第一話 声
「この子……可哀想だな……」
「そうだなぁ……」
近くで誰かの話す声が聞こえ、少年の意識が目覚めていく。
窓から差し込む光の眩しさに目を細めながら徐々に目を開けると、二人の男が横で話をしているようだった。
「お、おい! 目が覚めたぞ!」
「おぉ! よかった! 俺は報告に行ってくる!」
「頼んだ!」
二人は目が覚めた事に気づくと、安堵の表情をした。
脳がまだ覚醒しきっていないせいか、ぼんやりとその顔を眺めている。
「お、おい少年。俺が見えるか? 自分は誰だか分かるか?」
そう言われれ少年は頷き、自分の名前を言おうとして気づく。
自分は生き残ってしまったのだと。
それと同時に、蘇る記憶。
目の前で村の人などが阿鼻叫喚とし、逃げ惑う姿。
友人が皆、魔人に引き裂かれる姿。
そして、家族全員が食われ、遊ばれる姿。
思い出した瞬間、吐き気に見舞われ口を押える。
「お、おいどうした!? 大丈夫か!?」
隣にいた男が何か言っているが、少年の耳には何も入っていない。
絶望と恐怖。何故生き残ってしまったのか。何故死ねなかったのか。それ以外何も考えられなかった。
吐き気と酷い動機に襲われた少年は体を震わせ縮こまる。その時の光景が頭をぐるぐると駆け回り、怖くて仕方がなかった。
それもそのはず。この少年はまだ十歳なのだから。
大人ですら正気で居られるか分からない経験故、まだ十歳の子供には酷すぎる現実だ。
この世界には魔物や魔人と言った生物が存在する。魔物は人を際限なく襲い、魔人もまた同じ。違いと言えば、魔物はこれと言った知性は持ち合わせていないが、魔人は会話が可能なうえに人の姿に似ているという特徴がある。
この魔物や魔人の被害に会う者は珍しく無く、毎日どこかで被害が出ている。
今回運の無いことに少年の村が襲われたが、どこに住んでいても襲われる可能性があるのだ。
「えぇっと、あぁっと」
少年の様子に混乱して、どうしていいか分からずあたふたする男。
そんな中、不意にドアが開いた。
「あ! リナ助けてぇ!」
「……え? ちょっとこれどーゆ―ことですか!?」
「ガ、ガントお前何したんだよ! すっごい怯えてるじゃないか!」
「アルさぁぁん!? 俺が聞きたいよぉぉぉ!!!」
ドアから入ってきたのは、肩まで下ろした桃色髪でローブを身に纏ったリナという女性と、先ほどの報告のため部屋を後にした男、アルだった。
二人が入ってくるなり見たのは膝を抱え震える少年と、あたふたしているいかついおっさんという光景だった。
何も知らぬ人からすれば勘違いされそうな場面だ。
どいてくださいとリナはガントを押しのけ、ベッドに腰を下ろ少年を抱き寄せる。
「大丈夫。大丈夫だからね。貴方を怖がらせる者はもういないよ」
何度も大丈夫と囁くリナ。
その声はどこまでも優しかった。
見ていても何もできないと判断したアルとガントは、気を使って部屋から出て行った。
「大丈夫だよ……」
小一時間もの間リナは少年を胸に抱いており、やがて少年の震えは収まり、落ち着きを取り戻していた。
「どう? 落ち着いてきた?」
コクッ。と抱かれたまま少年は頷く。
「よし、じゃあ、このままゆっくりでいいから君の名前を教えてくれるかな?」
そう言われて少年は口を開こうとする。
だがそこで違和感に気づく。
口は動いている。だが、声が出ない。何度試しても声が出せないのだ。
かすれた声が出るわけでもなく、声が出ない。音が出ない。
この現実に、少年は更に落胆する。
家族を失い、住む場所を失い、声も失った。
無慈悲な現実に、自分の運命を憎んだ。
これ以上何を奪うのかと。
顔を上げ、直ぐ近くにあるリナの目を見る。
「ん?」
整った顔立ちで、柔らかい表情をしたリナは首をかしげていた。
少年は何とか伝えようと、口をパクパクさせ、首を横に振る。中々伝わらず、喉、ダメと、ジェスチャーをした。
「もしかして……声が出ないの……?」
少年は頷き視線を落とす。
「そっか……」
そう言って再び少年の頭を胸に抱き寄せた。
後日、リナは今の状況を説明しに少年の下に来ていた。
リナはフランクロル王国の魔物討伐部隊で、あの村に派遣されのだと。
討伐部隊が到着するころには村は壊滅しており、生存者を探していていた中で発見されたのだ。
そして、生き残ったのは少年一人。
生きている事が不思議なぐらいの重傷だったらしいが、治癒魔法での応急処置が間に合った結果、命を繋ぎとめられた。
ただ、喉に傷を負ったせいで喋れなくなってしまった。
普通の傷なら治癒魔法で傷跡も残らないぐらい完璧に治るのだが、欠損が激しかったり、魔物、魔人の特性次第では完璧に治らない物もある。
今回は運悪く、そういった類の魔物にやられてしまったのだ。
そして今居る場所は村から十キロ程離れた町。殆どの人は王国に帰ったが、リナと昨日居たアルとガントの三人はここで少年が目覚めるのを待っていた。
当面の間、少年の面倒はリナが見るとの事だ。
あらかた説明を終えたリナは少年の頭を撫でる。
「ごめんね。もっと早く村に到着出来たら皆助けられたかもしれない」
その言葉を聞いて少年は下を向く。
むしろ、謝るべきは自分だと。
助けてもらっておいて、今も尚心の奥では死にたいとすら思っている。
これからどうすればいいか分からない。今は何もしたくないし、何も考えたく無い。
喋れなければ生きていく上でも問題が生じる。
他人に迷惑を掛けながら生きるぐらいなら死んだ方がマシだと。
「あ、そういえば文字は書けるかな?」
少年は頷く。
文字の読み書きは、村では積極的に教えられていた。
小さな村ではあったが、立地的によく商人などが通るため覚えておいた方が何かと便利だったからだ。
「ほんと! すごいね! ならこれ使ってよ。こっちは手作りだから使いやすいか分からないけど」
少年に渡されたのは紙とペン、そして薄い板に紐が付けられたものだ。
板に紐がついているのは首に掛けられる様にするためであり、紙を固定できるようにか針のような物が刺さっている。
一般では売ってないので、リナの手作りだ。
「これでどこでもお話できるね! 早速だけど君の名前を教えて欲しいな?」
渡されたものを受け取り、ササっと書く。
『エルです。助けて頂きありがとうございます』
「エル君、いい名前だね。 後、固い! 敬語要らないよ」
エルは分かったと頷く。
「これからよろしくねエル!」
この時のリナは、最初に会った時のお姉さんの様な雰囲気とは違い、まるで子供みたいだった。