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第1話 異世界からの帰還

 世界を覆っていた黒雲が、ゆっくりとほどけていく。焦土と化した大地に、久しく忘れられていた風が吹いた。


 その中心──崩れかけた神殿の最奥で、青年は二人の仲間と共に女神と相対していた。


 銀髪の魔法使いの少女は、肩で息をしながら杖を抱きしめている。

 背後では、壮年の剣士が大剣を地に突き立て、静かに佇んでいた。


 長かった戦いは終わったのだ。魔王軍は退けられ、世界は救われた。


「……よくぞ、ここまで辿り着きましたね。勇なる者たちよ」


 三人の前に立つ美しい女性──女神の声は澄んでいて、どこか涙を含んでいるようにも聞こえた。


「特に、春日晴翔〈かすが はると〉。あなたは異世界からやってきた身でありながら、命懸けでこの世界を救ってくれました」


「まぁ、肝心の魔王は、結局封印するのが精一杯だったけどな」


 春日は苦笑した。


「色々と大変だったけど、悪くない旅だったよ」


 女神は少し申し訳なさそうに笑って頷き、そして告げた。


「あなたには二つの道があります。一つは──この世界に残り、“英雄”として余生を送る道」


 女神の言葉に、魔法使いの少女が小さく頷く。


「もう一つは──力のすべてを封印し、元の世界へ還る道です」


 少女は肩を震わせ、春日を見上げた。


「ハルト……帰っちゃうの?」


 今にも泣きそうな細い声。


「こら、無茶を言うな」


 剣士が両手で宥めながら言う。


「ハルトの事情は、俺たちが一番よく知ってるだろう。向こうに家族を残してきたんだ」


「……うん。でも……」


 少女の瞳に映るのは、不安と寂しさと、別れの影。

 春日は彼女の頭を軽く撫でた。


「長い間、付き合ってくれてありがとな。けど、妹をひとりぼっちで残してきたんだ。ほっとけないよ」


 少女は俯いたまま、小さく頷いた。


「──あなたの選択を尊重しましょう」


 女神が掌を掲げると、空間に光の裂け目が生まれる。

 それは異世界と現世を繋ぐ帰還のゲート。


「この世界を救ってくれたあなたへの“恩返し”として、一つだけ祝福を授けます」


「祝福?」


 春日が眉を上げる。


「はい。元の世界が危機的状況に陥り、あなた自身に命の危機が訪れたとき──封印は解けます。あなたは再び、かつての力を振るえるでしょう」


「はは、現代日本じゃそんな事態、起きっこないだろうな」


 春日は苦笑しながら首を振る。


「まぁ、第三次世界大戦が起きるか──世界がゾンビだらけにでもなったら、頼らせてもらうよ」


「なんでゾンビなんだ。どうせならサキュバスだらけがいいだろう」


 剣士が豪快に笑い、少女は涙で揺れる視界の中で、それでも笑顔を作った。


「春日……元気でね」


「おう。二人とも達者で。あっちは平和そのものだから、たぶんのんびり過ごすよ」


 春日は一歩、光の中へ踏み込む。

 温かい風が背中を押した。


「じゃあな。また──」


 仲間たちに手を振り、春日の姿は完全に光に飲み込まれた。



 ◆ ◆ ◆


 ──ふ、と光が消える。


 俺はゆっくりと瞼を開いた。


 白い天井。

 消毒液のような匂い。

 肌触りのいいシーツが背中を包んでいる。


(……ここは)


 目を横に向けると、カーテン越しに柔らかな風がそよいでいた。

 外から入ってくる涼しい空気が妙に気持ちいい。


 ベッド脇の小さな机にはデジタル時計。

 無機質な赤い数字が、現在の日付を示している。


『20xx 5 / 16』


(俺がトラックに跳ねられて、一月ちょっとしか経ってないのか……。向こうとは時間の流れが違うんだな)


 異世界で過ごした長い月日が、まるで一瞬の夢だったように思える。

 けれど身体はやけに軽く、心は異様に冴えている。


 窓の外を見れば、濃い緑の山々が連なっていた。

 どうやら山の上に建つ総合病院に運ばれていたらしい。


(……う、やばい。トイレ行きたくなってきた)


 寝たきりだった反動か、尿意が急速に膨らんでいく。ふと、下半身の状態が気になった。


(あ、これ……処置用の簡易パンツか。全身管まみれとかだったらどうしようかと思ったけど、動いても大丈夫そうだな。


 力を込めてベッドから身体を起こす。

 久々に動かす筋肉がぎしぎしと重い。


(フラつくけど……歩けるな。よし、トイレ探すか)


 点滴スタンドにも繋がれていない。どうやら状態は安定していたらしい。


 病室のドアを開けて、物音一つ聞こえてこない廊下へと足を進める。

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