土の香りのするお肉たっぷりのスープ
※しいなここみ様主催の『いろはに企画』参加のホラー短編です。
※少々ホラー表現が強めなので苦手な方はご注意ください。(R15を設定しています)
※かぐつち・マナぱ様から頂いたファンアートも下の方に掲載いたしました。かぐつち・マナぱ様、ありがとうございます!
「皆さん、神の恵みの時間ですよ。さぁ、手を洗って食堂へ」
シスターの声が響くと、孤児たちは清掃の手を止めて急に騒がしくし始める。
最近は神の恵みが少なくて、ひもじい思いをしていたからか皆も笑顔だ。
箒や雑巾が次々と掃除用具入れへと戻され、私は数が合っているかの点検を行う。
確認が終わってもいないのに、ロッタは幼い子たちの手を引いて引率し始めた。
「おてて汚れちゃったから、ちゃんと石鹸を使って洗おうね」
「ロッタお姉ちゃん、あそこの人は?」
「何か気になるの? いいから早くして」
親友のロッタが私に声もかけずに食堂へ向かうのは珍しい。以前、喧嘩別れをしたけど、まだ怒っているのだろうか。大人げないようにも思う。
私はそのことに小さく嘆息し、皆の後を追った。
食堂に勢揃いした後はシスターの祈りの言葉を復唱する時間が続く。祈りが終われば賑やかな食事の時間だ。
幼い子たちの弾むような声。
「わぁ、今日はお肉がいっぱい!」
「真っ赤なスープだ!」
一人が食べ始めればあっという間に騒がしさは落ち着き、今度は食器の奏でる音が大きくなった。
子供たちが話題にしていたスープには、色んな肉がたっぷりと使われている。
様々な種類のモツに、もも肉やむね肉も。普段の貧相な食事に比べ、とても豪華。シスターは臨時の神のお裾分けがあったとご機嫌だった。
だけど何かがおかしいように思う。
不思議なご馳走は、幾らスプーンで掬っても減らない。どことなく味もしない気がするし、スープを飲むたびに息苦しさが増してきた。
慌てて周囲を見回してみるけれど、他に苦しそうな人は居ない。
気のせいだろうと思い直し、再びスプーンを口元へ運ぶ。
……香りが変?
何故か土の香りしかしないスープ。
それにパンは一人につき一つのはずなのに、私の分は用意されていなかった。神の恵みが足りないときは皆で分け合う筈なのに。
食事を続けていると何度も頭を過る光景がある。
強いひっかかりを覚え、それを確認しようと無心で咀嚼を繰り返す。
……誰? シスター?
鮮烈に蘇る苦しみの情景。
薄暗い森の中、シスターに良く似た女性の笑い声が響く。
目の前には複雑な色合いをした大樹。
地面には紅葉を思わせるような赤い葉の絨毯があった。
途端に息が苦しくなり、それ以上の食事が出来ない。
私が一人テーブルに突っ伏す中、誰も気にとめず後片付けを始めていた。
……どうして? どうして誰も助けてくれないの?
皆が出ていく方を見ようとしても首を動かすことが出来ず、助けを求める声も上げられない。背後にはシスターが居るはずなのに、声をかけてくれなかった。
下げられた記憶は無いのに手元の食器も綺麗に消えている。
何かがおかしい。急速に音は遠ざかり、目に見える全てが色褪せ始めた。
ふいにあの複雑な色合いをした大樹の下へ行きたいという気持ちが強くなる。
大樹に「何か忘れられた記憶がある」と確信に近い思いが沸き上がり、ふらつきながらも私は席を立った。
全ての音が遠のく中、叫び声だけが聞こえる。
その声が強くなる方へと歩く。気付けば孤児院の裏にある山の中に居た。
頭の中で響く叫びは肌をざわつかせ、震えが止まらず歯の根も合わない。一歩、また一歩と踏み出すたびにまるでハンマーで殴られるような痛みが頭、背中、腕や足にまで広がっていく。
痛む箇所を見たくても、何故か視線を動かすこともできず、ひたすら向かう先に見える大樹だけを目指す。
大樹の前まできた時には完全に日は落ちていた。
息苦しさは続いているが、深呼吸をしても全く改善されないし、疲れは感じない不思議な感覚。
その答えが土の中にあるような気がして、月明かりの下で朽ちた枯葉をかき分け土を素手で掘り返す。
爪の間に異物が挟まっていくのを気にもとめず、無我夢中で掘り進める。
葉は赤く、土も赤い。それは大樹の周りだけ。
一刻は経っただろうか。
赤い土を掘り起こすほどに息苦しさが減り、肌に風も感じるようになった。
そうして掘り当てた物は、とても見慣れた物。
失くしたと思っていた眼鏡を見つけた。
見慣れた髪に見慣れた顔。どれも毎日鏡で見たものだ。
それなのに体はどこにもない。
……私の体はどこ?