【5】
見に来てくださってありがとうございます。
本編最終話です。
「フェリア嬢は王太子の婚約者を害した罪で修道院に入れられた。具体的には誘拐と監禁、禁止薬物の使用、偽証、買収あたりかな。彼女が使っていた夢見の香は人に暗示をかけて言うことをきかせるものだし、君はおそらく深淵の闇という眠り薬を飲まされている。あまり無茶な使い方をすると眠ったまま二度と起きない可能性もある危険なものだ。そのせいで、君の体力の戻りが遅いんだ。不自然にすごく眠くなるのもその後遺症だね」
「・・・そうだったんですね」
あの甘い匂いが香だったんだろうか。あの時は、なぜかフェリア様の言うことが正しいと思い込んでいた。
「なんとか解毒できたけど、本当に危なかったんだ。だから、聖女候補ではあったけれど情状酌量の余地はなし。それどころか、聖女の資格だった治癒魔法も消えてしまったらしい。罪しか残っていないフェリア嬢は生涯修道院から出られない」
冷静を装ってはいるけれど、殿下の手はまだ震えている。怒りなのか、恐怖なのかわからないけれど、私のせいで小さな時から王子として自分を律してきた人にこれだけの衝撃を与えていることがつらい。
「殿下」
「うん。まあ、そういうことだから。それに伴って、協力者諸々の処理は済んでいる。・・・でも聞きたいのはそれじゃないよね?」
「はい、あの・・・殿下はどうしてこんなに優しくしてくださるんですか?」
自分で言っていて恥ずかしい。でもどうしても聞きたくなるほど、今の殿下は今までとは違った。
溶けそうなほど優しくて、誰が見てもわかるほど大切にしてくれて。
そして、見ていないうちに私が消えてしまうかのように怖がっている。
今までの対応なら、私はすぐに家に帰されていただろう。見舞金くらいは出るだろうけど、私の看病は人を送るだけで自分でやろうなんて考えなかったはずだ。
「・・・君が好きだからだよ」
「・・・え?」
ぽつりとつぶやかれた言葉に殿下を見ると、耳まで真っ赤になっていた。つられて私の顔も熱くなってしまう。
「君が好きなんだ。カティ。迷惑かもしれないけど、もう知らないうちに消えたりされたくないんだ」
「でも、ずっと殿下は私を避けていらっしゃって」
「それは・・・君が」
殿下の紫の瞳が泣きそうに潤んだ。苦い笑いが口元に浮かぶ。
「君と私の間に『真実の愛』はないって言ったから」
「あ・・・」
ふと、幼い頃のことを思い出す。
殿下と結婚できないと泣いた時?
「あんまり泣いてけっこんできませんっていうから、理由を聞いたんだ。そしたら君がそう言うから」
「・・・それは」
あれは殿下だったんだ。
胸が痛い。
「・・・調べたんだよ」
「え?」
「『悪役令嬢』。小説で流行り始めてたんだってね。さすがにそれを鵜呑みにはしなかったけど」
王子様と最初に婚約した『悪役令嬢』は、『真実の愛』を見つけた王子を手放したくなくてその相手を害そうとする。行き過ぎた嫉妬はやがて彼女を破滅へと導く。
流行りの小説の展開。
じゃあ、意地悪をしなければいいのではないか。
でも、王子様は『真実の愛』のお相手と婚姻するのだから、何もしなくても婚約は破棄されてしまうんだろう。
だったら、せめて好きな殿下に嫌われないで穏やかに別れたい。
そう思っていた。
「でもね、その時に気づいたんだ。君はまだ五歳で、もしかしたら私との婚約の意味もまだ分からないのではないかって」
「殿下?」
「この先、君がもし恋をする年になった時、君が他の人を好きになったらこの婚約は足枷になる。王子の婚約者だから、恋さえできない。それはかわいそうだと思ったんだ。だから、できるだけ会わないようにしようと思ったんだ」
私は驚いて殿下を見つめた。殿下の苦笑は深くなる。それでも、瞳だけが泣きそうに揺れていた。
「私もまだ幼かったんだよ。放り出しておけば、君が自由になれると思っていた。君がどう思うかなんて考えてなかったんだ。それに周りの反応も」
殿下は顔を伏せてしまって、握っている私の手を縋るように自分の額に当てた。
「私が放り出すことで君を虐げてもいいと思うなんて、想像もしていなかったんだ。ごめん、カティ」
「そんな・・・殿下、お顔をお上げください!」
私は慌てて手を引こうとしたけれど、殿下の手は外れてはくれない。痛いほど力を入れているとは思えないのに、びくともしない。
だから空いている左手で殿下の頭をそっと撫でた。
不敬かもしれない。でも、私が泣いていたあの時、頭をなでてくれた温かさを覚えているから。
「ずっと、私はかりそめの婚約者だと思っていました」
ぴくりと殿下の方が震えた。
「きっと、素敵なお嬢様が現れて私の役目は終わるんだろうと、最初からあきらめていました。殿下がフェリア様の手を取って笑っているのを見た時、私、思ったんです。とうとうこの時が来たんだ、って」
「それは」
「今はわかっています。殿下も私を大事にしてくれてたって。あんな小さい時の言葉を大事にして守ってくれてたって」
殿下の髪の毛はさらさらとしている。その感触にドキドキしている。
「私、殿下が好きなんです」
「好き・・・?私が?」
「はい」
「あんなにひどい態度を取っていたのに?私の婚約者だからこんなにひどい目にあったのに?」
泣きそうな声がくぐもっている。自分を責めていることが痛いほどわかって、胸が苦しい。
「殿下が好きだから嫌われたくなかった。それを殿下の為なんて言って、誤魔化していたんです。本当に殿下の為に何かするなら、私はちゃんと殿下に聞かなきゃいけなかったのに」
私はそっと、俯いている殿下の頭にキスを落とした。
ゆるゆると顔を上げる殿下に私は笑って見せる。
「幸せでいてください、殿下。そのために私、何をしたらいいですか」
「だったら」
殿下の腕が私を抱き寄せた。
「側に居て、カティ。君が一緒にいてくれたら、私はちゃんと幸せだから。今度は守り方を間違えないから、もう一度私に君を守らせてほしい」
「わかりました。離れません」
「君は?僕は君に何ができる?」
「私も、側に居てほしいです」
「じゃあ、一石二鳥だ。もう離さないから覚悟して」
「はい」
私の返事に嬉しそうに笑った殿下が額に、頬に、唇に口づけをくれる。
優しいぬくもりに、私はあんなに不安だったのが嘘のように安らぎを感じていた。
-了-
この後、いくつか小話を書きたいと思っています。
書きためがないので時間がかかるかもしれませんけど、がんばります。
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