用はない。
そう判断し、俺が切り出した瞬間。
「……その前に」
遮るように声が入る。
ソファーの一角から、大柄な男が立ち上がった。
背が高く、筋肉のつき方が明らかに違う。
刈り上げた単発に、無駄のない体つき。
姿勢もいい。
歳は俺よりも上。
──軍人か、それに近い何かだろう。
「ここのルールについて、説明しておこう」
低く、通る声。
男は俺たちを見下ろすように立ち、続けた。
「この場所に来たからには、“決まり”を守ってもらう必要がある」
その言葉と同時に、校長室の空気がはっきりと変わった。
(……はぁ。厄介な事になりそうだな)




