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第24話 胡桃割り人形



テュービンゲン郊外にひっそりと営業している、「Der Nußknacker」。


淡い緑の葉を茂らせ始めた、街路樹の木陰の下。

木漏れ日の映る、木製の古い扉を開くと……路上から地下へと続く階段が現れる。


「ひゃ〜。いつ来ても涼しいトコよね!」


石の階段を下りながら、麗奈が叫んだ。


ドイツの夏は比較的過ごしやすい。

特に6月は一番快適な季節なのだが、たまには暑い真夏日もやってくる。

そして一番の問題は、ドイツの少しばかり乾燥した気候だ。

日本育ちの麗奈はもちろん、フランツだって喉の乾きには寛容でなかった。


「…のど、かわいたね…」


ワイシャツの襟を少し開いてフランツが言う。

元々が無口なせいか、少し声がかすれてきていた。

こんな時「Der Nußknacker」のひんやりとした空気はとても気持ちがいい。

そんな事も込みで、二人の行きつけのお店である。




階段を下りきると、思ったより広めの部屋に出る。


石造りの壁に囲まれた地下室。

そこを改築して、テーブルやバーカウンターが置かれている。

オレンジのランプが天井から吊るされ、小洒落た店内にはレコードの時代遅れな曲が流れていた。



「店長さん、お客様よ」


 スカーレットの艶のある声が響くと、カウンターの向こうから誰かが顔を出した。


「おぉ、お前さん達か」

「まいどで〜す、おやっさん」


麗奈が"おやっさん"と呼んだ老人は、短いあご髭に手をやると、


「何にするかね」


とそっけなく聞いた。



「あたしオムレツ〜!」


麗奈の声が地下の店内に響く。

それを聞いて、


「じゃあ僕も」


とフランツが言う。


「あと飲み物。

ひからびて死にそうなんです……」




「はいはーい、お待ちどうさまっ」


店の奥から、さっきのウェイトレスの少女が駆けてきた。

ウェイトレスとは言っても、その服装はレストランなどで目にするものよりも、ドイツの民族衣装に近い。

古びた酒場にはぴったりの印象だ。


「二人ともいつものでよかったですよね?」


「うん、ありがとう」



お盆にのったグラスを受け取ると、フランツはありがたそうに喉を潤した。

料理が出来るのを待つ間、麗奈がスカーレットに話しかける。


「ねぇねぇスカーレットさん、昨日までドコに行ってきたんですか?

随分長い間、街から出てたみたいだけど」


「ええ、ちょっとネルトリンゲンまで、ね」


不思議な笑みを浮かべて、スカーレットは答える。



二人の会話を聞きながら、フランツはじっとスカーレットを見ていた。


そういえば前々から気になっていたけれど……この人、何者なの?




スカーレットがテュービンゲンにやってきたのは、つい一ヶ月ほど前のこと。

気づいた時にはこの店に居候していた謎の美女。

麗奈には甚だしく欠如した、大人の魅力というものを持った人だった。

本職は不明。ただ、この店では「占い師」ということで通っている。なんでも古いジプシーの血脈なんだとかで。


これだけでも十分謎が多いが、問題なのはその容姿だ。


…赤い。

とにかく赤い。


その美しい髪は、もはや単純な"赤毛"で済ませることの出来ないほどに、透き通るような緋色。

おまけにあの眼。

フランツは前々からカラコンだと思っていた。そうでなけりゃ、あの瞳の色は明らかに異常だ。

アルビノもびっくりするほどに、瞳の色は純粋なルビーだった。


なんであんなに赤いんだろ?




変わった女性、と思ってしまえばそれきりだし、不信感を抱いているわけでもないのだが……

フランツとしては、この謎がどうにも気になってしょうがないのだった。



「……フランツ?ねぇフランツ聞いてる?」


「あ…ごめん、なんだっけ?」


はっと我に返ると麗奈がこっちを見てむくれている。



「も〜ボケッとしないでよ。

せっかくスカーレットさんが占ってくれるっていうのに」


グラスを片手に、麗奈がフランツの背中をパシパシ叩く。


「いたいいたい……というか、占うって何を?」


「そうねぇ……

たとえば、君の今日の運勢とかかしら?

それとも未来を見てあげましょうか…」



そう言うと、スカーレットはハンドバックを机の上に置いて、


「さぁ、どうするの?

フランツ君。」



「占ってもらいなさいよぉ、スカーレットさんはホントに凄いんだから!」


う〜ん、と首をひねっているフランツを見て、麗奈がもどかしそうに諭した。



「この前だってあたし、無くしたネックレス見つけてもらったのよ!

それともなに?

フランツくんは占いなんて非現実的なものは信じませんか〜?」



実を言うと、別にそう言うわけではなかった。


フランツはむしろ、まじないだとかその手の類いにはすごぶる寛大なタイプの人間だったのだ。

この世の全てが科学だとか理論だとかで説明出来るなんて断定できない。

占いなんて嘘っぱちだなんて、よく知りもしないのにどうして知ったかぶりができるだろう?

人間ごときが結論をだすにはこの世界はあやふやすぎるのだ。




「ね〜ぇ、フランツ!」


「あ、うん。

じゃあ……よろしくお願いします。」



麗奈が体を揺さぶり始めたので、フランツはしぶしぶ了承した。



「うふふ。

じゃあ、はじめるわね」


スカーレットは机の上のハンドバックから、何やら板のような物を取り出した。



「あの……やっぱりトランプとかタロットカードとか使うんですか?」


フランツが訪ねると、麗奈が、


「チッチッチ。

スカーレットさんはそんじょそこらの占い師とはひと味違うのよ!

