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【小話:アレクシス・ベルトラム】

王子のドキドキも書きたかったんですwww

 私、アレクシス・ベルトラムには、十年来の婚約者が居る。

 カティアナ・アーレンス侯爵令嬢。

 幼い頃に初めて顔合わせをした時の印象は、『おいしそうな色の女の子』だった。

 ミルクティ色の髪と、アプリコットのコンフィチュールのような夕暮れ色の瞳。候補者として連れてこられた令嬢たちの中でも一番幼い二人のうちの一人だった上におとなしく、もう一人の子より華奢で、触ったら壊れてしまいそうな砂糖菓子のような子。

 一目見て『この子だ』と思った。

 私はその時十歳で、もうすでにある程度の王子教育を受けていたし、王侯貴族の婚姻が政略的なものだということも良く理解していた。それでも、どうせ選ぶなら好きになれる子がいい、と思ったのは、私もまだ幼かったからだろう。

 彼女は侯爵家の令嬢で家格も他の令嬢に比べて高かったし、侯爵も有能な文官で父上の覚えも良かったため、婚約はすぐに調った。

 そこまでは良かったし、私はカティのことが大好きだった。

 それから一か月と少し後で私たちは盛大にすれ違い、以降十年間、ほとんど接触しない最低の婚約時代を過ごしたわけだが、それも無事解決し、今の私は無敵である。

 

「カティ、準備はいいかい?」

 毎年、学園の卒業式は午前中に行われ、夕方から本格的な夜会が催される。

 貴族も平民もきちんとした格式で出ることになっているのは、卒業後、本格的に社交界や王城勤務などで夜会にかかわることになる卒業生たちへの予行演習の意味もある。

 それなりの貴族は十五歳くらいにはデビュタントを行うから多少は慣れているが、平民や下級貴族の子供も卒業前にある程度レクチャーがなされ、ドレスも融通される。

 パートナーに関しては、いなくてもいいとされているが、貴族であれば婚約者を持つものが多いし、平民でもこの時期にはそれなりに気になる異性と誘いあうのが暗黙の了解のようなものだ。

 当然、私はカティのパートナーとして参加する。ドレスも装飾品もきちんと贈り、直接迎えに行った。

「殿下。本日はわざわざありがとうございます」

 ドレスアップしたカティは、美しい。

 私の瞳の色である紫を淡く染めた薄い布を幾重にも重ねたドレスと髪色のシルバーのアクセサリー。どれも押し付けすぎないよう控えめな意匠で揃えたが、色味だけで独占欲が丸出しだとクルトに盛大に呆れられたものだ。

「ドレスも、ありがとうございます」

 そう言うカティに私は思わず顔を覗き込む。

「呆れてない?」

「え?」

「・・・ええと、ほら、色が、ね。クルトに呆れられたんだよ」

 私の言葉に、カティは頬を染めた。照れて目を伏せるが、すぐに顔を上げて微笑みをくれる。

「すごく、うれしいです」

 お互いに言葉が足りなかった分、拙くてもいいから話をしようねと約束をした。それをきちんと守ってくれるカティは本当に強くて優しくて可愛い。

「・・・むり」

 ドレスアップしていなかったらぎゅうっと抱きしめてしまうところだった。にやける口元を隠すために手で口元を覆う。今日は特に気合を入れて完璧な王子様でないといけないのに。

「はい?」

「いや、何でもない。では、エスコートさせていただけますか?レディ」

 片手を胸に、もう片方の手をカティに差し出す。微笑むカティの美しい指が私に預けられる。

 指先の温度を感じながら、私は彼女を導いた。


 学園に在籍しているうちは、身分はあまり重要視されない。

 それは、身分だけで優秀な人材をつぶすことを防ぐとともに、視野が狭まることを防止するためだ。

 だから、今回も私は王族としてではなく、あくまでカティのパートナーとしての参加である。名前と顔が売れている分、どうしても注目は集まるが、それは今後カティも慣れていかなければならない状況だから、ある程度はしょうがない。

「カティ、あまり目に余る者がいたら言うようにね」

 ダンスを踊りながら、そっと囁く。

 さすが、カティとは他の誰よりも踊りやすい。学業、妃教育とともに、マナーやダンスも叩き込まれているし完璧にマスターしているのだが、それ以上にしっくりとくるというかお互いにどう動くかなんとなくわかるというか。

「みなさん、いい方ばかりですから」

 カティは微笑む。

 あの事件は特に学園内に衝撃を与えた。聖女候補とその後ろ盾だった宰相におもねる者たちは慌てふためき、冷遇されていると見てカティを見下していた者たちはその後の私の過保護ぶりに態度を一変させた。そういう意味では『いい方ばかり』になっている。

 だが、陰のあった目立たないカティが笑えるようになって、困った輩はむしろ増えている。

 カティに懸想する者たちだ。

 私は五歳も年上で、学園では一緒に居られなかった。幸い、カティの親友であるテレーゼ・ブランシュ伯爵令嬢がカティを守ってくれていたが、さすがに今日は任せておけなかった。何しろ、このパーティが終われば、学生同士の気安さはなくなってしまう。学生時代の淡い恋の思い出にと言われても、私は指先への口づけすら許したくはない。

