第7話 下僕じゃないよ!絶対違うよ!
人気のないダンジョンの小部屋に響くのは、しゃくり上げるような小さな嗚咽だけだった。
九美果ちゃんは、私の胸に顔を埋めて、涙も鼻水もぐちゃぐちゃにしながら泣いていた。
泣いて、泣いて、息が整わなくなるまで泣いて、それでも私は何も言わずに、ただ頭を撫で続けた。
今までの分、全てくらい涙を流してもらって、ようやく少し落ち着いたみたいだ。
と、仲直りできたらやることは1つ。
今は私の膝を枕にしてリラックスしたように脱力している九美果ちゃんの髪を撫でつつ、私はその顔をのぞき込んだ。
「噛子お姉ちゃんくすぐったいよ」
「ごめんごめん。でもそろそろ作戦会議しようかと思って」
「……」
作戦会議、という言葉で何をするのか察したのだろう。
ちょっと油断していた九美果ちゃんの表情が少しだけ固くなった。
「たしかに、取り組むのは早いかもだけど、できれば今日中に決着をつけたいんだ。九美果ちゃんがいざという時にも守れるように装備の手入れとかしたいからさ。今日が終わるとなると私も家に帰っちゃう。もちろん、難しかったら続けていくつもりだよ。コツコツ取り組むやる気もあるし」
ガッツポーズをするも九美果ちゃんは目をふせた。
そんな姿を見て、私の心臓がドクンと跳ねる。
やっぱり、負担のかかる提案ということに変わりはない。
私だって、同じことを言われたらショックで寝込むかもしれない。
実際、九美果ちゃんは私の膝の上でもじもじと体を動かした。
何か言おうとして、それでもうまく言葉がまとまらなかったような感じだ。
そんな様子を見て私が問いかけようとしたその時に、九美果ちゃんはそっと顔を上げて、ほほえみながら目を合わせてくる。
「そのこと、なんだけどさ。わたし、噛子お姉ちゃんの下僕にならなってもいいかなって」
「そう? ……ん? いや、ちょっと待って!? いきなり何言ってるの九美果ちゃん!? 下僕とか言わないで!? テイムの主従関係ってそういう意味じゃ……ていうかそんな言葉どこで覚えたの!?」
いきなりの発言に慌ててまくしたてる私に対して、九美果ちゃんはクスクスと楽しそうに笑った。
なんと、まさか。九美果ちゃんにからかわれた。
女の子はませているとは言うけど、ここまでとは。
「ふふっ、噛子お姉ちゃん動揺してる」
「動揺もするよ。何? 急に混乱してる?」
「ううん。混乱じゃない、本気だよ」
顔は笑顔のままだけど、じっと見てくるその目は真剣だ。
「今まで実験中とか、出会った探索者の人とかにモンスター扱いされて、わたしは人間なのにって思ってた。今も、思ってる。でも、噛子お姉ちゃんに守ってもらえるなら、今はモンスターなわたしも悪くないかもって思えたんだ。ちょっとだけね」
言いながら照れちゃったのか、話終わるとわたしの膝の辺りに顔を埋めるようにしてお顔を私から隠すようにしちゃった。だけど……。
すっごい嬉しい。
なんだか胸の奥がぽかぽかしてくる気がする。
小さい子の判断だからって簡単な決断じゃないんだから。
「本気なら、私も応えるよ」
「ありがとう。噛子お姉ちゃん。でも、どうすればいいの?」
「うーん。モンスターと話したことがある訳じゃないからわからないけど、九美果ちゃんが私を認めてくれたのなら、今のままでもきっと大丈夫だよ」
「そうなの? でも、変わったところなんてほとんどないよ?」
ちょっとだけ体を起こして、自分の体を確かめるようにする九美果ちゃん。
私の目から見ても、肌のウロコっぽさが解消されて九美果ちゃんらしくなっている気がするだけ、正直、気のせいレベルの変化だ。
「ほとんどってことは何か変わったことに気づいたの?」
「うんとね。少しぽかぽかして、噛子お姉ちゃんの匂いがするだけだよ」
「私の匂いってことだと私が近くにいるからじゃないの?」
「ううん。なんだろう。お布団みたいに優しく守ってくれてる感じがするんだ。隣にいなくても側にいてくれてるみたいな、つながってる感じ」
「ほう……?」
すっごい庇護欲をくすぐられるかわいらしいお顔で見つめられ、思わずうなずいてみたけれど、言っている内容は全くわからん。
実のところ、テイムなんて探索してたら知った程度の知識で、私自身はしたことがない。
ただ、安心したように手を握ってくれる九美果ちゃんの手は以前よりも温かい気がした。
よくわからないけど、九美果ちゃんがよければ、よし!
「いきなりな気もするけど、変化を確かめる意味でダンジョンの外にも出てみる?」
「う、うん!」
私の提案に、先ほどとは打って変わって緊張した面持ちになる九美果ちゃん。
それはそうだ。上層へ上がるだけで過呼吸になって、ダンジョン入り口付近では貧血のような形で倒れたのだから。
「大丈夫だよ。今回も私が隣にいるから。何かあってもすぐにここまで戻ってこよう」
「できれば、一緒に出られるといいな」
「そうだね」
まずは上層。
九美果ちゃんの体調も特に変わらずここまで上がってこられた。
入り口の前まで来ても異変は見えない。
「じゃ、行くよ?」
「……うん」
ぴょんと飛び越えダンジョンを管理する施設、ギルドの方へと歩いていく。
どれだけ近づこうとも倒れることなく、ひたひたと九美果ちゃんの足が止まることはない。
ダンジョンの出入り口から探索者がよく利用する広間まで来たところで、ギルドのお姉さんが私たちに気づいた。
「銀牙観さんお疲れ様です。あれ、その子は?」
「あ、えと」
とっさに私の後ろに隠れる九美果ちゃんを見てお姉さんはほほえんだ。
「私の姪っ子みたいなものです」
「へぇ、銀牙観さんの。かわいいですね。お嬢さん、お名前は?」
「……交割、九美果です」
「九美果ちゃん。よろしくね。ダンジョンに入れるなら、しっかりお姉ちゃんの面倒を見てあげるんだよ。この人無理するから」
「ちょっと何言ってるんですか。私は大丈夫です。自分でできますから。ほら九美果ちゃん行こう」
「うん」
そうこうしている間も、私たちの視線はお姉さんだけでなくさまざまな探索者から集まり始めていた。
ざわざわし出すギルド内を通り過ぎながら、注目を集めすぎる前に私たちはギルドの外へ出た。
「どう?」
「なんともない。大丈夫! 体も痛くないし、すっごいラク!」
目をキラキラと輝かせながら、まるで初めて外に出たようにぴょんぴょんとはねてはしゃいでくれた。
いつも読んでくださりありがとうございます。
「面白い!」
と少しでも思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆から作品への評価をしてくださると創作の励みになります。
また、ブックマークもしていただけるとモチベーションにつながります。
よろしくお願いします。




