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8 霧の中の予知、頭痛の予兆

早朝、窓から差し込む陽光が翔太(しょうた)の顔を照らし、彼は眉をひそめ、ゆっくりと目を覚ます。頭はまだぼんやりと重く、綿を詰め込まれたようにズキズキと痛む。こめかみを揉み、不快感を振り払おうとするが、なかなか晴れない。この感覚は昨日から続いており、昨晩はあまり眠れなかった。


ベッドから起き上がり、庭に出て軽い運動をすると、新鮮な空気が体を少し目覚めさせる。視線を上げると、(かすみ)が花壇で熱心に水やりをしている。彼女の手にしたジョウロから、水が優雅な弧を描き、花々に命を与えている。


その時、突然、翔太(しょうた)の頭に映像が浮かび上がった。(かすみ)の持つジョウロが壊れ、水が飛び散り、新しく着替えた服を濡らしてしまう。


「…危ない!」 翔太(しょうた)は考えるよりも先に、(かすみ)のもとへ駆け寄る。ジョウロを(かすみ)から引き離そうとするが、足が滑ってよろめき、ジョウロを掴むどころか、(かすみ)にぶつかってしまう。


「…明さん、何…」 (かすみ)が振り返り、言葉を言い終わる前に、翔太(しょうた)と共に地面に倒れ込む。次の瞬間、ジョウロの取っ手が折れ、冷たい水が二人に降り注いだ。


「…明さん!…一体、何をしているんですか!…」 突然のことで、(かすみ)は怒りを隠せない。翔太(しょうた)から離れ、よろめきながら立ち上がると、声を荒げる。


翔太(しょうた)は慌てて(かすみ)から離れる。彼女を助け起こそうとするが、(かすみ)はそれを拒否する。彼はどうすることもできず、ただ「…すまない…。…ジョウロが壊れるのが見えて…水が…(かすみ)にかかるのが怖くて…つい…」と弁解するが、言い訳があまりにも強引なことに気づき、顔を赤らめる。


(かすみ)は、壊れたジョウロの残骸を見つめ、そして、うつむいている翔太(しょうた)を見る。「…ジョウロが壊れたのは…あなたがぶつかってきたからでしょう…?」 (かすみ)は、怒りを抑えた口調で言う。


翔太(しょうた)は弁解しようとするが、言葉が出てこない。まるで、悪いことをした子供のように、黙り込む。


「…どうしたんだい?…二人とも…ずぶ濡れじゃないか…?」 庭の入り口から祖母の声が聞こえる。


(かすみ)は、翔太(しょうた)をちらっと見て、「…まぁ…」と小さく呟く。記憶を失ってから、奇妙な行動が多い翔太(しょうた)。彼女は、翔太(しょうた)を責める気持ちを抑え、彼の腕を掴んで「…早く着替えましょう。風邪を引いてしまいますよ…」と優しく促す。


翔太(しょうた)は大人しく、部屋に戻って着替える。(かすみ)は、祖母に笑顔で「…大丈夫ですよ、おばあちゃん。水やりをしていたら…うっかり…濡れてしまっただけですから。…すぐに着替えます…」と説明する。


祖母は、「…これからは気をつけなさいよ。風邪を引かないように、すぐに着替えなさいね」と優しく言う。


(かすみ)は頷き、部屋に戻る。だが、心の中では、先程の翔太(しょうた)の行動が少し気になっていた。


翔太(しょうた)は、自分がなぜ、あんな映像を見たのか、理解できない。今まで、夢で不思議な場面を見ることはあったが、まさか現実になるなんて…。


だが、何がどうおかしいのか、自分でも説明できなかった。ただ、これは記憶喪失の後遺症だと考え、深く考えるのをやめた。


着替え終え、部屋を出ると、(かすみ)が朝食を用意していた。いつものように、お粥と漬物。だが、今日のお粥には、細かく刻まれた野菜が入っていて、食欲をそそる。


朝食後、(かすみ)翔太(しょうた)は、いつも通りに花売りの準備を始める。カートを押して市場へ向かうと、魚屋の店先で(ごう) が魚を売っているのが見えた。


(かすみ)に気づいた(ごう) は、明らかに動きを止める。そして、照れくさそうな表情を浮かべながら、(かすみ)をチラチラと見つめる。(かすみ)と知り合ってから、彼の心は彼女の純粋さとひたむきさに惹かれていった。店が隣同士だったこともあり、開店準備を手伝い合ううちに、仲良くなった。(ごう) は、店を閉めると、(かすみ)に魚を贈り、(かすみ)は、お礼に花を贈った。そうした交流を通して、(ごう) の心には(かすみ)への恋心が芽生えていた。


