第18話 "遭遇"
物語が、いつも幸福な終わりを迎えるとは限らない。
かと言って、その先に待つのが悪夢であると決まった訳でもない。
それを受け取る者によって、全てはオワリにも、ハジマリにも姿を変える。
それこそ、変幻自在に…反則的なまでに。
何者もそれを縛ることは出来ず、どこへ向かって逝くのかもはかり知れず…だからこそ、
こんなにも美しく、
こんなにもおぞましい。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ハートの女王の城。
女王謁見の間。
「……本当に…いいんですね?」
斜陽の光が照らす、広間の中。
白ウサギの声が、静かに木霊した。
「"彼等"の侵入が確認されました。
恐らくは、現在も国内で活動を続けているはずです。」
「…侵入?
やれやれ…大口を叩いている割には存外役に立たんモノだねぇ、"監視"共も。」
白ウサギの言葉に、嘲笑を返すチェシャ猫。
「…しかしまぁ……結局は、コレもまた必然かな。
【Alice】は再来し…不確定要素が飛び交うこの現状……。
"Chaos(混沌)"とでも言うべき状態だねぇ」
「それはまた……
貴方の好きそうな状況ですね。」
燃えるような夕陽を背に、白ウサギの影が伸び踊る。大理石の床にコツコツという足音を立て、彼は数歩進み出た。
「…チェシャ。
このままアリスと行動を共にさせれば、最も危険な目に遭うのは彼。……その事は、貴方もご存じですね?」
「そりゃそうだろうねぇ。
【Alice】を目的にやって来た輩が、オマケを欲しがるとは思えないし。」
チェシャ猫からの気のない返事。
夕暮れの光を受けて輝く、巨大なステンドグラス。
それを見上げて、白ウサギは小さく息をついた。
「なら言うまでもないでしょうが……
あの子、死にますよ?」
「…そう思うかい?」
そう言ったチェシャ猫の眼には、これと言った感情は映っていなかった。
驚きも、悲しみも。
金色の瞳の中、鋭い瞳孔だけが妙にくっきりと浮かび上がる。
「…はっきり申し上げれば……
肉片が残る可能性すら絶望的ではないかと。
あの子の幼さでは、さすがに……」
その発言に、白ウサギ自身顔を暗くした。
認めたくはない。
それでも、結末は目に見えているのだ。
容赦なく大海に沈められれば、マッチの火はどうなるか。
今論じているのはまさにそれだ。
試す前から結果がわかりきっている。
残酷な話だが……、子猫が生き残る確率は無に等しい。
「私はねぇ……」
不意に、チェシャ猫が口を開く。
「…そうは思わないんだよ。」
それを聞いて、驚いた表情を浮かべる白ウサギ。
「あの子は死なない。
そんなにヤワじゃないさ、必ず上手くやる。
だからこそ、アリスと共に行かせたんだ。」
気まぐれに尻尾を揺らして、チェシャ猫が言う。
「彼は生き残る。
…私と……"彼女"の息子だから。
私は狂ってるかな?」
「…ぇぇ…根拠のない自信にも程がある。
相当狂ってますよ、貴方は。」
静かに呟き、白ウサギは赤い眼を光らせる。
次の瞬間、そこに…困ったような笑顔が咲いた。
「わかりました!
貴方がそう言うなら、私は余計な口を挿みませんよ。
私も充分"気狂い"なんですから。」
「…ありがとう、シロ。」
チェシャ猫も、三日月型の口で微笑む。
「あ、そうだ。
頼みといっては何だが、やはり少しばかり援護してやってくれないか?
まだ小さいから、手を引かれねば出来る事も出来ないだろうし」
「…だったら、自分で助けてあげてもいいんじゃないですか?
お父さんなんですから!
少しは頼れるところを見せてらっしゃいな」
白ウサギの、冗談めいた微笑。
しかしチェシャ猫の表情は悲しげだった。
「……いや〜ダメなんだよねぇ。
一回助けちゃうと余計な事にまで手を貸したくなるから。
過保護も程々にしないと…
…いざ別れるときが辛くなる」
「…チェシャ……」
遠く、虚空を捉えるようなチェシャ猫の眼。
それは、いつものような狂気ではなく……
どこか寂しげに光っていた。
「…そう言えばチェシャ、子猫くんの名前…いつになったら決めるつもりなんですか?」
白ウサギは首を傾げた。
思えば、自分達は生まれた瞬間からすでに名前がついていたのだ。
「私は"白ウサギ"。
貴方は"チェシャ猫"。
帽子屋は"帽子屋"で三月ウサギは"三月ウサギ"。
みんな生まれた時からそれ以外の何者でもない。
けれど、彼は自分の名前を今から与えられる事が出来る訳じゃないですか?
