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第20話 ──嘘だ

 俺たちは数歩離れ、小声で向き合った。


「どうする?」


 まず、率直に切り出す。


「無駄に他人と関わるのはリスクもある」


 特に──俺の正体が露見するリスクは、無視できない。


「そうですよね。でも……」


 茜は少し考えてから、静かに言った。


「今は、情報が一番大事じゃないですか? 私の両親は、行き先が分かりました。でも……晴翔さんの妹さんは、まだですよね」


 そう。遥がもし無事なら──遠くの自衛隊基地よりも、近場のコミュニティに避難している可能性の方が高い。


「……けど、いいのか?」


 俺は問い返す。


「茜だって、本当は自衛隊基地に急ぎたいだろ」


「家族に会いたい気持ちは、晴翔さんも同じです。妹さんの情報を探しながら、向かいましょう」


 茜の瞳に迷いはない。……ほんと、どこまで優しいんだ、この子は。


「それに」


 付け加えるように、茜が言う。


「兄の情報も、あるかもしれませんし」


「……そうだな」


 俺は小さく頷いた。それで、決まりだ。


 柚葉の元へ戻る。


「なぁ」


 俺はリュックから一枚の写真を取り出した。


「俺の妹なんだが……見覚え、ないか?」


 家から持ってきた遥の写真を差し出と、柚葉はそれを受け取り、少し首を傾げた。


「んー……あるような?」


「本当ですか!?」


 俺より先に、茜が声を上げた。

 俺も、わざとらしく勢いをつける。


「元々バンドやっててさ、歌が得意なんだ! よく人前で歌ってたんだよ!」


 ──嘘だ。

 遥は自他共に認めるド音痴だ。人前で歌うなんて、あり得ない。仮にもし一度聞いたら、トラウマレベルで記憶に刻まれるはずだ。


「あー……ああ!」


 柚葉は突然、両手をぽんと打ち合わせた。


「思い出した! うんうん、この人だよ! ご飯のときに、みんなの前で歌ってくれてさー! めっちゃ上手だった!」


 満面の笑み。

 ……完全に乗っかってきたな。


「あ、あの……」


 今度は茜が、少し緊張した様子で写真を差し出す。


「私の兄も……見ませんでしたか?」


「んー……」


 柚葉は写真を一瞥し……


「あ、なんか……似たような人、見たかも!」


「えっ!? ほ、本当に!?」


 茜の声が、裏返る。


「──とにかくさ」


 柚葉は軽い調子で俺達を交互に見る。


「二人とも、自分の目で確かめるのが一番でしょ? ほら、暗くなる前に行こ!」


 ……なるほど。

 嘘をついてまで、俺たちを連れて行きたい理由があるのか。単なる善意や協力関係、とは考えにくいな。何かしら、向こうにメリットがあるはずだ。


 だが──


 最悪、何かあったとしても、相手は一般人の集まりだ。いや、仮に銃火器で武装した兵士が数十……数百人相手でも──今の俺なら、茜を守りながら充分に戦える。


 一度茜を見ると、彼女は小さく頷いた。


「……分かった、案内してくれ」


 こうして俺たちは、柚葉の言う“安全な場所”へ向かうことになった。

 そこが、今後の活動拠点となるのか、それとも厄介事の巣なのか……今の俺たちにはわからない。


 ◇ ◇ ◇


「あー、疲れたぁ〜〜」


 先頭を歩く柚葉が、わざとらしく声を伸ばした。


 ぼやきたいのはこっちだ。

 俺は常に周囲の気配を探り、ゾンビの少なそうな道を選んで提案している。

 それなのに「遠回りだからヤダ」の一言で却下され、その結果、ゾンビに追い回されて逃げる羽目になり、結局もっと大きく遠回り──。


 この無駄な流れを、もう何度繰り返したことか。


「荷物、私持ちますから。もう少し頑張りましょ?」


 茜が気遣うように声をかけると、


「えっ! ほんと!? お願いっ!」


 柚葉は一瞬で元気になり、自分の荷物を遠慮なく差し出した。躊躇が一切ない。


 受け取ろうとした茜の手から、黙って荷物を取り上げ、そのまま俺が担ぐ。

 茜が何か言いかけたが、俺が首を振ると、何も言わずにペコリと頭を下げた。


 ◇ ◇ ◇


「ほら! あそこ!」


 柚葉が前方を指差す。建物の輪郭が見えてきて、すぐに分かった。


「学校か」


「確か、桜坂西高校ですよね? 有名な私立高校です」


 茜の言葉に、柚葉が頷く。


「そうそう! 普通だったら、私なんか絶対通えなかったとこ!」


 そう言って、柚葉は笑った。


 設立してまだ新しいのか、真っ白な校舎が青空に映える。今にも生徒たちの賑やかな声が聞こえてきそうだ。


 だが──近づくにつれて、その様相は物々しさを増していく。


 校舎をぐるりと囲う外壁には、所々血のような跡が滲んでいる。


 校門は固く閉ざされ、鉄板やトタンが何重にも当てられ、針金で無骨に固定されている。

 “閉門”というより、“封鎖”だ。


 その要諦は、人々を護る城壁というよりは……外の人間を誰一人として近づけない、独裁国家の国境のように見えて、仕方がなかった。

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