第9話 キメラの襲撃者
あれから私たちは人混みから逃げるようにしてショッピングモールを後にした。
走って、走って、走って、ようやく辿り着いたのは、人けのない夜の公園だった。
ここは、大通りからも住宅街からも少し遠く、奥まった場所にある公園だ。先客がいれば入ってきづらいような場所にある。
そもそも公園なのかも怪しいし、知っている人も私しかいないかもしれない穴場スポット。
まあ、私たちより先に猫さんの先客はいたのだけど。
「九美果ちゃん。少しは落ち着いた?」
「んぅ」
隣のブランコにうつむき加減で座っている九美果ちゃんがコクっとうなずいた。
その顔は人混みを離れたからか、少しだけスッキリしているように見える。
今日だけで散々泣きはらしたせいで、目元ははれぼったい感じになってはいるが、鼻水もかみ切り、涙もおさまったようで、呼吸も落ち着いていた。
「ここにこうしていると、噛子お姉ちゃんと世界に2人きりみたいな気がするな。でも、どこか嵐の前の静けさみたな感じもする」
「あはは。それはいいことなのかな? それとも罰ゲーム?」
「いいことだよぉ。今日は色々なピンチに駆けつけてくれたんだから」
私の方を向いて九美果ちゃんがニコッとした。
「たまたまだけどね。たまたま手が届いただけ。九美果ちゃんの本当のピンチには間に合ってなかったんだから」
「たまたまでも来てくれたのが嬉しかったんだよ。この姿になってから手を差し伸べてくれたのは噛子お姉ちゃんだけだったから。だから、間に合わなかったなんて言わないで」
強く願ってきたその姿が珍しく感じて、街灯に照らし出された九美果ちゃんの姿にしばらく見入ってしまっていた。
返事もしないでじっと見つめていたものだから、九美果ちゃんの方は訳もわからずキョトンとした表情で見返してきた。
それがまたかわいくって、ついつい目が離せない。
満足いくまで九美果ちゃんを見てから私が話し出そうとした瞬間、何かが潰れたような、ぐちゃっという音がした。
「好奇心は猫を殺す、なんて言うけど、それは猫を被ろうとして殺しちまうのか、猫を殺っちまいたくて殺しちまうのか、どっちなんだろうな」
「後者ですよ。まあ、あたしたちに限って言えば前者なんじゃないですか?」
猫のいた場所に血だまりを広げて、2人の少女が立っていた。
暗くて影しか見えないけれど、2人とも手の先から異様に伸びた鋭い爪を光らせている。
「なんでもいいけど、あぁ、腹減った」
「なら何をしているんですか。今日の晩御飯が台無しですよ」
「いーじゃねーか。目の前にもっとうまそーなもんがあるんだからさ」
「あれはターゲットですよ」
「そうだっけ?」
「忘れないでください。まあ、殺した後は好きにしていいんですけどね」
「なら、殺っちまえば晩御飯だ」
「その意見には賛同します」
飛び出してきた2人を見て、すっくとブランコから立つ九美果ちゃん。
その目はすでに2人の姿を捉えたのか驚くように大きく目を見開いていた。
「まつりちゃん、すいちゃん。どうして」
九美果ちゃんに呼びかけられると、その言葉に反応したように、2人して頭を押さえては顔をしかめ出した。
「なんでアタシらの名前を知ってんだ?」
「あなた、なんて、知りませんよ!」
襲撃者2人の姿が街灯の灯りに照らし出されて、遅ればせながら私もようやく今の事態が理解できた。彼女たち2人は九美果ちゃんと同じ孤児院にいた子たちだ。
荒々しい口調のまつりちゃんはキッと強くこちらを、丁寧な口調のすいちゃんは鋭く九美果ちゃんの方を、にらみつけてきた。
そして、頭痛が治ったのか、2人して猫のように姿勢を低くしてそれぞれ飛びかかってきた。
繰り出された爪にさっくりとシャツが裂かれる。
「あぁ! 九美果ちゃんに選んでもらったものなのに!」
「ちっ。ふざけた調子でかわしたな?」
「当たったら痛いでしょ」
初撃回避に成功したけど、今は武器も持っていない。
一応、攻撃できない訳でもないんだけど、相手が相手だし……。
それはそうと、今の九美果ちゃんは人。キメラ化も難しいんじゃ。
そう思って九美果ちゃんがどうしたか見ると、
「鎌が大きい」
「これが、噛子お姉ちゃんとの力!」
通常時がより人間らしくなっていたから心配したけど、どうやら、テイムの影響でキメラ時の姿も安定しているということみたいだ。
なら、得意ではないけど、あちらに対しては魔力によるサポートの方針がいいかもしれない。
胸の内にある隣に九美果ちゃんがいるような温もりを感じながら、ここに魔力を一部転送!
