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10 霧をたどり、夕日が照らす

午後の陽光が、落霞(かすみ)町の街を優しく照らす。町全体が、温かい金色に包まれている。(かすみ)は、自宅の庭で、花の手入れをしていた。彼女の動きは、繊細で、確実。まるで、手にしているのが、ただの花の枝ではなく、貴重な芸術品であるかのように。


傍らの翔太(しょうた)は、静かに(かすみ)の姿を見つめていた。(かすみ)の、どんなことにも真剣で、集中する姿に、いつも惹かれてしまう。


「…明さん、今日は…どこか…具合が悪いですか…?」 (かすみ)は、余分な枝を切り落とし、顔を上げて、優しく問いかける。


「…今は…もう…大丈夫だ。…頭も…痛くない…」 翔太(しょうた)は微笑み、落ち着いた声で答える。数日間の休養で、体調はかなり回復していた。ただ、突然現れる、あの予知映像には、まだ慣れない。


「…そうですか…。…では…まだ…あの映像は…見えますか…?」 (かすみ)は、鋏を置き、期待を込めた瞳で翔太(しょうた)を見つめる。


「…ああ。…まだ…時々…見えるよ。…いつも…突然現れるんだ…」 翔太(しょうた)は頷く。少し困ったような口調だが、以前のような恐怖や不安は感じられない。この不思議な力は、もはや自分の一部として受け入れようとしている。


「…では…試してみませんか?…本当に…未来を予知できるのか…どうか…」 (かすみ)の声には、興奮が滲んでいる。その瞳は、希望に輝いている。翔太(しょうた)の能力は、あまりにも不思議だ。もし、本当に未来を予知できるなら、この力は、きっと二人の人生を変えるだろう。


「…どうやって…試すんだ…?」 翔太(しょうた)は、少し戸惑いながら尋ねる。自分でも、この力については、まだ何も分かっていない。


「…う〜ん…。…まずは…簡単なことから始めましょう…。…これから…何が起こるか…予測して…本当に…予知できるのかどうか…試してみるんです…」 (かすみ)は、微笑む。小さなことから始めて、徐々に、翔太(しょうた)の能力の範囲と法則を把握したいと考えていた。


翔太(しょうた)は頷き、集中して、これから起こるであろう映像を捉えようとする。(かすみ)は、期待を胸に、翔太(しょうた)を見つめる。これは特別な瞬間なのだと、(かすみ)は感じていた。


もし翔太(しょうた)が、この力を使いこなせるようになったら、彼は、比類なき存在になるだろう。彼は、この力で、普通の人が想像もできないような偉業を成し遂げ、少なくとも、危険を回避することは容易になるはずだ。


実際、翔太(しょうた)は、タイムスリップしたばかりの時、予知能力を使い、敵の追手を回避している。その後の記憶喪失は予測できなかったが、最近起こった一連の出来事で、この力が危険を回避するのに役立つことを、改めて確認できた。今はまだ、完璧にコントロールすることはできないが、(かすみ)は、未来への可能性に胸を躍らせていた。


しばらくすると、翔太(しょうた)の頭の中に「(かすみ)が、花に触れた時、棘で手を刺してしまう」という映像が浮かび上がった。


胸が締め付けられる。彼は、すぐに立ち上がり、その映像を止めようとした。「…(かすみ)!…危ない!…そこに…棘がある!」 翔太(しょうた)は、必死に忠告する。


「…え…?」 (かすみ)は、突然の翔太(しょうた)の言葉に驚き、思わず振り返る。その瞬間、彼女の右手が、花の枝の小さな棘に触れてしまった。


予知した映像が、現実になる。だが、今回は、あまりにも急で、翔太(しょうた)は止めることができなかった。彼は、慌てて(かすみ)の怪我を確認し、自分の不甲斐なさを悔いる。


