第四話 似た境遇
「ほ、ホントに大丈夫?」
コクコクと頷く。
突然泣き始めたエルを心配するリナ。
はたから目ればリナが泣かせたように見えるかもしれない。
実際はエルが勝手に感傷に浸っていただけなのだが、それを知らないリナからすると気が気でないだろう。
リナはこんなこと意識してやったわけではないだろう。が、リナの眩しい笑顔、そして目の前に輝く光景に心を動かされたのは間違いなかった。
(魔法……覚えたい……っ! こんなきれいな魔法、僕も使ってみたい……っ! そして恩返しをしたい!)
何も無くなったエルの心に光が灯った瞬間だった。
「ならいいんだけど……。よし、おしまい」
パンッ。
リナが両手を叩くと水玉は消え、降り注いでいた水は消える。
「どう? すごいでしょ?」
コクっと頷く。
エルの村ではこんな水の撒き方をしている人は居なかった。そもそも、ここまで多くの魔法を操れる人もいなければ、空中に魔法を待機、破裂などの細やかな操作を出来る人も居なかった。
これを見ただけでも、リナという人物がいかに凄腕の人なのかが窺える。
そして周囲を見渡し、畑を見る。
局所的に濡れたり乾いたりしている所は無く、満遍なく水がまかれたいた。
降り注ぐ水の粒も雨と同じくらい小さかったため、作物や花などが負けて折れるといったこともない。
今までエルのリナに対する印象は優しい姉ぐらいの印象だったが、これを見た後だと見方がガラッと変わった。
「これね~こういうあっつい日とかにやると気持ちいんだよね。いつも終わった後、おじいちゃんに直ぐ風呂に入りなさいって言われるけど」
エルは自分の姿を見ると、全身ずぶ濡れになっている事に気付いた。
それも当然。雨の中外にいるのと一緒なのだから。
こうなることが分かっていたからリナは着替えてきたのだろう。
エルは、見るだけなら玄関前でもよかったのではと思いながらも、気分が良かった事もありどうでもいいかと首を振る。
そうして目線を自分からリナに移す。そして咄嗟に目を逸らした。
「さて、戻ろうか……ってどうしたの?」
なんせシャツ一枚なせいで下着が透けているのだ。目のやり場に困る。
子供とは言え、エルは男である。
今までは心ここにあらずで、流れに身を任せていたせいで気にしていなかったが、リナは結構スタイルが良い。
低めの身長ながらも、出るところはしっかり出ている。そのせいもあってか、水でぴっちりと服が肌に貼りついいて、体のラインがはっきりと分かる。
そんなことを気にもしていない無防備なリナ。
この時、おじいさんが何故いつも風呂に入れと言っていたのか分かった気がした。
「それじゃあ戻ろっか。玄関にタオル置いてあるから、軽く拭いてからお風呂に行こうね」
(えっ)
この後、抵抗虚しく風呂へと連行されたエルは、リナと共にシャワーを浴び湯船に浸かったのだった。
ちなみに風呂の中では、逃げようとしたが捕まり、抱き着かれて動けなくなったのは言うまでもない。
翌日、リナは王国へ戻る準備をしていた。
「はぁ~いきたくない。エル君をぎゅってして寝たい」
やめてください心臓に悪いので。とエルは心の中では思いつつ、抱かれている間は自然と心地よくなっているので何とも複雑だった。
結局昨日は抱き着かれたまま寝ることとなった。抵抗はしても無駄だと悟ったエルは諦めて一緒に寝たわけだ。
「ほっほっほ。またいつでも帰っておいで。二人で待っているから」
「絶対すぐ戻るよ」
「仕事柄そうも言ってられないでしょうに」
「ええん。討伐系なら速攻片づけて戻ってやるし」
「無茶だけはしないでおくれよ。皆心配するからの」
「わかってるよ~」
魔物を相手にする仕事故に、おじいさんが心配になるのも当然。
討伐部隊で行っても必ず誰かが傷つき、時には死ぬ。自分が傷つくこともあるだろう。正真正銘の命がけだ。
それを心配しない人は居ないだろう。もちろんエルもその一人。
リナが魔法に長けているだろうことは知っているが、心配だった。
『リナ。ほんとにありがと。気をつけてね』
「エルも元気でね。またすぐ戻ってくるから」
最後にもう一度エルを抱きしめる。
「それじゃ、行ってくるね!」
「『行ってらっしゃい』」
そうしてリナは家を後にした。
家の中はエルとおじいさんの二人。静寂が訪れる。
今まではリナが常に隣にいてくれたおかけで気にならなかったが、この状況はとても気まずい。
まだこの家に来たばかりで、どう接すればいいかもよく分かっていない。
リナとの接し方を見るにかなり温厚な人なのは見てわかるが、如何せん距離感が分かりづらい。
そんな中、おじいさんは静寂を破った
「あの子は随分と君を気にしているようだったね」
『うん』
エルもそれは感じていた。普通なら、どこかの孤児院にでも預けてお終いのはずだ。それをしないでずっと傍に居てくれ、尚且つこうして居場所を与えてくれた。単純に彼女の優しさというのもあるかもしれないが、それだけではないような気がしていた。
おじいさんも見ていて何か思うところがあるのだろう。
「あの子も君と同じだからかの」
『同じ? 僕と?』
「リナが十二の時じゃったか。魔物に襲われて両親を亡くしているんじゃよ。だからエル君の気持ちが痛いくらい分かったんじゃろうな」
常に笑顔な彼女の過去は、きっと想像もつかないぐらい辛いものなのだったのだろう。同じく両親を亡くしているが故に、昔の自分と重ねていたのかもしれない。
ともなれば、ここまでの流れやリナのエルに対する態度も何となく分かる気がしてきた。
いや、一つだけまだ疑問が残る。
普通の人なら、わざわざ自分の身内に面倒を見てもらおうとは思わないはずだ。
この疑問の答えは、おじいさんの次の言葉によって出された。
「その後は孤児院に行ったみたいじゃが、そこがあまり良くなかったらしく、抜け出したんじゃよ。そこで行き倒れていた所をわしが見つけてここに連れてきたんじゃ」
ここまで聞いて、エルは完全に理解出来た。境遇が似ていて、尚且つ孤児院をあまり信用していない。具体的に何が良くなかったかはエルには分からないし、全部が全部リナの居た孤児院の様に良くないわけではないだろう。だがしかし、一度そういった事があれば自然と不信感を抱くのは普通の事なのだ。
「最初に手紙で読んだ限りだと、あの子が君を見ようとしていたんじゃよ。じゃが、リナの仕事柄家に居ない事が多い。常に見てあげられるわけではないだろうから、暇を持て余しているわしが見ようかと言ったんじゃ」
『そう……だったんだ……』
初耳だった。まさかリナがそこまでしてくれようとしていたなんて。
リナにはどれだけ感謝してもしきれない程の事をしてもらっている。だから何かしらで恩返しをしたい。その考えがより一層強まった。
もちろんリナだけではない。アル、ガント、おじいさんや討伐部隊の方々などにもだ。
だから――
『ねぇ、おじいちゃん。お願いがあります。僕に魔法を教えてください』