第13話 ダンジョン孤児院跡地の異変
作戦の準備を終えた私たちは、暗く静まり返った夜のダンジョン孤児院跡地へと足を踏み入れた。
初めて来る夜のダンジョン孤児院跡地は普段より空気がひんやりとしていて、肌が裂かれるようなひりついた雰囲気だった。
「噛子お姉ちゃん。進みが遅くない? もしかして緊張してるの?」
「しっ、誰かいる」
私は九美果ちゃんのお口を押さえて先の様子をうかがった。
顔のあちこちに傷をつけた屈強な男が1人、ダンジョン孤児院の跡地に仁王立ちしていた。風体からしておそらくベテランだろう。
まるで何かを守るような態度に男の足元に目を凝らすと、どうやら土が掘り返されているようだった。
実験中にだけ見張りを立てているってことかな。
「……気づかなかった」
本人の魔力もほとんど無駄な放出がないから無理もない。
私だって、ダンジョン孤児院跡地でなければ人がいることに気づけなかったかもしれない。
にしてもこの感覚は初めてSランクダンジョンで後始末屋の仕事をすることになった時に似ている気がする。
お互い無意識のうちに命をベットするゲームを始めているような、心臓を握られている緊張感。
「こういう時、噛子お姉ちゃんはどうしてるの?」
「基本はスルー、なんだけど……今回はそうも言ってられないよね」
作戦を受けてしまった都合、投げ出す訳にもいかないし、そんなつもりも毛頭ない。
「ただなぁ。正直、対モンスターより対人間の方が、よっ……ぽど面倒なんだよ。相手の出方が分からないから厄介で」
「……」
「九美果ちゃん?」
「ううん。なんでもない」
じっと男を見据える九美果ちゃんの目にはなんでもないとは思えないほど、邪気が宿っていたように見えた。
まるで嫌な過去でも思い出しているみたいに見えたけど、気のせいかな。
いや……そんなこと、ないか。九美果ちゃんにも色々あったんだから。
「じゃあ、噛子お姉ちゃんが人と戦わないといけない時はどうしてたの?」
「不意打ち。これが最強。要は本気を出させない」
「真正面だけど……」
「そうなんだよねー」
まだこちらに気付いてはいない様子だけど、今いる最も近い草むらからは距離もある。
場所も孤児院の跡地ということもあってそこそこひらけている。
つまり……
「楽しい楽しい肉弾戦、なんだよねぇ……」
私は苦笑しながらつぶやいた。
「あんまりやりたくないけど、嫌なことほどさっさと終わらせますか」
「えっ!? か、噛子お姉ちゃん!? 作戦は!?」
私は九美果ちゃんの質問も無視して勢いよく飛び出した。
男はさすがに戦い慣れている様子。私が草むらから出た瞬間、その目が私を捉えた。そしてすぐ腰に下げた斧に手をかけた。
驚くほど無駄のないキレイな動き。
そのおかげで武器持ちとわかった。
なるほどね。
「それじゃあ、武器禁止令を出させてもらおうかな」
「なんの話だ。そもそもどこから湧いて出た」
私は男が武器を構えるより早く、懐から4本ほど剣を取り出して地面に突き立てた。
それもちょうど、男の腕を固定するように。
「なっ、腕が、動かなっ……」
「やっぱり対人戦闘は相手のやりたいことを封じなくっちゃねぇ」
そして隙だらけの右側頭部に続け様の回し蹴り。
「ぐっふ……」
大抵の探索者ならここまでの攻撃で気絶してくれるんだけど、男はそこそこタフだった。
口の端から血を垂らしながらも、ぐらつく足でなんとかその場に踏みとどまっている。
「よくもやってくれたな。女ァ!」
「気絶回避とは器用だなぁ」
「噛子お姉ちゃん!」
「大丈夫大丈夫」
後ろの九美果ちゃんにはサムズアップしておく。
ここまではおおよそ想定通り。
頭への一撃を喰らっていることもあってか、男も頭が回っていないらしい。いや、こういう手合いはそもそも後生大事に武器を握りしめ続けてくれる。
それが、今や枷になっていると意識もできずに、ね。
「くっそ。抜けん。腕が動かん。なんだこの剣!」
苛立つ男は悪態をつきながらどうにか斧を抜こうと悪戦苦闘していた。
少しの間そうしていたが、気づけば男の視線が私の背後に向いている。
「ヒィッ……!」
突然、男が悲鳴を上げた。
「キメラがどうしてこんなところに。魔力の薄い屋外には出られないって言ってただろうが!」
「九美果ちゃん?」
「……」
どうやら追いついてきてしまったらしい。
草むらを出た九美果ちゃんがじっと男のシルエットだけを捉えのろのろと歩いてきている。
「九美果ちゃん? 大丈夫だよ?」
「……噛子お姉ちゃんに、触るなああああ!」
走り出した九美果ちゃん。鎌状の腕が月明かりに照らし出されてきらりと鈍く光った。
「九美果ちゃん! 相手は人だよ。殺したらモンスターと同じ」
「……っ! 優しさに感謝しろ」
「ひぎゃああああああ」
振りかぶられた鎌を見て、男は情けない絶叫の中で白目をむいてその場に崩れ落ちた。
だが、入ったのはみねうちによるボディブロー。
そんな状況判断もできずに、男は痙攣しながら泡を吹き出した。
「二度と噛子お姉ちゃんの前に姿を現すな」
毒づく九美果ちゃんの顔は見たこともないほど鋭い眼光で男のことを見下していた。
ゾクっとすると同時に、時間をかけすぎた自分に反省する。
すぐに九美果ちゃんにハグをしてそっと優しく頭を撫でた。
「……ふぅ、ふぅ」
「大丈夫。もう終わったよ」
「ん」
緊張で強張っていた九美果ちゃんの体から徐々に力が抜けてくる。
「噛子お姉ちゃん、くすぐったいよ」
「そう? ごめんごめん」
すでに先ほどまでの険しい雰囲気はなく、いつもの九美果ちゃんがじゃれている時の声に戻っていた。
私の胸に顔を埋めるようにほおずりをしてくるのがなんとも愛らしい。
「ありがとね。助けてにきてくれて」
「ううん。当然だよ。今度はわたしが守るって決めてたから」
「そっか。守られちゃったね」
「んぅ。噛子お姉ちゃん」
「よしよし」
こうしていれば普通の子なのにキメラというだけで怯えられる。
男はやはりキメラについて何か知っていた。
この地下に改造の研究施設があることに間違いない。
私は九美果ちゃんにそっぽを向かせたついでに、男を片手間で縛り上げてその背後にあった地面へ目をやった。
「さて、それじゃあここから入っていくのかな」
「……胸騒ぎがする」
見上げると少し苦しそうに九美果ちゃんが胸を押さえていた。
「思い出す? 九美果ちゃんが改造された時のこと。ここだったんだよね、きっと」
「うん。でも、それもあるけど、まだ誰かがいる気がする。今、会いたくない誰かが」
「警戒して行こう」
「……改造される前だといいけど」
ぼそっと言う九美果ちゃんの言葉を私は深く考えることもせず、地面にしゃがみ込んで土を払った。
すぐに、冷たい金属製の扉が見つかった。
開いた先には地下へと続く階段があり、暗い道の先からは微かに薬品の臭いが漂ってくる。
「行こう」
「うん」
私は九美果ちゃんの手を引いて階段を降りた。
一歩一歩と足を進めるたび、なんだか私の方まで胸騒ぎがし始めてきた気がした。
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