(かすみ)は、少しだけ手を刺したが、大した傷ではない。(かすみ)は、傷を確かめると、顔を上げ、翔太(しょうた)に「…大丈夫ですよ。…少し刺しただけですから…」と笑顔を見せる。だが、その声には驚きと、少しの喜びが混ざっていた。


そして、すぐに、頬を膨らませ、少し拗ねたように「…これは…たまたま…でしょう?…刺されたのは…私が…不注意だからです。…これは…ノーカウントで…」と言う。そして、(かすみ)は、一歩近づき、少し意地悪な表情で「…次は…私のことじゃなくて…何か…別のことを…試してみて下さいね…。…それが…公平でしょう…?」と、言った。


「…別のこと…?」 翔太(しょうた)は眉をひそめ、少し困ったように呟く。彼は、頭を下げ、何を探すべきか、考える。


その時、庭の松の木から、松ぼっくりが落ちてきた。二人の視線は、地面に落ちた松ぼっくりに引きつけられる。翔太(しょうた)は、松ぼっくりを見つめ、すぐに、頭の中に映像が浮かんだ。リスがどこからともなく現れ、松ぼっくりを拾い上げると、庭の隅にある木に消えていく。


翔太(しょうた)は、この映像を(かすみ)に伝え、そして、にやりと笑いながら「…次は…奇跡を目撃する瞬間だ…」と言った。


その言葉は、まるで有名なマジシャンが、これから奇跡を起こそうとする時、よく言うセリフのようだ。翔太(しょうた)が、どこで、そんな言葉を覚えたのか、(かすみ)には分からない。だが、その言葉が、記憶を失った翔太(しょうた)から発せられたことで、少しばかり、説得力に欠けるように感じた。


翔太(しょうた)の真剣な姿に、(かすみ)は思わず笑ってしまう。彼は、どこか子供っぽく、滑稽だった。


だが、説得力は、言葉だけでは生まれない。奇跡が、本当に目の前で起きた時、その笑みは、驚きと畏怖の念へと変わった。


(かすみ)は、目を見開き、翔太(しょうた)を不思議そうに見つめる。まるで、翔太(しょうた)の背中に、後光が差しているように見える。まるで、イエスが降臨したかのように((かすみ)は、イエスが降臨した姿を見たことはないのだが)。


「…も…もしかして…あなたは…本当に…超能力者なの…?」 心の準備はできていたはずなのに、(かすみ)は、実際に目の前で奇跡が起こると、衝撃を隠せない。


翔太(しょうた)は、首を傾げ、少し照れくさそうに言う。「…俺にも…よく分からない…。…ただ…映像が見えただけなんだ…。…もし…これが…超能力…っていうものなら…そうなのかも…しれない…」


「…すごい!…明さん…あなたは…本当に…超能力を持っていたんですね!」 (かすみ)は、興奮して飛び跳ねた。まるで、宝物を発見したかのように。今までの認識が、翔太(しょうた)の超能力によって、塗り替えられるかもしれない。(かすみ)は、目の前にいる、この青年が、いつか世界を変えるのではないかと、漠然と感じていた。


「…では…この力を使って…明さんの…家族を…探すことは…できますか…?」 少し落ち着きを取り戻した(かすみ)は、重要な問題に気づく。


翔太(しょうた)は、(かすみ)の言葉を聞き、目を輝かせた。彼は、自分の過去を知りたい。両親が、どこで、どうしているのか、知りたい。


「…ああ!…試してみよう…!」 翔太(しょうた)は興奮して言った。だが、すぐに、またもや、肩を落とす。


「…未来は見えても…過去は…見えないみたいだ…」 翔太(しょうた)は、困ったように言う。過去は、彼の認識では、時の流れを超えた、別の場所にあるものだった。


(かすみ)は、それを見て、クスッと笑い、励ますように「…では…家族と再会している場面を…予知してみたらどうでしょう…?」と言う。

「…そうか!…(かすみ)は…本当に頭が良いな…!」 翔太(しょうた)は嬉しそうに頷く。


「…そうです!…明さん…あなたは…頭がいいですね!…」 翔太(しょうた)は瞳を輝かせ、希望を胸に、家族との再会する場面を捉えようと、目を閉じる。だが、しばらくしても、頭の中は、真っ白のままだった。


