第二話 おじいさんの家へ
目が覚めてから一週間が過ぎ、少しずつ今の生活に慣れてきたエル。
リナの話によれば、上層部から連絡が来次第この街を出るのだと。
その間はこの街に滞在するらしい。
滞在するといってもすることは特に無く、部屋で茫然としているか、リナやアル、ガントなどと他愛ない話をする程度。
エルに気を使ってなのか、結構話しかけてくれる。
話している間は多少気が紛れるが、一人になるとどうしてもよくない考えが脳をよぎるのだ。
「ねぇ、今日は一緒にお散歩行かない?」
リナにそう言われ、外を歩くことになった。
この一週間は宿の中で生活していたため、初めての外出だった。
「ずっと家の中にいるのもよくないからね。お散歩お散歩~」
宿を出てしばらく歩くと徐々に人通りが増え、出店が並ぶ広場にたどり着いた。
広場は人で賑わっており、奥に続く大通りにも店が並んでいる。
アクセサリー、武器、防具、食べ物など、大方何でもありそうだ。
エルは村の事しか知らなかった故、この光景には驚きだった。
『すごい人の数』
「ね~。昨日行った時はこんなに居なかったんだけどね~。迷子にならない様に手繋いでこっか」
『それだと文字が書けないんだけど』
「いいからいいから~」
そう言ってリナはエルの手を握る。リナは背が高い方ではないので、並んで歩く姿は年の近い姉に手を引かれる弟みたいだ。
「私に弟が居たらこんな感じなのかな~? 一人っ子だから何か新鮮だなぁ……とごめん」
『別に気にしてないよ』
家族を失ったエルに、家族の話題は良くないと言ってから気付いたリナは直ぐに謝る。
逆にエルも、姉が居たらこんな感じなのだろうと感じていた為、そこまで気にしていなかった。
エルも同じで兄弟が居なかった。正確にはもうすぐ出来そうだったが、その前に襲われてしまった為、見ることは叶わなかった。
それからしばらく歩いて、外で座って食べられる場所で朝食を取ることにした。
リナは朝から肉多めの料理を食べ、エルはサンドイッチを食べていた。
お金は気にせず好きなの頼んでねと言っていたが、リナみたいに朝からがっつり食べられる人はそう多くはないだろう。
『そういえばリナは今いくつなの?』
「あー、エルー? 女の子には年齢聞いちゃダメっ教わらなかった?」
『聞いたことない』
「じゃあ覚えておいてね」
『うん。で、いくつなの?』
「おい? いやいいけどさ。ギリ十八歳だよ」
『えっ』
「えって何、えって」
それもそのはず。リナは背丈が低めな上に、髪をおさげにし幼げな顔立ちをしている。その為、ぱっと見は十五歳前後だ。
『もうちょい下かと思った』
「子供っぽいってこと? よく言われるけど」
『ノーコメントで』
「おいこら。というか十八以上じゃないと討伐部隊がいれないよ」
魔物討伐部隊は、入団試験で合格して入るか、教育機関の成績上位の者が入れる場所だった。
危険な仕事上、最低限の実力だけではダメなのである。
リナは教育機関で成績上位者として入団している為、実力はそれなりにあった。
そんなこんなで朝食を終え、ぶらぶらと再び歩き、気づけば太陽が傾き始めていた。
エルはいい気分転換になったなと思った。
終始リナが何かを話しているため、余計な事を考える事が無かった。
宿へと戻ると、一回の食堂でアルとガントが二人で酒を飲んでいた。
「おーリナお帰り」
「お、二人ともデートどうだった?」
「もう出来上がってるんですか? 子供に悪影響だから近寄らないでくださいね」
「だーっは! リナも一緒にどうだー?」
「遠慮しておきますね」
アルもガントもかなり出来上がていた。顔を真っ赤にしてリナにダルがらみをしている。
対するリナは冷めた目で見降ろしていた。
「あ、そうだそうだ。リナに手紙来てたぞ」
「手紙? 上層部から?」
「いや、お前さんの爺さんからだな」
「おじいちゃんから?」
疑問を浮かべながらガントから手紙を受け取り、封を開け中を見る。
