【序章-1-】夢と思われてしまう最強剣士
カイダーが死ぬ2日前━━━━━━
優しい風が、緑に染まった草原を撫でる。
雲ひとつない青い空には、眩しく輝く太陽が1つ、何一つ書かれていない真っ白な紙に、橙色のインクを一滴だけ落としたように存在している。誰もが快晴だ、と口を揃えて言うであろう、そんな日だった。
快晴の日は雨の日と比べ、人の流れが多くなる。もちろん人間だけではない。家畜や無害な草食獣の活動も活発になる。そして、そうなれば必然的に、危険なモンスターも活発に活動するわけで━━━━━━
「緑竜が出たぞおおお!!!」
男の叫びと同時に、危険を知らせる鐘の音が鳴り始める。それを聞く人々は、悲鳴をあげながら、できる限り迫り来るモンスターから逃げようと必死に走る。無駄なあがきであることを、知りながら。
村に突如として現れたグリーン・ドラゴンは、目の前にある小さな村一つを消し炭にするために、家一つを飲み込めそうな大きな口でエネルギー溜めている。とてつもないエネルギーを秘めるそのエネルギー弾は、辺り一帯をかき消すのに、十分すぎる威力を持っているということが、モンスターと全く関わらない人間の目から見ても、一目瞭然だ。
エネルギーを蓄え終えたら、撃つ。
それで村一つが消し飛ぶ。
それで終わり━━━━━━
その村に、任務帰りの《最強の剣士》がいなかったのならの話だが━━━━━━━。
放たれたエネルギー弾は、村にぶつかる前に一瞬にして消えた。村人も、家畜も、放った張本人であるドラゴンでさえ、何が起きたのかが分からず、呆然としている。
空気は一瞬で、静まり返っていた。
「おいおいおいおいおい━━━━━━」
そんな静まり返った空気の中、その空気を破る謎の声が一つ。村人、家畜、ドラゴン。その場にいる生き物全てが辺りを見回すが、謎の声を発している者はいない。しかし、37回目の「おい」が発せられたその時、声の主は突然現れた。
ドンという大きな衝撃音とともに、エネルギー弾が消えた場所あたりの地面が爆発した。
土煙で視界が封じられる。
「なんなんだ!? さっきから!!!」
いきなりエネルギー弾を撃たれ、いきなりエネルギー弾が消え、何が起こったのかを整理する間もなく、今度はいきなり地面が爆発する。村人たちは、何が何だか分からなくなっていた。
土煙が弱くなる中、ゆっくりと目を開け、目を凝らした先にある光景を村人たちは見た。
一人の人間が、ドラゴンの頭の上に乗っていたのだ。
では、頭に乗られているドラゴンはどうなのかと言うと、既に絶命している。よく見れば、ドラゴンは頭、胴体、両腕と両脚に、両の翼、最後にどでかいしっぽと、計9つのパーツに切られていた。どの部位も正確に切られていて、断面が真っ平らだ。
既に息絶えたドラゴンの頭に乗る男は、陽の光を反射させ、エメラルドに輝く剣を鞘に収める。
エメラルド色の剣。
それを使う剣士は、この世でたった1人だけだった。村人たちは、目の前の事実に驚くことしか出来ない。
最強の剣士、《剣神》の称号を与えられた人間、エスパーダ・カイダー ━━━━━━━現在の《剣神》の称号の保持者で、エメラルド色の剣「ユグドラシル」を扱う最強の剣士がそこにいた。
カイダーの《剣神》という称号を貰う前は、「ゴースト」という異名で呼ばれていた。
なぜ「ゴースト」なのか。それは、カイダーという剣士を見た人間は、1年に6、7人ほどしかいないという噂が原因だ。そんな話は全く根拠の無い話なのだが、何故かこの噂は根強く残っている。そのため━━━━━━
「カイダー様がいるとは⋯⋯ということは、この出来事自体が夢だったのか!?」
「やったぞ! これが夢なら、あのドラゴンに壊された俺の家も、起きた頃には直ってるはずだ!」
「夢でよかったわ! 慌てて持ってきて落としちゃった、大事にしてた結婚指輪も、起きた頃にはちゃんといつもの場所に保管されてるのね!」
━━━━━━という感じで、カイダーが現れた場所ではいつも、目の前で起こった事実が夢であったと思われてしまうのだ。
「いや、夢じゃないんですけど━━━━━━」
カイダーはまたこの展開かと思いつつ、喜び合っている村人達にそう言うと、村の長と思わしき人が、何やら深刻な問題でもあったかのような顔つきでカイダーに近づいてきた。
「カイダー様、ここには村人86名がおります。そして貴方を見ることが出来る人は年に6、7人程度。こんな大人数が、貴方様を見れるわけがございません! つまりこれは夢! 夢なのですよ!!! というか、夢じゃないと妻に浮━━━━━━あぁ⋯⋯いや、とにかく! これは!! 夢なのです!!!」
長の圧が何故か異様に強い気がするのは気のせいだろうか。長の自己暗示とも思えるような言葉に、カイダーは今回も夢じゃないと信じてもらうことは不可能だなと思った。
最強の剣士《剣神》は、いつまでたっても「ゴースト」のままだった。