【小話:テレーゼ・ブランシュ】
小話を上げていきます。
少しゆっくり更新になりますが、よろしくお願いします。
「テレーゼ、お願いがあるのだけれど」
ミルクティ色の髪と夕焼けの瞳を持つ親友カティアナ・ベルトラムがいつになくためらいながらそう言ったのは、『あの事件』から二か月たって、やっといつも通りの日常が送れるようになった頃だった。
「いいよ。喜んで」
中身も聞かずにうなずく私にカティは思わずといった感じで笑う。
まだやせてしまった頬は少しほっそりしているけれど、やっと血色が良くなって、笑顔も屈託のないものになっている。
「テレーゼったら」
「だって、私がカティのお願いを断るなんてありえないよ」
私は騎士の家系であるブランシュ伯爵家の末娘だ。伯爵家とはいえ父も兄三人も騎士として王家に仕えている我が家は、他の貴族とはいろいろと勝手が違う。
たとえば、うちでは私が女であろうが剣術の稽古は必須だったし、乗馬も歩くより早く始めたくらいだ。
礼儀作法は叩き込まれたけれど、女性らしく優雅かといえば、それはいまいちだ。
そんな私は学園に入った時、他の令嬢と合わなくて浮いていた。かといって、平民と一緒に居ればいいかといえば、今度は伯爵令嬢という身分に引かれてしまう。
そんな中、カティは私と友達になってくれた。
王子の婚約者として浮いていたカティも寂しかったのだと後になって聞いたけれど、それをおいておいても私たちは気が合い、すっかり親友だ。
「あのね、週末、一緒に街に行ってほしいの」
「いいけど、どうしたの?」
「殿下に贈り物がしたくて」
そう言ってカティは頬を染めた。
可愛すぎる!在学期間が重なってない王太子、ざまあみろ!
『あの事件』でカティと殿下は長年の誤解やら何やらを解いて、無事きちんとした婚約者になれたらしい。だが、私に言わせればもともともっと殿下が頑張っていれば良かったのだと思う。今のところ、私の中での殿下の評価は下限いっぱいだ。
だから、ことあるごとに殿下にはカティの可愛い話をして悔しがらせることにしている。私の婚約者クルトは殿下の側近だし、四人でお茶会をすることも増えて、その時にはクルトに呆れられるくらい私たちはカティを取り合っている。
「じゃあ、カティとデートだ」
「やだ、テレーゼったら」
戻ってきた二人で笑いあえる時間に私は感謝した。
うららかな春の日。
王都の町は人であふれ、噴水の水はきらきらと陽光を反射して輝いている。
けれど、それよりも輝いている存在が噴水の前に立っていた。
「テレーゼ!」
にこやかに笑うカティは、学園の制服でもドレスでもなく、上品なワンピースとつばの広い帽子姿だった。
ミルクティ色の髪はシンプルにうなじの当たりでバレッタで止めている。
可愛い。
「カティ、可愛い!」
「テレーゼも素敵よ!」
褒められて私は笑みが浮かぶのを止められなかった。
今日はちょっと工夫したのだ。街歩きをするとは言え、カティは侯爵家の令嬢で王太子の婚約者だ。家からも王家からも護衛がついているけれど、さすがにぞろぞろ連れては歩けない。でも、女性二人だと不用心だ。
というわけで、今日の私は男装している。
胸を隠すほど本格的ではないけれど、一見、少し裕福な商家のお坊ちゃんとお嬢さんに見えるようにした。金持ちに見境なくたかりに来る輩が出てくるほどの場所には行かないから、ナンパを撃退するのが目的だ。その辺の男なら負けない程度の訓練は家で積んでいる。
「じゃあ行きましょうか、お嬢様」
「ええ」
そう言ってくすくすと笑いながら私たちは歩き出す。
「行きたいお店はあるの?」
「そうね。迷ったのだけど、文具のお店かしら」
「いいね」
文具を売るお店の中でも少し大人っぽい雰囲気のある所を選んで入ると、中はインクの匂いがふわりとした。
ペンやインク壺、手帳、ペーパーナイフや革製の書類入れまで、いろんなものが並んでいる。
「アクセサリーはあまり着けられない方でしょう?ペンなら普段使いしていただけると思って」
「いいね。ああ、そうだ。木製の軸にペン先をつけるものがあったよ。軸に文字を入れられるとか」
「素敵ね!」
そう言って、カティはペン軸を選びに行った。私は私で店の中を見て回る。
カティはあの事件で本当につらい思いをした。あの女の暴走だったとはいえ、周りがカティを疎かにしすぎた結果だと思っている。私も含めて。だから、余計に今笑っていてくれることが奇跡だし、二度とあんなことを起こしちゃいけないんだ。
やっと納得できたらしく、リボンをかけた箱を受け取ったカティを連れて、私は評判の店にカティを連れて行った。
貴族も相手にする店で個室が用意されている。
そこで私達はお茶をしていた。
「カティ」
「なに?」
「これを受け取ってくれる?」
私は小さな箱を差し出した。
首を傾げて、でもためらわず受け取って箱を開けてくれる。中身はガラス製の小さな置物だ。机の上にことんと置いてくれたのは小鳥。私はその横に自分の分を置いた。狼が小鳥を守るように寄り添う。
「テレーゼ?」
「カティ、卒業したら私をカティの近衛騎士にしてくれない?」
そう言うと、カティが目を丸くした。
一応私が騎士の家系であることも剣術や馬術を修めていることも知っているけれど、制服やドレスで会うことしかなかったからピンとこないんだろう。
でもずっと考えていたことだった。
「護衛も王家の影も男性だろう?前から女性騎士の存在は検討されていたらしいんだ。私もせっかく身につけた技術があるならそれを活かした仕事がしたい。だから、私に守らせて」
私の突然の申し出に目を瞬いていたカティは、やがてふわりと微笑んだ。
「大変なお仕事だと思うわ。いいの?」
「させてくれる?」
「ええ」
それからカティは少しいたずらっぽく笑った。
「でも、親友はやめさせないから兼任よ?」
「仰せのままに」
私達はいたずらを企む子供のように笑った。
次の日、カティが男性とデートをしていたと敵対勢力から聞かされて、わざわざ学園まで王太子殿下が確認に来た。
カティから贈り物を受け取って相手が私だったとネタばらしをしたときの殿下の間抜けな顔に、私は不敬にも爆笑を我慢するのに大いに苦労したのだった。
テレーゼと殿下はカティの右と左で張り合う仲。