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11 灼熱の太陽、嫉妬の炎

(ごう) は、目を伏せた。まるで、自分の感情が、人に知られるのを恐れているようだった。彼は、魚籠を持つ手を握りしめ、足早に二人の傍を通り過ぎようとした。


「…(ごう) 兄さん!…漁から帰ってきたんですか!」 翔太(しょうた)の声が響く。いつもの、明るく、率直な声。(ごう) の体は、少し硬直し、顔を上げて、翔太(しょうた)を見る。


「…(ごう) さん…今日の収穫は、どうですか…?」 (かすみ)も、(ごう) に気づき、微笑みかける。その声は、優しく、温かい。


「…ああ…明と(かすみ)か…。…気がつかなかった…」 (ごう) は、視線を逸らしながら、笑顔を作ろうとする。だが、どこかぎこちない。内心の動揺を隠すように、彼は、魚籠を持ち上げ、(かすみ)に向かって言う。「…今日は…運が良かったんだ。…良い魚が…たくさん獲れたよ。…明の…体のために…少し…持って帰って…」


「…いいんですよ、本当に…。…そんな…いつもいつも…」 (かすみ)は、何度も手を振る。だが、その声は、優しく、そして、強い意志を感じさせる。


「…(ごう) 兄さん、俺の体は…もう…大丈夫ですよ。…(ごう) 兄さんは…いつも…俺たちを助けてくれる。…だから…もう…魚は…いらないよ。…こんなに…良い魚は…高く売れるよ…」 翔太(しょうた)も笑いながら言う。そして、腕を伸ばし、自分の体が、もう元気になったことをアピールする。


(かすみ)も、「…そうですよ、(ごう) さん。…漁は大変ですから…せっかく獲れた魚は…売った方がいいですよ。…いつも…ありがとうございます…」と、優しく語りかける。


(ごう) は、困ったような表情で、手を魚籠に伸ばした。「…みんな…友達なんだから。…遠慮しないで…」


(かすみ)は、少し眉をひそめ、すぐに折衷案を提示する。「…(ごう) さん。…もし…どうしても…魚をくれるというのなら…お代を払わせて下さい…」 そう言うと、ポケットからお金を取り出そうとする。


(ごう) は慌てて手を振った。「…やめてくれ…!…そんなの…絶対…ダメだ…。分かったよ…。…君たちの言うことを…聞くよ…」 (ごう) は、仕方なく手を引っ込め、頭を掻きながら、爽やかに笑う。「…また…いつか…魚が食べたくなったら…俺の店に…おいでよ。…必ず…安くするから…」


(かすみ)は、それを聞き、やっと安心したようだった。そして、微笑みながら「…ありがとうございます、(ごう) さん…」と、お礼を言う。


「…どういたしまして…(かすみ)…」 (ごう) は、手を振る。だが、その笑顔には、どこか無理やり作ったような、そして、複雑な感情が隠されているように見える。彼は、一つ深呼吸をすると、二人に背を向け、足早に去っていった。「…じゃあ…また…」


遠ざかる(ごう) の後ろ姿を見つめながら、翔太(しょうた)は、少し眉をひそめた。なぜだか、今日の(ごう) は、いつもと様子が違う。だが、何が違うのか、はっきりと説明することはできなかった。


「…(ごう) 兄さん…今日は…少し…変だったな…」 翔太(しょうた)は、小声で呟く。


(かすみ)は、振り返り、不思議そうに翔太(しょうた)を見ると、すぐに笑顔になり「…彼は…いつも…優しい人だから…。…考えすぎですよ…」と、慰める。


翔太(しょうた)は頷き、(かすみ)の言葉を受け入れる。だが、心の奥底にある疑念は、まるで、埠頭の端で、夕日に隠れていく潮のように、静かに、そして、確実に流れ続けていた。


