第11話 アスファルトって土魔法じゃ動かせないんだよな
「さて、これからどうする?」
朝食を食べ終え、背中にリュックを背負い直しながら茜に問いかける。
茜は空になった缶を、胸元でぎゅっと握りしめてから、小さく息を吸った。
「私は……一旦、家に帰ってみようと思います。両親と……もしかしたら、お兄ちゃんも戻ってるかもしれないですし。……春日さんは?」
「そうだな……」
妹──遥の行き先の手掛かりは何もない。
ならば、まず向かうべきは俺も“自宅”。
「俺も、一旦家の様子を見てこようと思う」
茜は何か言いたい事があるのか、少し間を置いてから「……ですね」と頷いた。
「君……」
昨日から感じていた会話の違和感に、一瞬言葉が詰まる。
「えっと、なんて呼べばいいかな? 今更だけど“君”は他人行儀かなって」
ふと気になって尋ねると、茜は「あっ」と声を上げ、慌てて頭を下げる。
「ご、ごめんなさい! お兄ちゃんや友達には普通に茜って呼ばれてたので……それで良ければ」
俺はお兄ちゃんでも友達でもないが……下の名前で呼ばせてくれるなんて、随分と人懐っこいというか、いい子だな。
(もし“普通に苗字でお願いします”とか言われてたら、地味に凹んだかも)
「じゃあ、俺も晴翔で」
「わ、分かりました……! えっと……晴翔さん、でいいですか? さすがに呼び捨ては申し訳ないので」
ほんのり頬を染めて笑う茜に、俺も頷き返す。
「──で、茜の家ってどの辺だ?」
「えとですね……」
道順を聞いてみると、どうやら俺の家と茜の家は“割と近所”だと判明した。
行った事ない街だが、平時なら歩いて三十分もかからない距離だろう。
それを知って、茜は意を決したように口を開いた。
「あの……! それなら、お願いがあって……」
胸の前で両手を組み、申し訳なさそうにもじもじしている。
「晴翔さんの家の後で良いので……もし出来たら……その……。わ、私の家まで……一緒に来て、もらえないかな……とか……」
語尾が小さくなるにつれ、視線も下へ下へと落ちていく。
「いいよ」
「えっ!?」
まるで予想外だったと言わんばかりに、茜は目を丸くした。
「え? 何かまずかった? 別にそんな大した距離でもないし」
「い、いえ! すごく嬉しいんですけど……外は危ないし……晴翔さんにも迷惑かなって……」
「あぁ……」
歩く距離とか、疲れるとか、面倒とかの話じゃなく、“ゾンビだらけの街を移動するのは危険”ってことか。
昨日から半ばハイキング気分だったから、すっかり危機感が無かった。
普通の人間にとっては、街ひとつ移動するだけでも命がけの状況だもんな。
「いや、だからこそ茜を一人で行かせられないだろ。ちゃんと家まで送るよ」
言うと、茜の肩が大きく揺れた。
「あ、ありがとうございます……!」
両手を胸の前で組み、今にも泣きそうな顔で喜ぶ茜。
思わず、(か、可愛い……!)と心の中で叫んでしまう。
(……いや、落ち着け俺。変な気を起こすなよ! ここで期待を裏切ったら、男として終わる!)
そう心の中でブレーキを踏みつつも、茜の安堵した笑顔に胸の奥がじわりと温かくなった。
◇ ◇ ◇
山道をゆっくり下っていくと、木々の間から少しずつ民家の屋根がのぞき始め、やがて舗装道路へと出た。
「よかったです。ここまで……ゾンビに襲われなくて」
「だな」
軽く返事を返すが……本当のところは、林の中に数体いた。
茜が気づく前に、土魔法でそっと埋めておいたけれど。
……しかしこの先は舗装された地面ばかりになる。
(さっき試したけど、アスファルトって土魔法じゃ動かせないんだよな……。どういう違いだ?)
異世界に存在しなかった材質は、まだ勝手が分からない。
こちらの世界の“何が魔法に影響するのか”も、少しずつ検証する必要がありそうだ。
「茜、街の方は人も多かった分……当然ゾンビも多いはずだ。ここからは慎重に進むぞ」
「はい!」
キリッと弓を持ち直す茜。
その姿は頼もしく見える……が、茜がそれを使わなくて済むようにしなくては。
◇ ◇ ◇
──道路標識や大きな建物を確認しながら歩く。
知った道なら良かったのだが、この辺りは俺も茜も土地勘が薄い。
スマホがあれば話は早いが、この状況ではもう期待できない。
(スマホの地図って便利だったんだな……。昔の人ってずっとこんな感じでやってたのか)
そんな呑気なことを考えつつも、一応は周囲への警戒を怠らない。
「……茜、次の角を曲がるぞ」
「あ、はい。……晴翔さん、道分かるんですか?」
「いや、だいたいだ」
実際のところ──気にしてるのは道順ではなく“気配”。
道の先に“固まっている気配”を感じた。
おそらくゾンビの群れだろう。
シーフとか、探知系の仲間がいれば、正確な人数も種類も、この距離から特定できたんだが……あいにく俺はそっち系統は苦手だ。
(まぁ、気配の薄い道を選べばまず安全だろう)
なるべくゾンビの少ない方向へ進むように、何度か脇道へ逸れながら歩く。
そんな中──
「あっ、晴翔さん!」
茜がぱっと顔を明るくし、前に出た。
「私、この道分かります! 晴翔さんの家、南野町ですよね? なら、このまま真っ直ぐです!」
「お、ナイス! やっぱり大体の方向合ってたんだな」
足取りが自然と軽くなる。
……だが、茜が突然足を止め、俺の服の裾を引く。
「待ってください! 晴翔さん──あそこ……!」
指差す方向を見ると、数ブロック先の角から、ゾンビが1体、ヒタヒタと姿を現した。
まだこちらには気づいていない。
(……避けてきたけど、まぁ、さすがに“ゼロエンカウント”は無理か)
茜が弓を構える。
「わ、私が弓で」
「いや、待て」
確かに、エルヴンボウなら一撃で終わる。
けれど、あまりにも楽勝が続くとさすがの茜も疑うだろう。
それに、もし誰かに目撃されたら──『ゾンビをヘッドショットしまくってるJKがいる』──そんな話が広がれば厄介だ。
「茜は、いざという時のために後衛で待機。俺がやる」
「……わかりました」
茜は素直に弓を下ろし、緊張した面持ちで頷いた。
(さて……あくまでも地味に、さっさと片付けますか)
俺はゾンビ達の動きを確認しながら、ゆっくりと前へ踏み出した。