この世界の住人としては珍しい。
だから、少し気になってるんですよね…彼の名前については」
「…あ〜、
それならたぶんアリスがつけてくれるんじゃないかな?」
「アリスが…ですか?」
白ウサギは意外そうな顔。
「猫の名前というのは、飼い主がつけると相場が決まってるのさ。
彼女なら良い名前をくれるハズだよ!
そのうち…必ずねぇ。」
ゴーーーン
ゴーーーン
ゴーーーン
ゴーーーン
ゴーーーン
鳴り響く鐘の音。
そして、広間の扉がゆっくりと開かれた。
『…ウサ公。』
透き通った声が、重々しく反響する。
2人は素早く振り返ると、うやうやしく頭を下げた。
「これはこれは、女王陛下。
お帰りなさいませ。」
女王はチェシャ猫の事など脇目もふらず、レッドカーペットの上を進んでくる。
そして、白ウサギの前で立ち止まった。
『全軍の指揮を取れ。
敵襲に備える』
「…かしこまりました」
「アリスには随分気に入られたようですなぁ。
お茶会はいかがでしたか?」
チェシャ猫がクスクスと笑う。
それを見て、女王は単調に口を開いた。
『たまには狂気から離れるのも良いものだな。
だがそれはそれ。
あの小娘には、あちら側に逝って貰わねば困る。
下手な同情などいるまい、そうだろう?」
「全く持って仰る通りに御座います。」
チェシャ猫の三日月型の口が、いつも以上につり上がる。
「白ウサギは彼女を助けたいでしょうがねぇ」
白ウサギは、悲しそうに眼を細める。二つの長い耳が、力なく揺れた。
『……兎。
馬鹿なマネはするなよ?
アレはどう転んでも"この世"に留めるべきではない。』
「…承知しております」
女王の燃えるような髪が、夕陽を浴びていっそう緋く染まる。
『ならば良い。
情報が入り次第、出陣を命ずる。
…【Alice】を奴らの手に落とす事だけは、何としても避けろ』
「…かしこまり」
「女王陛下っ!
緊急事態です!!」
突然、トランプの兵隊が1人、広間に飛び込んできた。
『…話せ』
「申し上げます…
西方の薔薇園に侵入者あり!
正体は不明……
警備についていたスペードの小隊はほぼ壊滅状態ですッ!!」
『…ほぅ。』
女王の緋い瞳に、狂気の笑みが浮かんだ。
『ほれウサ公。
とうとう出番だぞ?
"盤"に"駒"を並べる役、しかと果たして来い。』
「……女王陛下の仰せのままに。」
白ウサギの手の中で光る、マッチロック式の古風な銃。
そして、それを見たチェシャ猫は……
奇怪な笑みを浮かべて、どこかへ消えた。
そして。
この日、この時…あの場所で。
総ての歯車は狂い始め。
"彼等"と"彼女"は、一つの空の下に邂逅を果たす事となる。
…決して訪れるはずの無かった、呪われた出会いを……。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「まっ…待ってってば!アリス〜!!」
「あははっ!
早くおいでよー」
夕暮れの光で、辺りは一面オレンジ色に染まってる。
猫くんに追いかけられながら走ってたら、急に開けた場所に出た。
「お?
出口だよ猫くん……」
そう言って辺りを見渡したあたしは、目の前の光景に息をのんだ。
夕陽の下に広がる、それは……
「うわぁ……!!」
どこまでも広がる、薔薇の花園。
沈む夕日に負けないくらい、赤く赤く咲き乱れてる。
「…はぁっ。
も〜…アリス走るの速いって…」
猫くんも森から出てきた。
「ねね猫くん!すっごい綺麗だよココ!!
お城で見た庭の何倍も広いじゃない!」
すごいすごい!
さすがは女王様の庭だなぁ…。
こんな、庭あたしの家にもあったらいいのに。
「ねぇ、
もっと近くにいって見よっか!」
「え〜まだ帰らないの?
暗くなっちゃうよ?」
う…それもそうか。
あんまり遅くなるとパパが心配するしなぁ。
けど…
「まぁちょっとぐらいなら平気でしょ。
てなわけで行ってきまーす!!」
「あああ!
だからもう〜おいてかないでよっ」
必死に追いかけてくる猫くん。
なるほど、ちっちゃいから長距離走は苦手なんだね。
でもほら、ちょっと近づいただけでもスゴくいい匂いするし!
ココまで来て引き返すわけにはいきませんよ!!
「アリス、近づきすぎたらダメだよ?
見張りがいるから見つかったら追い返されるよ」
後ろの方で猫くんが言った。
見張り?
お城のトランプ兵みたいなのかな?
でも庭園の前には誰もいないみたいだけど。
ん〜、休憩中とか?
