第五話 魔法
『ねぇ、おじいちゃん。お願いがあります。僕に魔法を教えてください』
「ほぉ」
おじいさんがスッと目を細める。何かを見定める様に。
エルは昨日、リナに聞いたのだ。おじいさんは魔法を使えるのか。
結論を言うと使える。それもかなりすごいらしく、リナもおじいさんに魔法を教えてもらっていたらしい。
「エル君は、魔法は何のためにあると思う?」
何の為か。前までのエルはそんな事考えた事もなかっただろう。強いて言うならば、覚えておくと便利なものぐらい。使えれば野営の時の火起こしが楽だったり、水が出せれば水に困ることもない。魔物に襲われた時の自衛。そんな程度。
だが、今は少し違う。リナに見せてもらった光景は今も尚、エルの頭から離れることはない。
『誰かを救うことが出来る。リナみたいに』
その答えを見たおじいさんは目を閉じ、そして微笑んだ。
「その感じなら大丈夫そうじゃな。後敬語は不要じゃよ……教えるのはいい。じゃが、一つ問題がある」
『……僕が喋れないから?』
「そうじゃ。魔法を使うには詠唱という過程が必要じゃ」
やはり、とエルは思った。リナの魔法を見た時に、何かを呟いていたのを思い出す。あれが詠唱なのだろうと。
エルは喋ることが出来ない。故に、詠唱が出来ないのと同じだ。それを知っても尚、諦めたくなかった。
『それでも、何か方法があると思うんだ』
確証はない。だが、何となく出来そうな、そんな気がしていた。
例え誰も詠唱無しで出来る人が居なくとも、やり遂げてやる。そのぐらいの気持ちだ。
「ほっほっほ。よし分かった。わしのとっておきを教えてやろう」
『何かあるの?』
「わしの手を見ていておくれ」
『手?』
そう言っておじいさんは、手の平を上に向けた状態にした。
「ほい」
軽い掛け声と共に、おじいさんの手の平に拳大の炎が現れた。
一瞬エルはそれだけか? と首を傾げた。だが、直ぐに違和感に気付いた。
今、いつ詠唱したのか。
おじいさんは掛け声しか言っていない。その状態で炎を出現させていた。
それが差す意味を理解したエルは、目を輝かせる。
『もしかして、詠唱は何でもいい、または必要ない?』
「そうなんじゃよ」
『あれ、じゃあ何で詠唱をするの?』
詠唱が必要ないなら何故皆詠唱をするのか。当然の疑問だろう。
詠唱しなくてもいいならしないに越したことはないのだ。
例えば、魔法で撃ち合う事になった場合、詠唱の有無で発動に差が生まれる。絶対的にしない方が有利に戦えるのだ。勿論、魔法戦における全てがそれで決まる訳ではないが、一つの指標にはなるだろう。
「実はの所説あるんじゃ。今無詠唱で魔法を使えるのは王族の人間のみなんじゃ。こうすることで、仮に刺客が居たとしても対処がしやすくしたそうじゃな。もう一つは、イメージしやすくする為じゃ。魔法はイメージ次第で変幻自在に操れる。じゃが逆に、イメージできなければ使えない。つまり、詠唱はイメージをしやすくする為に生まれたそうなんじゃよ。わしはどちらでもあると思っているがの」
イメージだけで変幻自在に扱える。聞こえはいいが、実際の所そんな簡単な話ではない。それが出来たなら、王族以外にも使える人が何人も居たって不思議ではない。たまたま出来ましたって人だって出てきそうである。
『なるほど……でも、何でおじいちゃんは使えるの?』
そうなのだ。今の話なら王族しか無詠唱で使える人が居ないはずなのだが、今おじいさんは掛け声のみ、つまり無詠唱での魔法を使った。ただの人ではない事は確かだろう。
「ほっほっほ。なに、長く生きてると色々あるってだけじゃよ」
曖昧にはぐらかされ、脱線した話を戻した。
「さて、話を戻そうかの。魔法は無詠唱で使える。つまりエル君でもがんばれば使えるって訳じゃよ。無論、難易度は高いがの。それでもやるかい?」
『やる』
即答だった。
難しいだけで諦められる訳がなかった。
もう何も失わない為に。恩返しをする為に。同じ境遇の人を減らす為に。
「じゃあ早速外へ行こうか」
そうして二人は外へ出て、家の裏の方へ向かった。裏は畑と言うよりかは花壇がメインで、色とりどりの花が咲いている。
花壇より少し後ろの何もない所へ移動し、おじいさんは立ち止まりポケットから何かを取り出した。
『種?』
「そうじゃ。この種はの、魔力で成長するんじゃよ。普通の植物と違い、水をあげれば成長するわけではなく魔力を糧に成長する。今日からエルには、これに魔力を与えてもらう」
『でも、魔力が何なのか分からないよ?』
「それも後で教えるよ。この種は成長すると、針葉樹の木がなるんじゃよ。その素材は貴重だから高く売れるんじゃ。そして魔力についてじゃが――」
魔力とは、魔法を行使する為に必要なもの。これは個人差があり、使えば使う程体内に貯めこめる魔力量は大きくなる。ただ、一気に増えるというものでもなく、極わずかにしか増えていかない為、日々の訓練が大切になる。
魔力が無くなると重度の風邪を引いたような症状に加え、意識障害や吐血など様々な症状が出る。その状態でも尚魔法を使おうとすれば死に至る、又は体に障害を負う場合もあるため、ラインの見極めが極めて重要だ。
「――という感じじゃ。魔力を感じるために、瞑想をし、体内に眠る力を感じるんじゃ。漠然としているが、何日かすれば感じられるじゃろう。感覚としてはあったかい感じじゃ。それが感じれたら、それをこの種を植えた場所に送るイメージをする。そうすることで魔力の扱いが少しずつ分かってくる。ここまで出来たらまた次を教えよう」
『分かった』
この日から、エルの魔法取得の練習が始まった。