第五話 「俺だけじゃない」
「ボルガン様! こいつドラゴンと一緒に行動してた女です!」
ひとりの黒いローブがそう言って連れてきたのは、オリヴィアだった。
「離してください!!」
リアムたちと別れ、中庭へ戻ってきたオリヴィアだったが、その姿を黒いローブに見つかり、そのまま捕らえられてしまったのだ。
「オリヴィアッ!!」
今まで何とか堪えてきたノアだったが、人質に取られたオリヴィアを見ると、自制がきかなくなっていた。その様子をボルガンは嬉しそうに眺める。
オリヴィアは、黒いローブの男に両手を後ろで押さえられ、逃げることも抵抗することもできない。そんなオリヴィアに、ゆっくりとボルガンが近づいていく。品定めをするようなねっとりとした視線をオリヴィアに向けながら。
ノアの声を楽しみながら、ボルガンが剣を持ち上げる。
息を呑むオリヴィア。
「やめろっ!!」
ノアが必死に叫ぶが、その行為は逆効果。ボルガンは満足気に、ノアを一瞥すると、オリヴィアへと視線を戻した。
持ち上げられた剣先がオリヴィアの頬をなぞる。
スッと剣が降ろされると、オリヴィアの頬には一筋の線が刻まれていた。傷口から、顎へと真っ赤な血が流れ、ぽたりと地面に落ちる。
「貴様ああああああ!!」
ノアが大声で叫びながら、網の下で激しくもがく。
「なぁんだ。やはり、キメラの牙は人間には何の効果も無いんだな」
ボルガンはオリヴィアの頬の傷を間近で観察しながら、つまらなそうに言った。
ノアは先ほどまでの我慢も忘れ、網から抜け出そうと無様なほどに暴れ叫んでいるが、体には力が入らない。オリヴィアの傷を興味無さそうに見ていたボルガンだったが、ノアの様子はいたく気に入ったようだった。
「おまっ! お前!!」
ノアたちを取り囲んでいる黒いローブの集団の後方が何やら騒がしくなる。
「お前!! オリヴィアを!!」
騒ぎの正体はリアムだった。
集団を掻き分け、オリヴィアのもとへと向かっていく。城から出てきたリアムが目にしたのは、捕らえられたオリヴィアだったのだ。近づいてみると、その目に映るのは頬に刻まれた赤い一筋の線。
「どうしてオリヴィアを傷つけた!! オリヴィアは人間だ! 話が違うじゃないか!!」
集団から抜け出した勢いそのまま、ボルガンへと詰め寄る。
「何のことだ? ドラゴンの味方なのだから、人間かどうかなんて関係ない」
「関係ないだと!? 人間のための国を創るのだろう? そんなやつが人間を傷つけてどうする!」
「ああ! そうだ! 人間のための、俺のための国を創るんだよ!! そのために多少の犠牲はつきものさ」
リアムはもう何も言うことができなかった。
目の前の男が言っていることが理解できない。今まで、こんなやつと俺は手を組んでいたのか。
これまでの行いが、リアムの肩にずしりと重みを持ってのしかかる。もうただ立っていることがやっとだった。
「ここまで来られたのはリアム、お前のおかげだ! 感謝するぞ! これからも俺の国のために存分に尽力すると良い!」
ボルガンの機嫌の良さは最高潮に達しているようだった。が、その動きがピタッと止まる。狂気に満ちた嬉々とした表情が、一瞬にして無に変わる。感情を読み取ることのできない無表情なボルガンは、どこかへ歩いてく。
突然の変化に、その場は嫌な緊張感に包まれていた。
「何をしようとしている」
ボルガンが持っていた剣を地面に激しく突き刺した。
突き刺さった剣のすぐ真隣には、リリーの左手が……。
ノアとボルガンを中心とした騒動の間、リリーは静かに脱出を試みていたのだ。網の端に位置していたことを好機と捉え、力の入らない体を何とか動かし、少しずつ少しずつ移動し、やっと網から左手を出した瞬間だった。
それに気づいたボルガンが、リリーを牽制しに来たのだ。
「はぁ……ドラゴンは一匹ずつ丁寧に処分しようと思っていたんだが、仕方がないな」
地面に刺さっていた剣を引き抜いたボルガンは、それを空高く振りかざすと、今度はリリー目掛けて振り下ろす。
その場にいる誰もが、どうすることもできず固唾を飲む。オリヴィアは見ていられず、視線を逸らした。
リリーの眼前に迫ったボルガンの剣。
ガキンッ
金属と金属がぶつかり合う音が響く。
「危なかったな」
思わず目をつぶっていたリリーの耳に、聞き慣れた声が届く。
恐る恐る目を開くと、そこに立っていたのは、リュカだった。
ボルガンとリリーの間に立つリュカは、自身の剣でボルガンの剣を受け止めていた。
「あんたがどうして!?」
「俺だけじゃない」
リュカの声を合図にしたかのように、無数の両翼を広げた影が中庭を駆け抜ける。
「何だ!?」
「ボルガン様! 空を!!」
男の声につられて、中庭の者たちが空を見上げると。
「ドラゴン!!」
数多のドラゴンが空を駆ける姿が空一面に広がっていた。