早朝の陽光が、薄霧を透して降り注ぎ、落霞(かすみ)町全体が、黄金色に輝いている。翔太(しょうた)は、早起きし、手早く身支度を整えると、待ちきれないといった様子で、(かすみ)と市場へ向かう準備をする。この数日間、療養のため、家で休んでいるだけだった。ようやく、(かすみ)と一緒に外出できることが嬉しくて、胸が高鳴る。


市場は、今日も活気に満ちている。店主たちの活気ある掛け声が響き、人々のざわめきが、町全体を包み込む。翔太(しょうた)(かすみ)の花屋も例外ではない。鮮やかな花は、多くの人の目を惹きつけ、さらに、翔太(しょうた)の噂を聞きつけ、店を訪れる人も増えていた。


「…坊や、あの時は…本当に…ありがとうね…!…あの子に…何かあったら…どうすれば…良いか…分からなかったよ…!」 飴屋の店主が、花束を選び、感謝の言葉を伝える。


「…そうよ。…本当に…立派な…若者ね…!」 隣にいた婦人も、(かすみ)を見て、笑顔で言う。「…(かすみ)ちゃんは…見る目があるわね…。…こんなに…優しくて…誠実な人を見つけるなんて…!」


「…二人とも…本当に…お似合いだわ!…美男美女で…最高のカップルね…!」 近所の女性も、感嘆する。


周りの賞賛の声に、翔太(しょうた)は照れくさそうに顔を赤らめる。どうやら、まだ、人々の注目を浴びることに、慣れていないようだ。彼は、隣にいる(かすみ)に視線を送る。(かすみ)は、恥ずかしそうに、微笑みながら、花を包んでいた。その頬も、ほんのりと赤く染まっていた。


「…いいえ…俺は…ただ…当たり前のことを…しただけですから…」 翔太(しょうた)は、鼻を擦りながら、少し恥ずかしそうに言う。記憶を失くしても、彼の中に宿る優しさや正義感は、変わらないようだ。


「…謙遜するな!…今や…お前の…名を知らない者はいないぞ?…お前は…この落霞(かすみ)町の…大英雄だ!」 若者が、笑いながら、翔太(しょうた)の肩を叩く。


周りの賞賛の声に、翔太(しょうた)は、少し戸惑いながらも、心が温かくなった。彼は、また、(かすみ)を見る。(かすみ)の口元にも、微かな笑みが浮かんでいる。彼女は、翔太(しょうた)が、少しずつ、この町に溶け込み、みんなに受け入れられていることを感じていた。この瞬間、(かすみ)の心には、優しい喜びが広がっていた。


賞賛の声とともに、花屋の売り上げも伸びていく。色とりどりの花は、ほぼ完売し、花屋は、喜びと活気に満ち溢れている。


「…(かすみ)、あなたは…本当に…良い助っ人を見つけたわね!…二人の姿を見てると…本当に…お似合いだと思うわ…!」 果物屋のおばさんが、笑いながら感嘆する。


「…おばさん…私と…明さんは…ただの…友達ですから…」 (かすみ)は、軽く首を横に振る。少し照れくさそうに言う。そして、翔太(しょうた)に視線を送る。その頬は、ほんのりと赤く染まり、瞳には、隠しきれない喜びが宿っていた。


視線を感じたのか、翔太(しょうた)は、(かすみ)を見て、明るく笑いかける。その、屈託のない笑顔は、純粋で、誠実で、(かすみ)の心を、少しだけ、揺さぶる。


翔太(しょうた)は、まだ、恋というものを、十分に理解しているわけではない。だが、今の彼は、(かすみ)と一緒にいる時間が、何よりも好きだった。彼女といると、いつも心が安らぎ、心が温かくなり、そして、太陽の光さえも、優しく感じられた。