「大丈夫だよ、
この辺りは見張りがいないみたいだし。
猫くんも早く〜」
とかなんとか言ってるうちに、庭園の門の前に着きました。
庭の門、っていうか…おっきなお屋敷の門みたいなんだけど。
豪家だね〜!!
やっとの思いで猫くんもたどり着いた。
「はぁっ……も、もう 疲れたぁ!」
「あら、だらしないなぁ。
このぐらいで音を上げてちゃダメだよ?」
すねた顔をする猫くん。可愛いから抱き上げてあげちゃった☆
「ほら見て〜猫くん。
門が閉まってるから中には入れないけどさ、ココから見ただけでもスゴく綺麗だよっ」
門の鉄柵の向こうには、迷路みたいに入り組んだ薔薇の垣根がならんでた。
いいなー入りたいなー。
「…………?」
「ん?
どうかしたの猫くん。
浮かない顔して」
猫くんは辺りをキョロキョロ。薔薇の方が綺麗なのに?
「あ、うん…
なんか変なんだよ、正門の門番がいないなんて」
「ああ……
そういえば誰もいないのよね。
サボってんのかな?」
そう思ったけど、すぐに考え直した。
女王様の庭園を守ってるんだもの、サボったりしたら確実にクビが飛ぶわ…。
「でも…サボりじゃないなら、なんで門番がいないんだろ…?」
その時。
きゅうきゅうきゅう…
「…きゅう?
今なんか聞こえたけど」
近くの茂みの中からみたい。
「うん…
たぶん子ウサギの泣き声だよ。
この辺りに住んでる野ウサギは、小さい頃は上手くしゃべれないから」
「子ウサギ!?
なにそれドコにいるの見たい見たい!
…あ、いや。
泣いてるんだったら何かあったんだよ。
もしかしたら、ケガしてるのかも!」
じゃあ急いで見つけてあげないと!
あたしは、泣き声のした茂みの方に突っ込んでいった。
「あ!
アリス〜気をつけてよ?
さっきだって変な悲鳴聞いたんだしさぁ…」
うーん、そういえばそんな事もあったわね。
あの悲鳴は何だったんだろ?
茂みの奥をのぞいてみると……
あ〜いたいた!
ちっちゃなウサギが、森の中で寝転がってる。
「きゃーカワイ〜///
ほらどーしたの?
迷子になったのかな?」
ちっちゃくて灰色をした赤ちゃんウサギ!
この国ってホントに可愛い動物ばっかり…。
いや〜、天国みたいな場所ですね♪
逃げる様子もないので、思い切って抱き上げてみた。
ひゃ〜ふわふわ…
…ってあれ……?
「…ね、ねこくん大変!
この子ホントにケガしてるよ!?」
後ろ足から、少しだけ血が出てる。
どうしたんだろ…どこかの草むらで切ったのかな?
「ケガ!?
ドコをケガしたの?
見せてみて…」
猫くんもやってきたので、子ウサギをもう一度地面に寝かせてあげた。
「どう?
大丈夫そう?」
猫くんが、子ウサギの足をじっと観察してる。
ほほう、お医者さんみたいですな!
「うーん…
そんなにヒドいケガじゃないみたいだけど…」
「そ、そっか。
じゃあお城まで連れてかえって、手当てしてあげなきゃね」
ふはぁ〜、
ひとまず安心。
……ん〜?
でも、なんでこんなところでケガなんかしたのかな?
不思議がりながらふと顔を上げたら、誰かと目があった。
「………?」
誰だろ?
この子のお母さんとか…じゃないか。
ウサギにしてはずいぶん大きいみたいだし。
草むらの中から、眼と鼻先だけ見えてる状態。
どうしよ、声をかけてみようか…?
そう思ったとたんに、猫くんが大きな声で言った。
「……!?
アリス、これ普通の怪我じゃないよ!
ナイフか何かで切られたみたいに……」
その時、誰かさんが草むらから顔を出した。
とがった耳。
大きな眼。
全身、ふさふさした白い毛皮で覆われて…
……えと、なんて動物だっけ?
見た目は近所で飼ってるわんちゃんに似てるけど……
それにしてはデッカいし。
それに…なんか違うんだよね、なんというか………雰囲気が…。
目の前で大きな口が裂けた時、あたしの頭に答えが浮かんだ。
あぁ…!
これ、オオカミだ。
『…ミィツケェタァ。』
オオカミが嗤う。
真っ赤な口の中で、紅く濡れた牙が煌めいた。
『きひひ…けひゃひゃ
ギィヤァハハハハハハハハハハハハハハッ!!!
見つけたぜぇとうとう見つけたぁ"!!
なぁおぃクソガキィ…
オマエが【Alice】か?』
次回、
序章…最終回です。