ほぼ互角だった九美果ちゃんの魔力量はすいちゃんを大きく上回り、つば迫り合い状態から九美果ちゃんの押せ押せムードへ転化した。
「よし」
「おっと、よそ見している場合か?」
「とっとと。なら、こっちも大人しくしててもらおうかな」
「ちょこまかと!」
まつりちゃんの攻撃をギリギリのところでかわしながら距離を取る。
ここで取るべき作戦は無力化だ。
シャーという威嚇を受け流し、私は自分の魔力を練り上げてロープ状に変化させた。
「ちょっと大人しくしててね」
「なっ、いつの間に背後に」
「はいはーい。暴れなーい暴れなーい」
「やめろ。離せ! うぅ……」
後始末屋時代に探索者や人型モンスターを捕縛してきた要領で動きの自由だけ奪うように拘束。
魔力のある存在ほど、このロープは力を奪われちゃうからね。
さて、向こうはどうなってるかな。
「すいちゃん。落ち着いて」
「こんな力、あたしたちだって負けていないはずなのに。あたしたちのがうまくやれるはずなのに」
「わたしたちは敵じゃないから」
「ひとまず、お話しするためにも、じっとしてもらおうか」
「噛子お姉ちゃん」
「やめて離してくださいっ! あたしたちは失敗作じゃない!」
「大丈夫だから。お話しできるって理解してもらうだけ」
すいちゃんの方もパッと縛り、私は2人を横に並べた。
動けなくなった途端に先ほどまでの威勢が消えて、2人して顔面が蒼白になっている。
キツく締め上げ過ぎたってことはないと思うから、別の理由なはずだけど……。
「や、やだ! 嫌だ。たす、助けて」
「うまくできる。もっとうまくできるから、捨てないで!」
「そんなことしないよ?」
「まつりちゃん、すいちゃん。落ち着いて。大丈夫だから。噛子お姉ちゃんだよ」
「やだ。消えたくない。怖いよ。助けて、お母さ……」
「ママ! ママ! 行かないで! ママぁ……」
幻覚でも見ていたように騒ぎ出したかと思うと、2人してまるでダンジョンでモンスターを倒した後のように無数の粒になって灰すら残さず消えてしまった。
最初からいなかったかのように。痛み苦しんでいただけなのに。
「え、消え……た……?」
「嘘。2人とも。どうして、なんで?」
捕縛していたはずなのに逃げた。というのはあの怯え方からして考えにくい。
考えられるとしたら魔力切れ。
モンスターが地上に出れば、弱い個体はダンジョンからの魔力供給を失い、自らの魔力を使い切った時点で消滅する。
強い個体であれば魔力を使い切る前にダンジョンへ戻ることで魔力を補充できるが、そんな個体、ほとんどおとぎ話の中の存在だ。
「もしかして、私たちの戦闘で魔力切れを起こした……? テイムのマスターがいないから……」
私の独り言にばっと顔をあげる九美果ちゃん。
上層へ上がる時の苦しそうな様子、私たちを食事と称した2人。思い当たる節があったようで、九美果ちゃんはくちびるを強く噛んだ。
「だからって、消えちゃうなんてあんまりだよ」
「本当だ。こんなこと許せない」
「まつりちゃんもすいちゃんもお友だちなのに……わたしが出て行ったばっかりに……」
「噛子ちゃんは消させないよ。他の子もキメラにされているなら、その子たちだって」
ぽつぽつと地面に涙の粒を落とす九美果ちゃんの背を撫でながら私は固く誓った。
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