「…やっぱり…見えないみたいだ…。…まさか…」 翔太(しょうた)は少し落ち込み、焦りの色が滲み出る。


(かすみ)は、首を横に振り、翔太(しょうた)を慰める。「…焦らないでください…明さん。…あなたの力は…何か条件が必要なのかもしれません…。…例えば…関係のある人や物を見ないと…ダメなのかもしれない…。…鏡を持ってきますから…鏡の中の…自分を見て…もう一度…やってみてください…」


「…そうだな…」 翔太(しょうた)は、(かすみ)の推測に納得し、頷く。そして、(かすみ)から鏡を受け取り、再び集中する。だが、どれだけ集中しても、頭の中は真っ白なままだ。何度も試すうちに、頭が痛くなり始め、意識が朦朧としてくる。


「…もう…ダメだ…。…また…頭が…痛くなってきた…」 翔太(しょうた)は、苦しそうに眉をひそめ、額を押さえながら、そう言う。


「…明さん、もう…超能力を使うのは…やめましょう…。…使いすぎると…頭痛がするかもしれない…」 翔太(しょうた)の苦しそうな姿を見て、(かすみ)は、急いで彼を支え、心配そうに説得する。


(かすみ)は、翔太(しょうた)をベッドに横にさせると、そっと横にさせて休ませる。超能力を使うには、きっと代償がある。何度も予知能力を使うことは、翔太(しょうた)の体に大きな負担をかけてしまうだろう。以前、翔太(しょうた)が市場で倒れたのも、力の使いすぎが原因だったのかもしれない。もしかすると、路地で倒れた時も、同じ理由なのかもしれない。


「…(かすみ)…俺は…永遠に…家族に…会えないのかな…」 翔太(しょうた)は、ベッドに横たわり、落胆した表情で、小さな声で呟く。


(かすみ)は、そんな翔太(しょうた)を優しく撫で、「…そんなこと…思わないでください…明さん。…もしかしたら…まだ…体が…十分に回復していないだけかもしれないし…やり方が…間違っているのかもしれない…。…体が…良くなったら…また…別の方法を考えましょう。…きっと…家族を…見つけられますよ…」と、優しく語りかける。


「…本当に…?…俺は…本当は…誰なのか…知りたい…」 翔太(しょうた)は、(かすみ)を見上げ、希望を失いかけていたが、(かすみ)の言葉に、すがるように、かすかな期待を抱く。


「…もちろん…本当ですよ…」 (かすみ)は微笑みながら言う。その笑顔は、陽だまりのように、翔太(しょうた)の心を温める。そして、手を伸ばし、優しく翔太(しょうた)の髪を撫でながら「…もし…思い出せなくても…大丈夫です。…私たちが…ずっと…一緒に…いるから…」と囁く。


「…本当…?」 翔太(しょうた)(かすみ)を見上げ、少しだけ自信を取り戻したようだ。そして、微笑み、目を閉じて休もうとする。先程の試みで、すっかり疲れてしまった。


翔太(しょうた)が眠りにつこうとした時、(かすみ)は、ふと、何かを思い出し、真剣な表情で翔太(しょうた)に忠告する。「…明さん…この力は…絶対に…他の人には…話さないでくださいね…。…そうしないと…明さんに…迷惑がかかってしまうかもしれないから…」


翔太(しょうた)は頷き、「…分かった…。…安心してください。…誰にも…話さない…」と、答えた。


翔太(しょうた)が静かに眠りにつくのを見届けると、(かすみ)は、そっと部屋を出た。翔太(しょうた)は、家族を見つけることを諦められないだろう。記憶を失った人間にとって、これは、大きな障壁だ。だが、その分、失望も大きくなる。(かすみ)は、未来の道で、翔太(しょうた)が傷つくことを、少しでも減らしたいと思っていた。


