第15話 魔法を使えば一瞬なんだけどなぁ
やがて日が沈み、家の中はゆっくりと夜の色に染まっていく。
茜は兄の部屋から、キャンプ道具をいくつも抱えて戻ってきた。
充電式のランタンに明かりを灯すと、柔らかな光がリビングを照らす。
「茜。部屋のカーテンって、遮光タイプか?」
「はい。レースと遮光の二重ですけど……」
「なら、全部閉めてくれるか。暗い街で灯りをつけてると、目立つ」
「わ、分かりました!」
リビングに面した大きな窓は数が多い。
二人で手分けして、ひとつずつカーテンを閉めていく。
無論、警戒しているのは、ゾンビじゃない。
……敵か味方か分からない、他の生存者。
(少なくとも今の俺にとっては、ゾンビよりよっぽど厄介だ)
カーテンを閉め終えると、茜が机の上にキャンプ用バーナーをセットした。
「晴翔さん! これでお湯、沸かせますよ!」
そう言って、テーブルに置かれていたカップ麺をニコニコしながら差し出してくる。
「おぉ……それは助かるな」
考えてみれば、現世に戻ってから、これが初めての“温かい食事”になる。
「あ……でも、水は貴重ですよね」
茜が少し心配そうに言う。
「……この家、多分オール電化だよな?」
「はい、そうです」
「庭に、お湯のタンクって無いか? 白いデカいやつ」
「そういえば……何かあった気がします」
「それなら……」
茜に案内されて庭へ出る。
懐中電灯の光の先、外壁の端に大きな四角いタンクがあった。
側面に貼り付けられた説明書きに従い操作すると……ジャァッ、と音を立ててホースから水が流れ出す。
「お水……!」
茜の声が弾む。
「災害時に、予備水になるって聞いたことがある。基本は風呂や洗濯用だけど……煮沸すれば飲めるはずだ」
「はい!」
二人で鍋に水を溜め、リビングへ戻る。
(実際、水はイベントリに山ほどあるけどな……)
とはいえ、誰かと一緒に居る以上、イベントリの物資を使うにはとにかく説明がついてまわる。
こっちの物資を使えるときは使っておくべきだ。
ランタンの灯りの下、立ち上がる湯気に喜びを感じながら──俺たちは、静かに夜の準備に取り掛かった。
◇ ◇ ◇
久しぶりのカップ麺を、ゆっくりと噛み締める。
妙に懐かしく感じる、化学調味料全開の味。
異世界の食事も悪くはなかった。むしろ手作りが基本なぶん、こっちより贅沢と言えたかもしれない。
だが、慣れた味というのは、自然と身体が覚えているものだ。
「……美味しいですね」
向かいに座る茜が、少し嬉しそうに言う。
「あぁ。なんか……故郷の味、って感じだ」
「えぇっ!? 晴翔さん、どういう食生活してたんですか!?」
そんな他愛もない話を皮切りに、食事中はずっと雑談が続いた。
学校のこと。
仕事のこと。
お互いの兄妹の話。
茜は話し上手で、聞き上手だ。
相槌も自然で、こちらが話しすぎても嫌な顔ひとつしない。
(やばい……気を抜くと異世界の話とかしてしまいそうだ)
「魔王」とか「ダンジョン」とか、下手な事を口走らないよう内心かなりヒヤヒヤしていた。
……
食事が一段落すると、茜が立ち上がる。
「明日も大変でしょうし……そろそろ、寝る準備しましょうか」
「そうだな」
案内されたサニタリーには、清潔なタオルが何枚か用意されていた。
「少しですけど、お湯も使えますし……これで身体を拭いてください」
「あぁ、助かる」
言われてみれば、今日は一日中歩きっぱなしだった。
汗もそれなりにかいている。
(風呂問題は、早めに何とかしたいな……)
本気を出せば、外に即席の温泉を一つ二つ作ることもできる。
……が、そんなことをすれば色々と話がややこしくなる。
バケツに張ったお湯を水で薄めていると──茜がパジャマを持って戻ってきた。
「これ……兄のですけど、良ければ使ってください。ちゃんと洗濯してあるので」
「えっ、いや……それはさすがに悪いだろ」
「遠慮しないでください!」
思った以上に強い口調だった。
「こんなに助けてもらってるのに。兄がいたら、きっと同じことします。サイズも……たぶん合うと思いますし!」
そう言うと、有無を言わさずパジャマを俺の手に押し込んでくる。
「……ありがとう」
素直に受け取ると、茜は少しだけ照れたように微笑んだ。
「それじゃ、私も部屋でお湯浴びしてきますね」
そう言って、バケツに入ったお湯を持ち、階段を軽い足取りで上がっていく。
ここが自分の家だからだろう。
昼間よりも、だいぶ肩の力が抜けているように見えた。
(まぁ……実際に安全は保証してるんだけどな)
家の周囲には、すでに二重結界を張ってある。
少なくとも今夜、外から何かが侵入する可能性は確実にゼロだ。
しばらくして、二階の部屋のドアが閉まり──カチャリ、と鍵のかかる音がした。
(……さすがに警戒されてるか)
一瞬だけ、ちょっと傷ついた気もしたが──いや、当然だな。むしろ健全。
(というか、逆に異性として意識されてるって思えば……喜ぶべき、か?)
そんなことを考えながら、俺も服を脱ぎ、タオルをお湯に浸す。
身体を拭うと、じんわりと疲れが抜けていく。
……少しお湯が足りなかったぶんは、火と水の魔法をごく小さく使い、バケツにそっと足す。
(……まぁ、魔法を使えば一瞬なんだけどなぁ)
湯気の立つタオルで首元を拭きながら、深く息を吐いた。