 完璧な王子の姿も、私の色の装いも、要は独占欲と牽制だ。

 一曲踊り終え、休憩するために飲み物や食べ物が置かれているテーブルの方へ行く。

 近くには休憩できるようにいくつもソファが設置されている。そこにカティを座らせ、果実水を渡していると、クルトとテレーゼが歩み寄ってきた。

 テレーゼは卒業後、この国では珍しい女性騎士になる。王子妃、いずれは王妃になるカティの護衛として、そして、女性王族に付き従うことができる女性騎士の育成者として力を発揮するだろう。すでに彼女はカティを守ることを自分の使命だと考えていて、その仲の良さは妬けてしまうが、頼もしくもある。

 婚約者が私の側近であるクルトなので、情報のやり取りもスムーズでいい。

「殿下、顔が怖いですよ」

 クルトに言われて、私は眉間のしわを指でぐりぐりと伸ばした。

 いかんいかん。

 王子たるもの、鉄壁の外面を持たなくては。

「大丈夫ですわ、殿下」

 テレーゼが目を細めた。にこやかだが、どう見てもアレは獲物を狙う猛獣の目だ。

「ほとんどは殿下を押しのけてまで声をかける勇気はございません。ごく一握りの馬鹿は私がつぶしますしね」

「・・・お前の婚約者は頼もしいな、クルト」

「それはもう」

 堅物のクルトにこの勇敢な女性はどうかと思ったが、婚約当初からこの二人は仲がいい。立ち位置が似ていることもあるのだろうが、気が合うのだろう。クルトも敵は容赦なく叩きつぶすタイプだ。

「今後ともよろしく頼む」

 私は二人に言った。

 隣でカティが深く頭を下げる。

 私は王族で、臣下に頭を下げることはできないが、カティはまだ一侯爵令嬢だ。だから、頭を下げても問題はない。私の気持ちを考えて、そうしてくれたのだ。

 命令で人を動かすことはたやすい。

 だが、彼らには尊敬と信頼で側に居てほしい。それに足るだけの主でいたい。そう思えるのだ。

「お任せください」

「身命を賭して」

 夜会の雰囲気にそぐわないため二人とも跪くことはない。それでも声は、まなざしは真剣なものだった。

「よし、じゃあ、学生最後の思い出に、もう一曲いかがですか?」

 ふざけてカティに手を差し伸べる。

 カティはすました顔で私の手を取り、軽く礼をした。

「喜んで」

 私は不埒者の下心を全力で叩きつぶすために、カティを最高に輝かせる完璧なダンスを披露して見せた。

 大人げなくても大目に見てほしい。こんな勝手ができるのも、今夜までなのだから。

 

 一月後。

 私たちは盛大に結婚式を挙げた。

 本当は卒業後すぐにでも挙げたかったのだが、あの事件の後すぐから根回しをしても、これが最短だったのだ。

 純白のドレスと繊細な銀のティアラを付けたカティは、それはもう女神のように美しかった。

 そして、夜。

 すべての儀式を終えて、夫婦の寝室で二人隣り合わせに座った。

 そっと重ねられた手のぬくもりがもたらす安心感が大きい。ずっと手など触れない位置でいたが、あの事件以降手に入れることができたぬくもり。それでも、必ず一日の終わりには手放さなければいけなかったもの。

 だが、今日からは手放さなくてもいいのだ。じわりじわりと実感が湧く。

 なんだか泣きそうだ。私は笑えているだろうか。

「やっと君を手に入れた気がする」

「殿下・・・」

 微笑んでくれるカティは、私の気持ちを分かっているのだろう。初夜で緊張しているだろうに優しく微笑んでくれる。

「・・・名前」

「はい?」

「二人の時は名前で呼んで」

 そうねだってみると、カティは顔を赤く染めた。

 十年も他人行儀に殿下と呼んでいたから恥ずかしくて名前で呼ぶことができないというカティに、無理せず呼びやすいようにと言ったのは私だ。だが、なんとなく今ならいいかなと思えた。

 小さな声がこぼれた。

「・・・アレクシス様・・・」

 緊張が声に表れている。だが、流す気はない。中途半端で終われば、今度は子供が生まれるまでこのままだ。私には野望があるのだ。

「だめ、やり直し」

「え?」

「アレク、だよ。カティ。君は私に一番近い人間なんだから、特別な呼び方をしてほしい」

 顔を覗き込んで畳みかける。わざと軽い口調にしているが、耳が熱い。きっと真っ赤に染まっている。心臓もうるさい。それでも、あきらめたくはなかった。

「カティ、呼んで?」

 もう一度ねだると、顔を真っ赤にしたカティが唇を動かした。

「・・・アレク」

 小さな、だけどはっきりした声で呼ばれる。

 ああ、幸せだ。

 そっと引き寄せて、私を呼んだ唇に口づける。飽きるまで、君にそう呼ばれたい。いや、飽きる気も飽きさせる気もないから、一生そう呼んでもらえるように努力する。

「愛してるよ、カティ。幸せになろうね」

「はい、アレク。幸せになりましょう」

 額を寄せて、まるで子供のように単純で無邪気な約束をする。

 そうして、私たちはもう一度誓いの口づけを交わした。

これにて、一応この話は完結です。

流行りの『悪役令嬢』ものを書こう、と思い立ったものの、全然悪役令嬢じゃないし、拙いしで読みにくかったと思います。お付き合いいただきありがとうございました。

書きたい話はたくさんあります。

また、次の話にもぜひお付き合いください。お待ちしています。

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― 新着の感想 ―
[一言] 元聖女視点もちょっと見たかったような
[気になる点] ドレスアップしていなかったらぎゅうっと抱きしめてしまうところだった。にやける口元を隠すために手で口元を覆う。今日は特に気合を入れて完璧な王子様でないといけないのに。 若気る【にやける…
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