第17話 生存者だ
チュンチュン、と鳥の鳴き声で目が覚めた。
二日連続ということもあって、多少は慣れたのか。
昨日は、空が明るくなる前に眠れたらしい。
(……これが“朝チュン”か?)
話に聞くような甘酸っぱいイベントとは程遠く、気苦労の方が圧倒的に多いが──とにかく、隣では茜が小さな寝息を立てて眠っている。
起こさないよう、そっと身体を起こすと、ソファーを抜け出し静かに階段を上った。
二階の大きな窓からは、街全体が見渡せる。
静かな街。
昨日までの惨状が嘘だったかのように、朝の光が家々を照らしている。
だが──
所々から立ち上る黒い煙が、それが幻想にすぎないことを突きつけてくる。
変わらないのは、鳥の声だけだった。
(……そういえば、人間以外はどうなってるんだ?)
某ゾンビゲームじゃ、カラスや犬まで感染して凶暴化していたが。
この世界のゾンビが、異世界のそれとどう違うのかは、まだ分からない。
(油断は禁物、か)
そう思いながら、階段を下りると……
「……晴翔さん?」
ソファーで目を覚ました茜が、不安そうに辺りを見渡していた。
「おはよう」
朝チュンのイメージが頭から離れず、妙に爽やかぶった声が口から出てしまった。
「ご、ごめんなさい……! 私のせいで、寝られなかったですか?」
「いや。今起きたところだよ」
そう言って、隣に転がっていたクマのぬいぐるみを指差す。
「そいつのおかげで、ぐっすりだった」
茜はぬいぐるみを抱き上げると、「よくできました」と言わんばかりに、ぎゅっと小さく抱きしめた。
──
せっかくお湯が使えるということで、朝食もカップ麺。
文句はない。
ないのだが──
「……栄養、偏りそうだな」
何気なく口にしたその一言に、茜がぱっと顔を上げた。
「あっ!」
何かを思い出したように手を叩くと、そのまま中庭へ小走りで出て行く。
しばらくして──
「よかった! ダメかと思ったんですけど……途中で雨とかも降ったから、無事でした!」
そう言って戻ってきた茜の両手には、みずみずしいアスパラガス。
「それは……?」
「家庭菜園です。私とお母さんでやってて……あ、そうだ!」
今度はキッチンへ向かい、戸棚の下の方を開ける。
「よかった、まだありました!」
取り出されたのは、ジャガイモや玉葱といった保存のきく根菜。
「これは……助かるな」
「私、何か作りますね」
茜はキャンプ用バーナーとフライパンを用意し、慣れた手つきで野菜を切り始めた。
調味料でさっと味付けし、手早く炒める。
「簡単なものですけど……」
「いや、めちゃくちゃ美味そうだ」
この世界では、きっと貴重な“新鮮な野菜”。
「「いただきます」」
二人で手を合わせる。
「……うん、美味い」
「ですよね。私も、しばらく野菜食べてなかったので」
食後には、手引きでコーヒーまで淹れてくれた。
ここがゾンビに支配された世界だということを、思わず忘れそうになるほど、穏やかな朝だ。
──だが。
外では、確実に“奴ら”の気配がうろついている。
「さて」
俺は立ち上がった。
「荷物をまとめたら、行くか。茜……しばらく帰ってこれないと思うけど、心残りはないか?」
「……はい」
茜は家の中をぐるりと見回し、決心したように頷く。
そして、ソファーに転がっていたクマのぬいぐるみを椅子に腰掛けさせ、一度だけ、そっと頭を撫でた。
「……持ってくか?」
「いえ。邪魔になるので」
そう言って笑う茜。
俺も、つられて小さく笑い返した。
◇ ◇ ◇
「……お世話になりました」
一度、家に向かって頭を下げる。
それに続いて、茜も玄関の前に立ち──
「……行ってきます!」
決心のこもった声でそう言うと、カチャリと鍵をかけた。
俺の背中には、茜の兄のものだという大きなリュック。
最初に持っていた病院の非常バッグから、必要そうなものだけを移し替え、あとは食料や道具を無理のない範囲で詰めた。
……と見せかけて。
リュックに入りきらなかった野菜やカップ麺は、茜の視線を盗んでイベントリに放り込んでおいた。
(これで、しばらくは物資に困らないな)
茜もリュックに詰めた数までは把握していないだろうし、多少誤魔化しは効くはず。
「じゃあ、自衛隊基地に向かうぞ」
「はい!」
自分のリュックを担ぎ直し、茜が元気よく返事をする。
◇ ◇ ◇
俺が先頭に立ち、茜の家にあった紙の地図を頼りに道を進んでいく。
なるべくゾンビの気配が薄い道を選びながら進むが、それでも完全に避けるのは無理だ。
時折、数体のゾンビと遭遇する。
そんな時は、俺のバットで対処。
何度か戦っているうちに、“一般人が必死に戦っている風”の動きも板についてきた。
(……俺の演技力、無駄に上がってないか?)
ときどきは茜の弓にも頼りつつ、想像していたよりもずっと順調に進めていた。
──
「思ったより……順調じゃないですか?」
見晴らしのいい公園。
ベンチに腰掛け、昼用のパンを頬張りながら、茜が興奮気味にこちらを見る。
「だな。特段、危なげもないし……落ち着いていけば大丈夫そうだ」
実際は万に一つも負ける要素は無い。
「もしかして……ゾンビって、冷静に対処すれば、そんなに危なくないのかも……」
「まぁ、一理あるな」
俺は少し考えてから言った。
「ゴキブリだってさ。冷静に考えれば、人間が負けるような相手じゃないだろ? でも、苦手意識で焦るから、パニックになる」
「な、なるほど……!」
茜は真剣な顔で何度も頷く。
「少し……分かってきた気がします!」
(……いや、こっちが強すぎるのを怪しまれないように、適当に言ったんだが)
変に自信をつけさせてしまった気もしなくはない。
だが、怯えっぱなしで何も出来ないよりはマシだろう。
「さて。昼飯も食ったし、行くか」
地図を広げながら立ち上がる。
「今日は、明るいうちにこの辺りまで行けるといいな。途中、空いてる車があったら……この前みたいに、そこで野宿しよう」
「了解です!」
茜が、敬礼のポーズを取ってみせる。
自宅でぐっすり休めたからか。
それとも、目的地がはっきりしたからか。
一昨日より、明らかに表情が明るい。
「じゃ、行くか!」
◇ ◇ ◇
そうして、公園を離れて歩き出して小一時間。
それまで続いていた穏やかな道行きは──
前触れもなく、終わりを告げた。
俺は足を止め、無意識にバットを握り直す。
(……いよいよ、来たか)
通りの先。
曲がり角の向こうで、十数体分の気配が一斉に動いている。
速度は、人が走るのとほぼ同じ。
これまで相手にしてきたゾンビとは明らかに違う。
(速い……いや、それ以上に)
気配の向きが、すべて一致している。
──何かを追っている。
つまり。
(生存者だ)




