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へんな怪談集

親友への伝言

作者: 夏野 篠虫

 今日は他人の僕のためにわざわざありがとうございます。先日初めてお会いしたときは、そのこう言っては悪いですけど怪しい方かと……どの口がと思われるかもしれませんが、実際たまに来るんですよ、変な人が。だけどこういう立場の僕としては誰かに一言伝えるのもまず不可能ですから、あなたのような方がいて、本当にとても助かります。僕の話を伝えてくれる人に出会えるのを長い間待ってました。

 ――大人っぽいですか? まあ見た目の印象と喋り方は一致してないと思います、当然指摘されたことは当然ないですけど、なんでか口調だけはゆっくり年を取っていくようで。面白いですよね。


 もう録音は始まってるんですか? その機械で? 見たことない、です。流行りは全く分からなんですよ、時の流れにはついていけないですね。


 それで話す事なんですけど、実はあんまり得意ではなくて内容もまとまっていなくて……すみません。あの時のことははっきり覚えているんです、忘れるはずがありませんよ。でも時間が経ちましたから、多分そのせいで少しずつ細かい部分が記憶から抜け落ちているのがわかるんです。それが悔しくて、悲しくて。だから全部忘れてしまう前に話す機会ができて感謝してます。ってくどいですよね。

 じゃあ気楽に話してみます。案外話し出せば思い出すこともあるでしょうし、それに、早くしないといつ時間切れになるかわかりませんから。



 あれは小学4年生の夏でした。夏休みです。僕には知樹(ともき)君っていう親友がいました。仲良くなったきっかけは覚えてません。彼とは1年生からずっと同じクラスで、気づいたころには僕と知樹君はいっつも一緒に遊んでました。あ、他に友達がいなかったわけではないですよ。クラスのはみ出し者同士だったとかではないです。みんなで遊ぶこともよくありましたが、それでも2人セットみたいな印象が他人から見てもあったと思います。親同士も仲良かったですし、学校の授業で二人一組を作るときも僕たちだけ初めから先生に組を指定されるくらいで……

 本当にいつも一緒でした。夏休みの最終日に溜まった手つかずの宿題も泣きながら夜までこなしたりしましたね。遊びは色々沢山しました。僕の家で兄のスーファミを借りて、ソフトは、なんだったかな。あの、思い出せませんけど、よく騒ぎ過ぎて母親に叱られたのは覚えてます。あとは外で遊ぶときは鬼ごっこも缶蹴りもやりました。近くに田んぼがあってそこでザリガニ釣ったり、カエル採ったり、とか。そういう時は他の友達もいっしょで……名前が、すみません、思い出せないです。だいたい同じような5、6人で遊び回ってました。楽しかったです、とっても。あの頃の思い出はこれ以上忘れたくないです。

――ここからが、あの日の話です。夏休みの真ん中、お盆の時期でした。僕の家はその時期にあちこちから親戚が集まってきてあれこれするんですけど、僕はそれが嫌で嫌で、家にいたくありませんでした。何でって、よく知らない叔父さん叔母さんから毎年同じようなことを言われて、他の子達は僕と遊んでくれないし、つまらなかったから。

 だからその日の午後はこっそり家を抜け出して知樹君の家に行きました。でも知樹君のお母さんに見つかったら絶対僕の母親に連絡されてしまう。なので前日、知樹君と遊んだ時に僕達は親たちに見つからないところで遊ぼうと予定を立てていました。

 行ったのは裏山です。小学校の坂道をそのままずっと登っていくと裏山に入る道がありました。山と言ってもそんなに高くはないです。でも木が沢山生えていて昼間でも少し暗くて、親や先生からは入っちゃいけませんと強く言われてました。

 でも子どもって、禁止されると逆に破りたくなるものですよね? 僕たちもそうでした。前から入ってみたいとは思っていましたが、やっぱり怖くて、それに怒られたくなかったので入りませんでした。だから人目に付かない場所に行きたい僕たちにとって裏山はちょうどいい所だったんです。

 僕と知樹君はあらかじめ肩掛け鞄に水筒と駄菓子とタオルとかを入れて庭に隠していたのを拾ってから小学校前で集合しました。もうこのときから僕たちは興奮してました。でも騒ぐと誰か知り合いに見つかるかもと思い、ひそひそ話で、でも速足で坂を登っていきました。

 裏山への道までは子どもでも5分で着きます。道の前に着くとちょっとだけ緊張してきました。やっちゃいけない事をするという感覚と真夏の暑さで頭はぼーっとしていたかもしれません。

 僕から一歩踏み出して獣道のような草木の茂った道を歩いていきました。裏山はスギとかクヌギとかマツとかカシとか竹もあって、色んな木がごちゃごちゃ生えてる雑木林です。人が踏みしめた道になってはいましたが、あちこちにクモの巣があったり枝が伸びていたりして多分長い間誰も通ってなかったと思います。顔に虫か何かが当たるたびに僕たちはギャーギャー騒いでいましたね。見つかっちゃいけないことは途中から完全に忘れていました。2人にとっては大冒険の真っ最中でしたから。余計なことは頭になかったんです。転んでも蚊に刺されても楽しかったですよ。