使うのはカードじゃなくて……」


じゃあ水晶玉でも出てくるのか、なんて思っていると、フランツの目に意外なものが飛び込んできた。


スカーレットが取り出した板はどうやら折りたたみ式になっているらしく、彼女は静かにそれを開く。

すると、ちょうど正方形の版になった……そこには赤と白のマス目が並んでいる。


「……チェス盤……ですか?」


「ええ、そうよ。」


続いてハンドバックから取り出されたのは、チェスの駒だ。

宝石のような緋い爪がそれらを一つ一つ摘み上げる。

白と赤の軍勢は、慣れた手つきで盤の上に並べられていった。



「チェス占いなんて聞いた事ない……」


「そりゃそうよ。世界中でもスカーレットさんしか知らないオリジナルなんだから」


訝しげな様子のフランツに麗奈が言う。


いつのまにか最後のポーンがセットされたらしい。

少し暗い店の中で、赤と白の軍勢は静かに向かい合っていた。



……それで、これからどうするんだろう?

まさかこれから1ゲームしようなんて話じゃないだろうけど……


そんな事を思って不思議そうな顔をするフランツに、スカーレットが声をかける。



「さぁ、吹き飛ばして」


「あ、はい……え?」



吹き飛ばす?



言葉の意味が理解出来ず、フランツは少し混乱した。

そんな彼に、麗奈がじれったそうな顔で説明する。


「吹き飛ばすのよ!

誕生日ケーキの蝋燭を吹き消すみたいにっ」


「いや、そんなこと言ったってこれ……」


息で倒す?

32個もある駒を?


紙で出来てるんじゃあるまいし、1個も倒せないと思うんだけど……



「いいから早くやる〜!」

「は、はい……」



何がなんだかさっぱりわからない。

でも、やれと言われてるんだから……言う通りにした方がいいんだろうな。



フランツは麗奈に急き立てられながら、はぁ……とため息をついた。



その結果、計31個の駒が倒れた。



「…………え。」



「あら、結果が出たようね」


涼しい顔のスカーレットが、一つだけ残った駒を手に取る。


「……え?あのいや何で」

「なになに!?

なんて出たんですかスカーレットさん!」


はしゃぎだす麗奈に、スカーレットが手の中の駒を見せた。



「白のポーンね」


「おぉ〜!

それでそれで?

どういう意味なのっ?」

「いや……だから何で……」




なんでため息で倒れるんだ?


フランツは、試しに倒れていた他の駒を手に取ってみる。

……息で倒れるような重さじゃない。


それがどうしてため息程度であんなに倒れ……




フランツの素朴な疑問は無視したまま、占いは進行しているようだった。


「クイーンサイドの白のポーンが一本……座標は……」


結果を確かめながら、スカーレットはポーンをしげしげと眺めている。

そして、不意に謎めいた笑みを浮かべた。



「……思った通りね」


「え?なんですか?」


麗奈が首を傾げると、スカーレットはにっこり微笑む。



「何でもないわ。

さて……フランツ君。」


「あ、はい」



占いのトリックがさっぱりわからなくて、これはもう魔法という事でいいやと思っていたフランツは慌てて顔をあげた。


「占いの結果だけど、なかなか面白い事がわかったわ。

今日1日、これからあなたに起こる出来事よ」


「未来……ですか?」



意味深な言葉に、フランツは少し体を固くする。


「そう構えなくてもいいわ。

誰かが傷つくわけでもなく、不幸な目に遭うのでもない……多分」


「え?

いや多分てそんなアバウトな」


「フランツ君。」



スカーレットが、フランツの顔を覗き込んだ。

透き通るような緋い瞳に見つめられ、フランツは思わず息をのむ。



そんな緊張した顔を見て、占い師は……急ににっこり笑った。


「あなた、お友達が増えるわよ」


「え……あ、お…ともだち?」



「そう、お友達。」


嬉しそうな声で繰り返すと、スカーレットは商売道具をバッグに片付け始めた。




「よかったじゃないフランツ!

あなた社交性ないんだからちょうどいいわ」


無邪気に笑っている麗奈を見て、スカーレットはニヤリとする。


「ちなみに、女の子よ」


「…え?おんな……」


それを聞いた途端、麗奈の顔が少し引きつった。



「そう。可愛い娘よ、仲良くしてあげてね」



そこまで言うと、スカーレットはフランツに向かって右手を差し出した。


「3ユーロね。」


「あ……やっぱりお金…いるんですね」



悪い予想が的中してしょげるフランツ。

そのとなりで、なぜか麗奈は悶々としていた。


「お、女の子…可愛い女の子……いや、でも……」



そんな二人の前に、ウェイトレスの少女が歩いてくる。


「お待ちどうさま!

オムレツですよ〜」


机の上にほかほかのオムレツが置かれて、白い湯気を上げた。

でも、二人の学生はどうにも顔色が悪い。



…いつもは大喜びで食べだすんだけどなぁ?


首を傾げるウェイトレス。

そんな状況を見て、スカーレットだけは可笑しそうにクスクス笑うのだった。




お店の名前、「胡桃割り人形」って意味だそうです。

おやっさんが言ってました。


ところでところで、

携帯版サイトから見た時にお店の名前のスペル……ちょうどUとKの間にあるドイツ文字が表示されないらしいんですよ。

「エスツェット」っていうアルファベットみたいなものですが、まぁSと同じようなものだと思います。

(↑かなり適当)



それではまた次話で。

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