昨日、彼は珍しい金色の鯉を捕まえ、意気揚々と(かすみ)に告白しようとしたが、(かすみ)の冷たい態度に打ちのめされた。今日は彼女に会うのが少し気まずく、胸が痛む。


(かすみ)は、そんな(ごう) に、いつもと変わらず、笑顔で挨拶をする。翔太(しょうた)もつられて挨拶をする。(ごう) は、(かすみ)が昨日ことを引きずっていないことに気づき、安堵する。そして、笑顔で二人の開店準備を手伝う。


(かすみ)は手際良く花を並べ、新鮮な香りが市場に広がる。一方、翔太(しょうた)は、どこか上の空で、街を行き交う人々を眺めていた。頭の中が霧がかかったようにぼんやりとして、集中できない。


その時、また、頭の中にぼやけた映像が浮かぶ。それは、断片的で、まるで意味を持たない映像。理解できない映像に、翔太(しょうた)は混乱する。


「…明さん、どうしたんですか…?」 (かすみ)は、ぼうっとしている翔太(しょうた)を心配そうに見つめる。


「…何でもない…」 翔太(しょうた)は首を横に振る。自分が見た映像を(かすみ)に伝えても、きっと信じてもらえないだろう。


(かすみ)は、翔太(しょうた)の様子がおかしいことを感じながらも、今は店を開ける準備を優先する。


市場は賑わいを増し、(かすみ)翔太(しょうた)は花を並べ終え、開店準備を始める。その時、翔太(しょうた)の頭に突然、またしても、ぼんやりとした映像が浮かぶ。花籠が倒れ、花が地面に散乱している。無意識に「…危ない!」と叫んだ。


(かすみ)が反応する前に、翔太(しょうた)は慌てて花籠に手を伸ばす。だが、バランスを崩して、台を蹴ってしまう。「…ドスン!」 花籠が倒れ、中の花が地面に散乱する。


「…明さん!」 (かすみ)は、呆れたように、あたりに散らばった花を見つめる。


「…ご…ごめんなさい…。…わざと…じゃ…」 翔太(しょうた)は、真っ赤な顔で、焦りながら、うろたえる。


声を聞きつけ、隣の魚屋の(ごう) が駆けつけてくる。「…どうしたんだ…?」 (ごう) は心配そうに尋ねる。


(かすみ)はため息をつき、地面の花を拾い始める。翔太(しょうた)も慌てて手伝うが、不器用な彼は、花びらを傷つけてしまう。(かすみ)は、そんな翔太(しょうた)の姿を見て、呆れながらも、その不器用さを可愛らしいと感じてしまう。


花を片付け終えた時、翔太(しょうた)は、突然、激しい頭痛に襲われる。視界がぼやけ、体がふらつき、倒れそうになる。


「…明さん!…どうしたんですか?!…顔色が…悪いですよ…!」 (かすみ)は、翔太(しょうた)を支え、焦った様子で尋ねる。


「…わ…分からない…。…頭が…痛い…」 翔太(しょうた)は力なく呟き、額から汗が滲み出ている。


「…朝、冷たい水を浴びたから…風邪をひいたのかもしれないわ…」 (かすみ)は、翔太(しょうた)の額に手を当てる。熱はないが、やはり心配だ。彼女は店を畳んで、家に帰ることに決める。


「…俺が…水を持ってくるよ…」 (ごう) は、翔太(しょうた)の様子を見て、急いで水を汲んでくる。


「…大丈夫だ…昨晩…あまり…眠れなかったせいかもしれない…」 翔太(しょうた)は、(ごう) から水を受け取り、何口か飲むと、少し楽になった気がする。そして、(かすみ)を安心させようと、微笑む。


「…でも…顔色が…良くないわ…」 (かすみ)は青白い翔太(しょうた)の顔を見て、眉をひそめる。


「…そうだよ…明さん。…辛かったら…無理しないで。…今日は…休んだ方がいい…」 (ごう)翔太(しょうた)を心配する。だが、店の向こうで客の呼び込みの声が聞こえ、慌てて「…何かあったら…呼んでくれ…」と言い残し、店に戻っていく。


「…少し休んでください。…私が…花を売りますから…」 (かすみ)は、優しく翔太(しょうた)に言う。


翔太(しょうた)は、俯き、小さな声で「…ごめんなさい…。…手伝いたかったのに…迷惑をかけて…」と呟く。


「…そんなこと…言わないでください。…誰だって…体調が悪くなる時もあるわ。それに…明さんは…まだ…怪我が完全に治ってないんだから…もっと…休むべきよ…」 (かすみ)は、翔太(しょうた)を励ます。そして、すぐに、いつものように客の相手を始めた。