手紙を読んだリナは手を顎に当てて考え込んでいた。
「んで、内容は何だったんだ?」
「えっとおじいちゃんが……」
「おじいさんが?」
リナが振り向きエルの顔を見る。
「エルの面倒を見ようか、だってさ」
リナのおじいさんの連絡を受け、翌日に町を出て向かうことになった。
何でも、一人で暮らしているため寂しいからと。奥さんは数年前に他界しており、森の中でひそかに暮らしているのだと。
リナも数週間に一回顔を出すなど、関係は良好で、口数は少ないがとても優しいとの事。
この後の事など自分で決められないので、流れに身を任せる形で行くことにしたエルだった。
場所は泊まっていた宿から馬車で数日。道中トラブルなどは無く進んだ。
ひたすらに森を進み、野営する。そうしている内に、森の中で一際開けた場所に出た。
真ん中には少し大きめの平屋が一軒。家の周りは畑や花壇で彩られ、右側には馬小屋があり、二頭の馬が顔を出していた。
「さ、ついたよ。アルさんとガントさんはそこの小屋に馬を置いてきてください。先に挨拶してきますので。エル、おいで」
リナに手を引かれ、家の入口まで歩く。
ドアをノックし、中にいるであろうおじいさんを呼ぶ。
「おじいちゃ~ん。リナだよ~入るね~」
返事を聞く前にドアを開け中に入る。
エルはいいのかそれでと思ったが、リナの性格だといつもこうなのだろうと考えるのをやめた。
中はかなりシンプルで、窓辺に植木鉢の並んだ机、テーブルに椅子に本棚といった簡素な感じだ。
そのおかげで、とても落ち着く空間だ。
「良く来たねリナ。そして隣に居る男の子が手紙で言ってたエル君かい?」
「うん。そうだよ~。可愛いでしょ~」
「ほっほっほっ。そうじゃの」
エルはおじいさんと目を合わせ腰を折る。
『お世話になります。エルです』
「よろしくのぉ。自分の家だと思ってゆっくりしておくれ。エル君の部屋はそこの扉開けて1番左奥を。その手前は儂の部屋じゃ。リナ、案内してあげなさい」
「はーい。あ、そのうち前に来た2人来ると思うから適当に相手よろしく」
「はいよ。今日は賑やかになりそうじゃのぉ」
そうしてリナに案内され奥へと進む。外から家を見た感じ広かったが、部屋がいくつもあるせいだったらしい。奥行きも長く、宿の様だ。
「ここがおじいちゃんの部屋でー、中はこんな感じで植物多めにベッドがあるだけ。おじいちゃん植物好きなんだってさ~。お次はエル君の部屋〜オープン!」
扉を開けると、そこにはダブルベッドが1つとテーブルと椅子、タンス置かれていた。
「昔から思ってるけど、かなり寂しい部屋なんだよね~。私なら人形を沢山置いちゃうよ」
『掃除楽だし良いと思うけど』
「え~。あ、ちなみにこのベッド私が良く使ってた奴。つまり私が泊まりに来る時は一緒に寝るからよろしくね?」
『えっ』
「てことで部屋紹介おしまーい。殆ど説明も何も無いけど。せっかくだし、他の部屋も見ようか」
しれっととんでもない事を言っていた気がするが、冗談だろうと首を振り、リナの後を追った。
一つは図書館と見間違えるぐらいの本で埋め尽くされた部屋で、もう一つは物置ので作業具だったり種だったりがある部屋。もう一つはまたまたベッドの置かれた部屋。恐らく泊まる人用のだろう。後はお風呂だったりトイレだったりと全ての部屋を見て回った。
「こんな感じかな?」
『結構落ち着く感じだね』
「緑が多いし穏やかだし静かだし。すっごく寝やすいし。だからこの家はかなり好きなんだよね。だからエル君も安心して暮らせると思うんだ」
そう言ってリナは目を細める。昔を懐かしむような、そんな表情で。
リナにとってこの家はとても大切な場所だ。子供の時から暮らしている場所で、思い入れもある。
だからエルをここに連れていきたいと思ったのだ。
『ありがとう』
「どういたしまして」
こうして、部屋紹介を終えた二人は、三人の居るリビングへと戻っていった。