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程なく、目的のナーゴの近傍、村の見下ろす高台へと辿り着いた。
「……なんにもないね」
ネストの言葉に、思わず頷く。
近くに湖……というか藻で緑色した沼があるが、それ以外は全体的に風景が茶色い。
木々が殆どないのだ。
そして、民家も並んではいるが、端の方の何軒かは、朽ちて屋根が落ちている。
村の外れにある農地は、それなりの面積はあるようだが、作物の面積は少ない。
農閑期なのか? それとも人手が足りない?
文化的生活とは、程遠い村に見えた。
うわー、気分が盛り下がって、面倒くさくなってきた。このまま帰りたい。とはいえ、代官に挨拶しなきゃいけないしな……
人間形態になった俺たちは、そこからとぼとぼと徒歩で村へと向かう。
村の入り口付近で、暇そうにしていた老婆に声をかけると、代官所まで案内してもらえた。
「この村の統治……というより徴税なんかはな、ヴィエルジュって街の商工ギルドが請け負っていてのう。そこが派遣してきた代官が常駐しておるんじゃよ」
アグリという名の老婆は、ある気ながら、村の実情について滔々と話してくれた。やがてたどり着いたのは、村の中央付近にある比較的大きな建物だ。
「昔ぁ、このあたりを治めていた領主様の別邸じゃった屋敷よ。大分崩れかけて雨漏りもしてるが、代官様は暮らしておられるよ」
かかか、と笑って老婆は代官邸のドアをノックもせずに押し開く。
「おーい、代官さん。客人じゃよー」
ドアの向こう側は広間になっていたが、古ぼけた家具類や食器類などが、生活感たっぷりに転がっている。
いや、端的に言って、ゴミ屋敷だコレ。
そんな中、机にかじりつくようにして書き物をしていた男が、顔を上げた。
「……来客……どなたです?」
ぼさぼさ頭で眼鏡の若者は、よろよろと立ち上がると、こちらに向かって来る……が、途中でゴミに躓いて派手に転んだ。
「あたたた……」
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、いや、面目ないです……」
助け起こしてやると、若者は困ったような笑顔を浮かべながら挨拶してきた。
「ヴィエルジュ商工ギルドからこの村の、代官を仰せつかっております、ハンス=ベネディクトと申します」
若者=ハンスは、ソファの上のゴミや書類を全部床に転がすと、俺たちに座るよう勧め、自分は手近の踏み台の上に腰掛けた。
「ええと……あなた方は……?」
「えーと、俺はソータと言いまして。ヴィエルジュから来たんですけど……」
取り出した書類を見せつつ、俺がこの村の土地を領有することになった話を、ざっくり説明した。
話を聞いていたハンスは、段々と顔が明るくなった。
「……ととと言うことは、ソータさんがこの村の新たな領主として赴任されたということですね!? そして、私も代官職お役免、ってことですか!? やったー!ヴィエルジュへ帰れる!」
ガッツポーズをとるハンス。俺は、勘違いを正す。
「あ、そうじゃないです。俺、ここに常駐しませんので。ハンスさんには、引き続き代官お願いします」
「は?」
二人、凍った笑顔でしばし見つめあう。
先に動いたのはハンスだった。
「か、勘弁してください! もうこんな何もない村で、青春を浪費するのは嫌なんです! 大学出て、商エギルドの事務員に新規採用されたはずが、こんな辺境の代官職なんて仕事押し付けられて! 助けてください、慈悲を! ソータ様ぁ!」
俺の足に縋り付いて泣くハンス。
「ちょ、やめてくださいよ!?」
「だって、この村、若い女の子すらいないんですよ!? 僕、このままだと嫁すらもらえませんよ!」
俺は、ドアの横で愉快そうに眺めているアグリ婆さんに尋ねる。
「……若い人、いないんですか?」
「おらんねえ。若い娘っていうと、ジョセフん家の長女の、メイが一番若いかね」
「ちなみに、そのメイさんは、おいくつで?」
「確か……今年で38だったかね。オーフェン伯地の村に嫁いでおったんじゃが、一昨年旦那が亡くなって、連れ子と一緒に出戻ってきたんよ。 代官さんの嫁に、ちょうどええと思うじゃがなぁ」
アグリが意味ありげな視線を送ると、ハンスはぶんぶんと首を振る。
「一回り以上も違うじゃないですかぁ!」
ううむ……過疎化した地方の村は大変なんだなぁ。
「今のナーゴの住民は、20人!土地も痩せて、自給自足で生きるのでぎりぎりで、税収も見込めません! 国への租税納付もいっぱいいっぱいなこの村で、このまま骨をうずめろっていうんですかぁ!」
ハンスは俺に訴えかけるが、そう言われてもなぁ。
俺だって、ここで骨をうずめるわけにいかんし。
すると、アグリが溜息をつきながらポツリとつぶやいた。
「いやぁ、若者も、まったくおらんわけではないんじゃがねぇ」
どういうこと?
アグリは立ち上がり、ドアを開いて向こう側を指さした。
そこには、村を見下ろす岩山が広がっている。
「あそこの山肌に、マーダルっちゅー連中が住んどるんよ。若い連中もそこそこおる。この村のもんじゃあないが、それなりに交流はある。あいつらが、あんな岩山で蛮人みたいな暮らししとらんで、村に来てくれたらのぅ……」
すると、ハンスは渋い顔をしながら言った。
「いや、マーダルの方々は……」
「何か、問題があるんですか?そのマーダルって」
「彼らは、数十年前のオーウェン伯爵領内の戦乱で、離散してやってきた方々です。伯爵家から追討命を出され、それ以来岩山に隠れて暮らしています。若い人たちもいますが、どなたも戸籍をもっておらず、公的には王国民でない方々です」
あー、メリシャが言ってた、山賊化した連中か。
「いえ、そんな物騒なものではないですよ? 魔獣狩りをしたり、細工物を作ったり、ドワーフの鉱石採掘手伝ったりで生計してまして。山賊働きなんて、ほんのちょっとだけ」
ちょっとは、やってるんかい。
「彼らの中にも、岩山暮らしより村への定住を希望している人もいるんですが、戸籍はありませんし、それに痩せたこの村の土地では、彼ら全員を抱えられる余力がないんですよ……」
ハンスは、本日何度目か分からない溜息をついた。
とりあえず、課題が多いことだけはよく分かりました。