(かすみ)が忙しく働く姿を見ていると、翔太(しょうた)の心に、温かいものが広がる。(かすみ)が側にいてくれれば、どんな困難でも乗り越えられる。だが、同時に、自分の無力さを恥じている。


忙しい時間は短く感じるが、何もしない時間は長く感じる。だが、翔太(しょうた)は退屈していなかった。記憶を失い、まるで子供のように、周りのすべてに好奇心を抱いていた。庭の地面を歩くアリを、飽きずに見つめたり、賑やかな市場で、人々のやり取りを見ているだけでも、面白かった。


その時、翔太(しょうた)の目に、少し離れた場所にある飴屋台が映った。正確に言えば、飴屋台の前にいる一人の少年だった。少年は、母親と手をつなぎ、一心に飴を作っている職人の姿を見つめている。黒く輝く瞳は、まるで星のようにキラキラと輝き、その無邪気で愛らしい姿は、翔太(しょうた)の心を惹きつけた。


翔太(しょうた)は、少年が長い時間、屋台の前で立ち止まり、飴ができるのを待ちわびていることに気づく。待ちきれないように、つま先立ちをしたり、母親の袖を引っ張ったりしている。その姿は、幼い子供特有の焦燥感と純粋さを感じさせ、思わず微笑んでしまう。


その時、翔太(しょうた)の頭の中に、突然、恐ろしい映像が流れ込んできた。少年が、手を伸ばして飴を受け取ろうとした瞬間、屋台が爆発し、飛び散った破片が少年を襲い、彼は倒れてしまう。


「…っ!」 翔太(しょうた)は、突然の映像に驚き、立ち上がる。心臓が激しく鼓動し、思わず、その飴屋台を見つめる。現実では、まだ飴は完成していない。だが、翔太(しょうた)の心には、言いようのない恐怖が広がっていた。


「…明さん?…どうしたんですか…?」 (かすみ)は、翔太(しょうた)の叫び声を聞き、怪訝そうに顔を上げる。


翔太(しょうた)は、(かすみ)の問いに答えることもせず、飴が完成に近づいているのを見て、思わず、駆け出してしまう。少年を抱きかかえると、振り返ることもせずに、(かすみ)の店の方向へと走り出す。


「…危ない!」 無我夢中で叫び、足に力を込めて走る。


後ろからは、少年の母親の悲鳴と、飴屋台の店主の怒号が聞こえる。(かすみ)は、状況が理解できず、息を切らせる翔太(しょうた)を止め、「…明さん!…何をしているんですか?…なぜ…人の子を…!」と叫ぶ。


「…あそこ…爆発する…!」 翔太(しょうた)は息も絶え絶えに言う。体が弱い翔太(しょうた)は、全力疾走したことで、さらに呼吸が乱れている。


(かすみ)は、話を聞く暇もなく、少年の母親が駆けつけ、翔太(しょうた)の腕を掴み、怒鳴り散らす。「…早く…息子を…離しなさい!…この…変質者!…」 驚いた少年も、泣き出してしまう。


周りの人々は、騒ぎを聞きつけ、集まり始め、翔太(しょうた)を非難する。中には、翔太(しょうた)を誘拐犯だと決めつけ、警察に突き出そうとする人もいる。騒ぎが大きくなり、収拾がつかなくなってしまう。そんな中、隣の(ごう) が人混みをかき分け、騒ぎを鎮めようと奔走する。


(かすみ)は、汗だくで、謝罪しながら、泣いている少年を慰める。そして、振り返り、翔太(しょうた)を見つめる。その瞳には、疑惑と非難の色が浮かぶ。「…明さん…一体…何があったんですか…?」 彼女は、翔太(しょうた)がきちんと説明してくれるのを待っていた。


だが、翔太(しょうた)は、目の前の出来事に戸惑っているようだ。呼吸は荒く、言葉もはっきりしない。彼は頭を押さえ、苦しそうに首を振る。


その時、大きな爆発音が響き渡った。人々は、驚き、悲鳴を上げ、我先にと逃げ惑う。あの飴屋台は、跡形もなく消し飛んでいた。


(かすみ)は、呆然と立ち尽くす。そして、周囲を見渡す。そこには、非難の視線から、恐怖に変わった人々の顔があった。


翔太(しょうた)は、その場に立ち尽くし、まるで魂を失ったようだ。膝から崩れ落ちると、意識を失い、闇の中に消えていった。

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