第12話 思いっきり打てば……ゾンビも
(加減は……どんなもんだろうな)
肩に担いでいた金属バットを構え、そっと息を吸い込む。
魔力の流れを細く、細く調整しながら、囁くように詠唱した。
「──エンチャント・ウィンドブラスト」
空気が低く唸る。
大気が揺らぎ、バットの表面に、まるで“台風を凝縮した”ような突風がまとわりつく。
そのまま路地へ踏み出すと、先の角にいたゾンビがこちらに気づいた。
「ォォ……ァァアァアッ!!」
濁った声をあげ、よろけた足取りで両手を伸ばしてくる。
涎を垂らし、爪を振り回しながら必死に走ってくるその姿は、“人間だった痕跡”を僅かに残していて、少し胸がざわつく。
だが──今は感傷に浸っている場合ではない。
バットを大きく振りかぶり、
「ふんっ!」
軽快に振り抜いた。
──ドゴォッ!!
バットが触れた瞬間、風の奔流が一気に爆ぜる。
ゾンビはまるで鉄骨で殴られたかのように錐揉み回転し、そのまま二、三ブロック先まで吹き飛ばされ、遠くのガードレールに激突して動かなくなった。
(……げっ、マジかよ! だいぶ加減したつもりなんだけど!?)
当たり前だが、バットに風魔法を付与したのなんて初めてだ。
風を鋭く走らせて、ゾンビを真っ二つにする事も出来るが、流石にそれだと言い訳が出来ないだろう。 てことで吹き飛ばし系の調整にしたけど……思った以上に威力が出てしまった。
大型トラックに跳ねられたって、あんな飛び方しないだろう。
恐る恐る振り返ると──
茜が、弓を抱えたまま固まって俺を見ていた。
目がまん丸になっている。
(やべ……これ絶対バレる……!)
反射的に口が動いた。
「い、いや実は俺、野球で全国行ったことあってさ! これでも四番だったんだよ!? あの硬いボールをスタンドまで飛ばせるくらいだから、思いっきり打てば……ゾンビも……まぁ……あれくらいは……」
口から出任せのオンパレード。
自分でも後半は何を言ってるのか分からない。
そんな無理筋な説明を聞いて──茜はおそるおそる一歩、二歩と近寄ってきた。
そして次の瞬間。
「はっ、晴翔さん!!」
「は、はぃっ!?」
「──大丈夫でしたか!?」
「へ?」
ゾンビがふっ飛んだことではなく、茜は“俺の身”を心配して駆け寄ってきたらしい。
両手で俺の腕や肩、服の擦れまで確認するように、慌てた様子で全身を見回す。
「怪我とか、してないですか!? 血……ついてない……ですよね?」
「あ、あぁ……大丈夫。無傷だよ」
「……よかったぁ……」
その場でストンと肩を落とす茜。
本当に心配してくれていたのが伝わってくる。
「やっぱり“それ”危ないですよ……! ゾンビに近付かないといけないし。弓、お返しした方が……。晴翔さんの安全が第一ですし……」
「いや、いいって。俺、こう見えて昔は喧嘩っ早くてさ、千人くらいなら乱闘で相手にしたこともあるから」
「……ふふっ、もう。それはさすがに嘘だって分かりますよ!」
茜は小さく笑って、安堵したように頭を下げた。
「でも……助けてくれて、ありがとうございます」
その笑顔は、さっきまでの怖がり方が嘘みたいに柔らかかった。
(いや、乱闘は……ホントなんだけどな。相手は魔王軍の魔物部隊だったけど)
そんな心の声を胸に仕舞い込みながら、俺はバットを肩に担ぎ直した。




