第18話 ナイス素直だ!
「茜」
低く名前を呼ぶと、察したのか茜はびくりと肩を震わせ、俺の半歩後ろへ下がった。
ほどなくして──
角から飛び出してきたのは、制服姿の女子高生だった。
(……またJKか)
だが、茜とはまるで正反対のタイプ。
派手な金髪に、スカートの下はジャージ。
事態が事態だけに化粧はしていないが、いかにも“今どき”の子だ。
その背後には、十数体のゾンビ。
しかも──走っている。
「晴翔さん!」
茜が俺を呼ぶ。
どう対処するか、とりあえず様子を見ていた俺とは違い、優しい茜の中には“見捨てる”という選択肢は最初から存在しないのだろう。
まぁ、俺としても──情報は欲しい。
「助けるぞ。いいな?」
「もちろんです!」
即答か。
女子高生が向かっている先には、別の気配の群れがある。
このまま行けば、挟み撃ちだ。
「おい! こっちだ!!」
俺の声に、女子高生が一瞬驚いた顔を見せ──次の瞬間、迷いなく直角に方向転換してこちらへ走ってきた。
……速い。
走行フォームも綺麗だ。
「た、助けてっ!!」
「止まるな!!」
叫び返しながら、状況を組み立てる。
(……異世界なら、剣を一振りで終わるが……)
だが、今はそうはいかない。
(何か……使えるものはないか)
周囲を素早く見渡す。
(土魔法で地面を……だめだ。アスファルトの下まで届かない)
(火は……論外だな。こんな場所で爆炎なんて起こしたら、言い訳がきかないし、万一ガス漏れで誘爆でもしたら大惨事だ)
「晴翔さん……!」
焦った声で茜が俺を呼ぶ。
その間にも、女子高生が息を切らしてこっちへ駆けてくる。
すぐ後ろには、走るゾンビの群れ。
(……何か、あるはずだ)
視線を巡らせた、その時。
付近の民家の壁際に、白いタンクがあるのが目に入った。
(……貯湯タンク)
茜の家でも見た。中には──
(水が、溜まってる!)
「茜! 弓で先頭のゾンビ、狙えるか! 俺の合図で撃て!」
「わ、分かりました!」
素早く弓を構えた茜の視線は、ゾンビの群れへ。
こっちには一切意識は向いていない。
──よし。
その隙に、俺は掌を軽く伏せる。
誰にも見えない位置で、極小の魔法陣を展開した。
(あの水量なら……この程度でいけるだろ)
声にならないほど小さく、詠唱する。
「──水よ、奔流となって暴れ回れ」
そして、魔力を解放。
「ウォーター・スプレッド」
掌の魔法陣を、エコキュートのタンクへ向けた瞬間──
ドンッ!!
凄まじい爆音とともに、白いタンクが弾け飛んだ。
内部に溜め込まれていた水が、一方向へと一気に噴射される。
その反動で、タンク本体が宙を舞い──
ゾンビの群れに、直撃。
水圧と金属の塊に叩き潰され、十数体のゾンビがまとめて吹き飛ばされた。
「えっ──なに!?」
茜が、驚いて声を上げる。
「今だ!」
声と共に駆け出した。
吹き飛ばされ、なおも動こうとする数体のゾンビを、バットで次々と叩き伏せる。
骨の砕ける感触。
倒れ込む影。
遅れて──
ヒュッ。
茜の放った矢が、僅かに残ったゾンビの頭を正確に撃ち抜く。
最後の一体が倒れ、通りに静寂が戻る。
俺は息を整え……るフリをしながら、振り返った。
「……大丈夫だ、終わった!」
「は、はい! ──な、何か、爆発しませんでした!?」
茜が弓を下ろしながら慌てて駆け寄ってくる。
「……多分だけど」
道に転がったタンクの残骸を指差し、あくまで、何でもないことのように軽く流す。
「給湯タンクだ。暴動か何かに巻き込まれて、配管でもイカれてたんだろうな。たまたま運が良かった」
完全に出まかせだ。
だが、茜が貯湯タンクの仕組みなんて知ってるはずもないだろうし、ギリギリあり得なくもない……どうだ!?
茜は、しばらく呆然としていたが──
「……そ、そういうことも、あるんですね……」
最終的に、そう結論づけた。
(よし! ナイス“素直”だ、茜!)
俺は内心、静かに胸を撫で下ろした。
そして、助けた女子高生の方へ視線を向ける。