 時々水分補給で休憩したりしながら、30分くらい歩いた気がします。もっと長かったかもしれません。急に頭の上の枝が開けて頂上っぽい場所に出ました。青空と入道雲と遠くのビルが見えました。知樹君が指さす方に僕たちの家も見えました。思っていたより高かったです。手前に学校の運動場の遊具もありましたが3センチくらいに見えましたよ。しばらくそうやって知ってるものを探してワイワイしてました。そのあとは持ってきた駄菓子を食べて、麦茶を飲んで、学校の話をして……知樹君に好きな人がいるのをそのとき初めて知りました。驚きましたね、なんか僕より大人だなって、みんなには内緒だよって僕にだけ教えてくれたんです。そう言ってくれてやっぱり嬉しかった。僕に好きな人が出来たら知樹君には絶対教えるよって約束しました。


 僕たちは時計を持ってなかったので太陽で時間を考えてました。話し込んでいたら結構傾いてきてました。門限は大丈夫ですが、早めに家へ帰らないとバレて怒られます。僕はまだ遊びたかったですが、知樹君がそう説得するので仕方なく帰り支度を始めました。

 僕は飲み干した水筒を足元に置いていたのですが、それを拾おうとしたとき手の指先がぶつかり水筒が勢いよく転がり出しました。水筒を失くしたらお母さんに怒られる、咄嗟にそう思いました。腰を持ち上げ手を伸ばした僕は、そのまま水筒と一緒に斜面を滑り落ちました。背中の方から知樹君の声が聞こえましたが、なんて言っていたかはわかりません。視界は明るくなったり暗くなったり、落ち葉と土が口に入って血と混ざって、それが20秒くらい続きました。痛さなんて覚えてません。

 目が醒めたと思ったら、ぐったりした自分が足元にいました。ええ、死んでいました。僕は幽霊になっていました。自分を見ても実感はなくて、その時は服とか鞄が汚れちゃったなくらいにしか思えませんでした。

 でも知樹君のことを思い出しました。一人でどうしたんだろうって。辺りはもう暗くなり始めてました。お母さんたちが心配してるかもしれない。知樹君が助けを呼んでくれるかもしれないって。

 僕は山を下りました。幽霊になって知りましたけど、物は透けても浮いたり飛んだりはできないんです。だから僕は斜面を走るように通り抜けて真っすぐ山を下りました。本当だったら物を通過するのとか楽しく感じたかもしれませんが、その時は無我夢中でした。死んでも感情はなくならないんです。不思議ですよね。

 15分はかかる道のりを5分で移動出来ました。僕の家にはもうパトカーが止まってました。来ていた親戚の人達もみんな慌てて、酔っていた父も泣いている母を慰めていました。胸が痛かったですよ。でも探そうとしてくれているってことは知樹君がみんなに知らせてくれたんだって安心しました。僕は死んじゃいましたけど体はまだ裏山にあったので、見つけて欲しかったんです。

 でも違ったんです。

 知樹君の家にも行きました。静かでした。何かおかしいなと思って中に入ってみました。


 知樹君はお母さんとお父さんと妹と晩御飯を食べてました。トマトケチャップのかかったオムライスを家族4人で食べてたんです。普通な感じでした。いつも通りの感じ。でも知樹君だけ様子が変でした。おいしそうなオムライスをあまり食べていなくて顔色も良くないように見えました。

 突然電話が鳴りました。知樹君のお母さんが出ました。その様子で、電話相手が僕の母だとわかりました。知樹君はお母さんから今日僕と遊んでないか聞かれていました。知樹君は、ちょっと言いにくそうに遊んでないよと答えました。僕は外に出ました。


 それから警察の人や警察犬や僕の両親、知樹君のお父さんお母さん、学校のみんなも僕を探しました。知樹君もその中にいました。僕の居場所を一人だけ知ってるはずの知樹君。町中に紙が貼られました。僕を探している内容の貼り紙。テレビニュースにもなりました。新聞にも載りました。僕は有名になったんです。



 でも僕はまだ見つかってません。30年以上経った今も。

 僕がいる裏山はもうありません。小学校の改築工事をするとき、木は伐採され、崖は崩されて平らになってしまいました。僕も一緒にどこかへ運ばれて行きました。でも僕はまだこの町にいます。


 なぜなら知樹君がまだいるから。

 知樹君はあの日以降、毎年必ず裏山に来ています。裏山が無くなってからもずっと、30年以上経っても、暑い、よく晴れた夏の日に一人で来ています。



 僕は知樹君をずっと見てきました。

 裏山で手を合わせ、泣きながら謝る姿を。

 あの時一緒に食べた駄菓子をお供えする背中を。

 思い出を語り、恐怖に負けた自分の行いを反省する様子を。



 もういい、謝らなくていいよと伝えたい。


 もしあの日、知樹君と僕が逆の立場だったらどうなっていたかわからない。僕も同じように見捨ててしまったかもしれない。僕も知樹君も子どもだった。だからもう大丈夫だよ。




 でもね、知樹君。

 僕は反省し続ける君にもう楽になっていいよと思うのに、どうしても、どうしても幸せな人生を送っている君を許せないんだ。


 あの日教えてくれた好きだった子とそのまま結婚するなんて、そんなドラマみたいなことってあるんだね。

 可愛い双子の女の子も生まれちゃって。家に帰るとすぐに甘やかしてるもんね。

 そうそう、最近昇進して部長になったよね。部下からも慕われてるし、仕事も順調みたいだね。



 知樹君の人生がいっぱい幸せなまま終わってくれたら僕も嬉しい。

 別にゆっくりでいいからさ。

 知樹君がこっち側に来るまで、僕はずっと待ってるよ。


 たのしみにしててね。


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