夕日が沈み、夕陽の埠頭は、黄金色に染まる。海面は、キラキラと輝き、夕暮れの中に浮かぶ漁船のシルエットは、一層美しく見える。


翔太(しょうた)(かすみ)は、港の階段に並んで座り、二人の距離は近く、お互いの呼吸を感じることができる。


「…明さん、今日の気分はどうですか?…まだ…頭は…痛みますか…?」 (かすみ)は、翔太(しょうた)を気遣うように、そっと尋ねる。


「…もう…ほとんど大丈夫だ。…(かすみ)…。…完全に…元気になったみたいだ!…明日…一緒に…花売りに行きたいけど…いい…?」 翔太(しょうた)の声には、喜びが滲む。


ここ数日間、休養をとったおかげで、翔太(しょうた)の体調は、すっかり良くなっていた。だが、その分、暇を持て余し、少し落ち着かない。(かすみ)のために、何かを手伝いたい。特に、(かすみ)が毎日自分の世話をしながら、市場で花を売っている姿を見ていると、申し訳ない気持ちになる。だが、どんなに言っても、(かすみ)と祖母は、翔太(しょうた)に、もう少しだけ休んで欲しいと願った。


「…いいですよ。…では…明日…一緒に…花を売りに行きましょう…」 翔太(しょうた)が、いつもの調子を取り戻したことを確認し、(かすみ)は、ようやく、そう答えた。


「…やった!…明日…花を売るぞ…!」 翔太(しょうた)は、子供のように、喜んでいる。


(かすみ)は、そんな翔太(しょうた)の姿を見て、微笑む。二人は、寄り添いながら、静かに夕暮れの空を眺めた。


「…ここの夕日は…本当に…綺麗だな…」 翔太(しょうた)は、感嘆する。この町が、好きになってきた。この町の景色、そして、そこにある全てを、愛おしく感じていた。


「…そうですね。…ここの夕日は…本当に綺麗です。…だからこそ…この町は…夕陽の町って呼ばれてるんでしょうね…。…ここの…毎日は…美しい…」 (かすみ)は、翔太(しょうた)を見つめ、優しく語りかける。


二人が話をしていると、遠くの埠頭から、(ごう) が、魚籠を持って歩いてくるのが見えた。彼は、今日の仕事終えたばかりで、顔には、疲労の色が残り、額には汗が滲んでいる。だが、その表情は、今日の漁獲に満足しているようだった。ちょうど、魚の産卵期で、川には、たくさんの魚がいた。毎日、網を仕掛けていた(ごう) も、今日の漁獲には、満足だった。(ごう) は、鼻歌交じりに、足取り軽く、埠頭に向かって歩いていた。


だが、石段に座り、静かに夕日を眺める、翔太(しょうた)(かすみ)の姿を見た時、彼の足は、止まった。夕暮れの光を浴び、まるで絵画のように、美しい二人。(ごう) の表情は、固まり、その瞳には、複雑な感情が浮かび上がる。


彼は、翔太(しょうた)の勇敢さを知っている。あの時、市場で、危険を顧みず、子供を救った翔太(しょうた)に、尊敬の念を抱いていた。だが、同時に、別の感情が湧き出てくるーー羨望、そして、嫉妬。翔太(しょうた)(かすみ)が、仲睦まじく、夕日を眺めている姿を見て、嫉妬した。なぜ、自分が、長年、(かすみ)を想いながら、未だに、心の距離を縮めることができないのに、翔太(しょうた)は、簡単に、(かすみ)の傍に立ち、彼女の笑顔を独り占めにすることができるのだろうか。(ごう) は、あの場所は、本来、自分の場所だったと、心のどこかで、感じていた。

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