第八話 「絶対にひとりで行かせたりしない」
「しゃんとしないか。まだ終わっていないだろう」
老婆の声だ。
ノアはオリヴィアの手をぎゅっと握り返してから、その手を離す。歩き出した先には、城の者たちが立っていた。
「すまなかった」
ノアの口から何度目かの謝罪が伝えられる。
今度はその後ろに城のドラゴンたちの姿もあった。五人もノアに続いて、頭を下げる。
突然の出来事に城の人間たちは動揺していた。
「顔をあげてくれないか。俺たちへの謝罪はいらない。この国が良くなってくれれば、次の世代たちが幸せでいてくれれば、それだけで良いんだ」
ノアに応えたのは、リアムの父親だった。
「ああ、約束する。もう憎しみ合う歴史は終わりにしよう。そのために力を貸してくれないか」
ノアが手を差し出す。
驚いた様子を見せた城の者たちだったが、お互いに視線を交わすと、笑顔で頷きあった。
ノアとリアムの父親が、決意の眼差しで握手を交わす。
ふたりの手が離れると、ノアは再びリアムのもとへと戻った。
「リアム。お前はどうだ? お前の力も貸して欲しい」
「……そうだな」
そのリアムの返事に、オリヴィアが笑みを浮かべた。
「俺はこの城から出ていくよ。許されないことをしてしまった。俺に、ここにいる資格はない」
「そんなことはない」
「気持ちが……ついていけないんだ」
リアムの素直な言葉に、ノアは何も言い返すことができなかった。
「本当に……本当に行ってしまうの?」
オリヴィアが問いかける。
「ああ」
リアムはしっかりとオリヴィアを見て答えた。
「そう……」
その決意が伝わったのか、オリヴィアもそれ以上何も言わなかった。
「よいしょっと」
リアムが傷口を押さえながら立ち上がる。オリヴィアは焦って、ふらつくリアムを支えた。ふいにふたりの顔が近づいたとき、リアムが静かに告げた。
「オリヴィア、好きだったよ。元気でな」
オリヴィアの頭に手を置いて、そう告げたリアム。傷口を庇いながら、父親たちの方へ歩いていった。
「みんな、ごめん。最後まで自分勝手で」
「本当だ! この馬鹿息子! いつでも帰ってこい。ここはずっとお前の家で、家族だ」
父親の目には涙が浮かんでいたが、必死に笑顔を作っている。リアムもそれに笑顔を返した。
その場から数歩離れ、城のみんな、オリヴィア、そして中庭を一通り目に焼き付けるように見てから、リアムは背を向けて歩き出した。脇腹の傷が痛むのか、その歩みは遅かったが、それでもしっかりと地面を踏みしめて、一歩一歩前に進んでいくようだった。
みんなもその背中を見守る。リアムの父親の瞳からは、遂に涙が溢れていた。
覚束ない足取りのリアムが、何かに躓き、バランスを崩しかける。
「リアムッ!」
誰かが叫んだ。
「危ないっ!」
「マーヤ!?」
間一髪、リアムを支えたのはマーヤだった。
「行くよ。私も一緒に行くから。絶対にひとりで行かせたりしない」
マーヤの視線はリアムの進む先を真っ直ぐに見つめている。
「危ないからマーヤはここに残れ」
「嫌よ。少しぐらいなら武器も扱えるわ」
マーヤはリアムから離れようとしない。
「俺はお前を利用しようとしたんだぞ!」
「分かってる! でも、そんなことで私がリアムを嫌いになれると思う?」
「マーヤ……俺はオリヴィアが」
「それも知ってる!! だから何? 私は絶対にリアムから離れないからね」
リアムは厳しい顔つきになっていた。
「私はね! リアムが大好きなの! だから覚悟して。リアムも絶対に私のこと好きになるわ!」
リアムの視線を避けるように前を向いていたマーヤだったが、今度はしっかりとリアムと視線を合わせ、とびっきりの笑顔で言った。
「ってことで! オリヴィアー! みんなー! 元気でねーー!!」
後ろを振り返りながら、マーヤは大声でみんなに別れの挨拶をすると、リアムの腕を自分の肩に回して、歩き出した。
「もう……俺の負けだよ……」
リアムはマーヤの助けを借りながら、自分の足で力強く歩き出したのだった。