遠くから、(ごう) は、日陰に隠れながら、翔太(しょうた)(かすみ)を見つめていた。その表情は、暗く、嫉妬と、絶望に満ちている。二人は、人ごみの中で、楽しそうに談笑している。特に、(かすみ)が、翔太(しょうた)を見つめる、優しい眼差しは、まるで、鋭い刃のように、(ごう) の心を貫いた。胸が、炎で焼かれているように感じ、耐えがたいほどの苦しさを感じていた。


(ごう) は、ただ、黙っていれば、いつか、(かすみ)は、自分の気持ちに気づいてくれるはずだと、信じていた。だが、翔太(しょうた)の登場は、(ごう) の全ての希望を、打ち砕いてしまった。


彼は、拳を握りしめ、爪が、手のひらに食い込むほどの力を込める。だが、痛みは、全く感じなかった。視線の先にいるのは、翔太(しょうた)(かすみ)を、祝福する言葉ばかり。その言葉の一つ一つが、(ごう) の無力を、嘲笑っているようだった。自分は、世界から、見捨てられた存在なのだと、感じていた。


「…なぜだ…?」 心の中で叫ぶ。歯を食いしばり、感情を、無理やり押し殺す。「…俺だって…ずっと…頑張ってきたのに…。…ずっと…(かすみ)を…支えてきたのに…。…なぜ…(かすみ)は…俺の…良さに…気づいてくれないんだ?…まさか…俺が…ただの…漁師だからなのか…?…翔太(しょうた)は…記憶喪失のくせに…なぜ…みんなに…愛されるんだ…?」


嫉妬と絶望が、炎のように、(ごう) の理性と心を焦がし、衝動的に、何かをしなければならないと、思わせた。


彼は、落ち着きを失い、翔太(しょうた)(かすみ)の、親密なやり取りを見て、怒りを募らせていく。もう、このままでは、いられない。


(かすみ)に、自分の本当の気持ちを伝えよう。きっと、自分の気持ちを打ち明ければ、(かすみ)は、自分の愛に、気づいてくれるはずだ。


(ごう) は、落ち着くために、深呼吸をした。ゆっくりと、翔太(しょうた)(かすみ)のいる花屋へ歩いていく。その足取りは、重く、不安でいっぱいだった。だが、彼の心を突き動かす、衝動を止めることはできなかった。心臓の鼓動は、どんどん早くなり、呼吸も苦しくなっていた。


その時、花屋の前で、翔太(しょうた)が「…今日は…花が…早く売れたな…!…俺たちの…商売は…どんどん良くなっているぞ…!」と、嬉しそうに、叫んだ。


「…そうですね。…全部…明さんのおかげですよ…!」 (かすみ)は、微笑みながら言う。そして、翔太(しょうた)を見つめ、瞳に、優しさと信頼を宿す。


遠くで、その光景を見つめていた(ごう) の心は、激しく痛んだ。それは、決して、自分には手が届かない、温かさだった。(ごう) の手は、小さく震えていた。


ついに、(ごう) は、花屋の前へ辿り着き、無理やり、笑顔を作る。だが、その瞳は、矛盾と苦悩に満ちていた。彼は、口を開き、何かを伝えようとするが、喉が詰まり、言葉が出ない。


「…(ごう) 兄さん…?」 (かすみ)は、(ごう) に気づき、「…どうしたんですか…?…何か…用ですか…?」と、問いかける。


(ごう) は、一瞬、言葉を失う。(かすみ)の瞳に、自分の姿が映った時、胸が締め付けられ、言葉を飲み込む。彼は、うつむき、慌てて感情を隠し、「…いや…ただ…通りかかっただけだ…。何か…手伝うことが…あるかと思って…」と、答える。


(かすみ)は、微笑み、「…ありがとうございます、(ごう) さん。…でも…今日は…もう…売り切れてしまったので…これから…店を畳むところです…」と、言う。


翔太(しょうた)も、(ごう) を見て、笑顔で言う。「…そうだ、(ごう) 兄さん。…今日は…(かすみ)の準備が…完璧だったから…大漁だったよ!」


翔太(しょうた)の言葉が、また、(ごう) を刺す。(ごう) は、もう我慢できなかった。勇気を振り絞り、(かすみ)を見つめ、愛と渇望の混じった瞳で訴えた。「…(かすみ)…俺は…君のことが…好きだ。…ずっと…君のことが…好きだったんだ…。…俺が…君に…ふさわしくないことは…分かっている…。…でも…どうしても…伝えたかった…」


突然の告白に、(かすみ)の表情は、少し固まる。(ごう) が、こんな場所で、こんなことを言うとは思っていなかった。以前、やんわりと拒否したにも関わらず、(ごう) は、まだ、諦めていなかった。


(かすみ)は、軽く息を吐き、気持ちを落ち着かせ、優しい声で「…(ごう) さん…あなたの気持ちは…嬉しいです。…でも…私は…ずっと…(ごう) さんのことを…兄のように…思ってきました…。…私たちの間には…あなたが…思っているような…気持ちは…ありません。…どうか…理解してほしい…。…私は…本当に…今までのまま…良い友達でいたいんです…」と、言う。


(ごう) は、愕然とした表情で、顔色が、青ざめていく。まるで、目に見えない手に、心臓を握りつぶされたように、息苦しいほどの痛みを覚え、言葉を失う。


「…彼のせいなのか…?」 (ごう) は、翔太(しょうた)を指さし、声を低くする。だが、その声には、抑えきれない感情が溢れていた。「…お前は…彼のことが…好きなのか…?」


(かすみ)は、眉をひそめ、少し不機嫌な口調で答える。「…(ごう) さん…やめてください。…私と…明さんは…ただの…友達です…」


「…友達…?…誰が…そんなことを…信じるんだ?…お前たちは…毎日…いつも…一緒にいて…。…まるで…二人の世界に…いるみたいじゃないか…!」 (ごう) は、自嘲するように笑い、声を荒げる。


(かすみ)は、眉をひそめ、少しばかり我慢できず「…(ごう) さん…今日は…一体…どうしたんですか?…そんなこと…言わないでください。…がっかりしました…」と、告げる。


(ごう) の感情は、完全に暴走し、視線は、隣にいる翔太(しょうた)へと向けられる。「…どうしてだ…?…なぜ…俺じゃなくて…何も…覚えていない…あいつなんだ…?!」 嫉妬に狂った(ごう) は、声を荒げた。


翔太(しょうた)は、二人の言い争いを聞き、眉をひそめる。だが、彼は、どう弁明していいのか、分からなかった。記憶を失った彼は、感情的な争いに、戸惑うばかりだった。


「…(ごう) さん…今日は…言い過ぎです…!」 (かすみ)の声は、冷たさを増していく。


「…俺は…間違ったこと…言ったか…?…あいつを…見ろよ…何も…知らない…あんなやつ…お前に…ふさわしくない…!」 嫉妬に狂った(ごう) は、さらに声を荒げる。


「…もう…いいんです…(ごう) さん…もう…何も…言わないでください…!…私が…誰を好きになろうと…それは…私の自由でしょう!…私を…尊重してください…。…自分自身も…尊重してください!…もう…行ってください…!」 (かすみ)は、冷たく言い放つ。その声は、怒りと失望に満ちていた。


(ごう) の表情は固まり、その瞳は絶望と苦痛に満ちていた。彼は、自分が、言ってはならないことを言ってしまったと気づく。だが、もう、手遅れだった。彼は、翔太(しょうた)を見つめ、そして、(かすみ)を見つめ、自分が、完全に、希望を失ってしまったことを悟る。


彼は、何かを言いたそうに口を開くが、結局、何も言わずに、俯き、傷ついた獣のように、苦しそうに背を向け、足早に立ち去っていく。


(かすみ)は、遠ざかる(ごう) の後ろ姿を、複雑な表情で見つめる。「…(ごう) さん…」と、小さく呟く。

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