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【4】

見に来てくださってありがとうございます。

よろしくお付き合いください。

 最低限の食事と身の回りの世話はされたが、私がほとんど食事をとれなかったせいで、三日もすると起き上がることができなくなった。

 水はまだいいのだが、少しでも味や匂いがあると吐き戻すのだ。

 それに、眩暈や強い眠気が不定期に襲ってきて、長い時間起きてはいられない。

 そうしてどれほどたっただろうか。

 今まで聞いたことがない騒がしさに、まどろんでいた私はゆっくりと意識を浮上させた。

 窓から斜めに入る夕日がひどく赤い。

 誰かが叫ぶ声とばたんばたんと響く大きな音が近づいてきて、この部屋の扉が乱暴に開かれる。

 誰かが駆け込んできたが、逃げようにももう私は動けない。

「カティ!」

 ただぼんやりと天井を見たままの私に、誰かががばりと抱きついた。

 目の前にさらさらとした銀の髪がある。

 お父様とお兄様は茶色い髪だし、お母様は私と同じ乳白色をもう少しくすませた色をしている。

 知っている銀色の髪の方は、彼と彼のお母上だけ。

 でも、この人の声で私の名前を呼ばれたことがあったかしら。

「・・・でん、か・・・?」

「カティ、カティ、すまない。私が悪かった。許してくれ!」

 なぜか殿下は必死に叫んでいて、声が震えていた。それを聞くと胸が痛い。

 殿下がなぜそんなに泣きそうな声をしているの。

 どうして来てくれたの。

 私、あなたにひどい手紙を送ったのに。

 いくつも聞きたいことがあるのに、言葉になる前に泡のようにはじけて消える。

 また、ひどい眠気が私を闇に引きずり込む。

 私は殿下の服をなんとかつかんで、そのまま意識を失った。



 それから何回も私の意識は浮上しては沈んだ。

 眠りは泥のように私を捕まえていて、少し浮上してもまた引きずり込まれてしまう。

 でも、その間、ずっと誰かが側に居てくれたような気がした。

 頭をなでてくれたり。

 手を握っていてくれたり。

 頬に手を添えてくれたり。

 そして、優しい声で私を呼ぶのだ。

 カティ、もどっておいで、と。


 目を開けると、天蓋があった。

 あの、どこだか分らなかった小部屋ではない。でも、見慣れた自室の寝台でもなかった。

 体が重く、動かしづらかったが首を横に向ける。

 そこに、その人はいた。

 少し離れた椅子に座って長い足を組んでいる。

 開けた窓から入る風に銀の髪を少し乱されている。

 手には何か紙を持っていて、紫の瞳がそれを見つめている。

 少し着崩した服装は今まで見たことがないほど軽装で、そういえば見る時はいつもきちんとした装いの時ばかりだったと思い出す。

「・・・でんか?」

 なんとか声を絞り出すと、かすれてほとんど音にならなかったのに、はっとその人が顔を上げた。

 目を見開き、泣きそうな顔をしてこちらを見ている。

「カティ・・・」

 手から紙がはらはらと落ちた。

 殿下は立ち上がってこちらに歩いてくると、私の頬にそっと触れた。ひんやりとした指が、震えている。

「良かった・・・」

 ぽつりとつぶやくように言うと、ぱたぱたと水滴が落ちては寝具に吸い込まれていった。

 殿下は、泣いていた。

「ごめ・・・な・・さ」

 ごめんなさい。そう言おうとしてせき込んだ私を少しだけ起こして、殿下は側に置いてあった水差しの水をグラスに注いで口元に当ててくれる。舐めるように少しずつ口に含むと、のどのひりつきが和らいでいった。

 そのグラスを置いて、殿下はそっと私を抱きしめた。

 本当に優しく。

 まるで力を入れたら壊れてしまうと思っているかのように。

「死んでしまうかと思った。君を、失ってしまうかと・・・」

「ごしんぱい、おかけ」

「無理にしゃべらなくていい。すぐに侍医に見せるよ。今、君がすることは元気になること。私とはそのあとゆっくり話をしよう」

 サイドテーブルに置かれたガラスのベルを鳴らすと、メイドが二人入ってきた。私を抱きしめたままで殿下はいろいろと指示を出し、急に辺りは騒がしくなった。


 私が寝ていたのは、王宮にある王子妃の部屋の寝室だった。

 本当は婚姻してからしか入れないその部屋は、殿下の部屋とはつづき部屋になっている。何かあってもすぐわかるから、という理由で殿下が押し切ったらしい。

 そうはいっても、診察の時と着替えの時以外は、誰が何と言おうと殿下はこの部屋を離れようとしなかった。

 書類を持ち込み仕事はすべてここでこなして、私が見えない場所には動かない。ちゃんと寝ているのか心配になるくらい、いつ目を覚ましても殿下はそこに居てくれた。

 なんとか声はすぐに出せるようになったのでお部屋に戻ってくださいとお願いしても、殿下は頷かなかった。それどころか、国王陛下も王妃殿下も私の両親も殿下の味方をして、私の言うことをにこやかに却下した。



「ほら、カティ。あーん」

 殿下は見たこともないいい笑顔で、私にスプーンを差し出す。

 最初は手を動かすことさえ難しくておとなしく食べさせてもらった。あの時のように吐いてしまうかと思ったけれどまるでそんなことはなく、栄養が体に広がっていくのを感じた。だが、次第に胃が食べ物を受け付けるようになってもう自分で食べられるようになっても、殿下は私にカトラリーを渡してくれないのだ。

「殿下、自分で食べられます」

「却下。自力で椅子に座って肉料理が食べられるようになるまで認めないから」

 確かにまだ病人食だけれど。

 少し拗ねて殿下を見ると、その表情に思わず吹き出して笑う殿下に、また私は驚いてしまう。

 遠くから見ている時も、数少ない公務の時も、殿下はほとんど表情を変えたことはない。いつも冷静で揺るがない人だと思っていた。だからこそ、学園でフェリア様をエスコートしているのを見た時に、その笑顔に衝撃を受けたのだけれど。

 まだまだ少ない食事を終えて片付けに来たメイドが退室した後、私は殿下に声をかけた。

「殿下、教えていただきたいことがあります」

 殿下は私の方を見て、手に取った書類を元に戻した。椅子を持ってきて寝台の横に座り、私の右手をそっと包み込んでくれる。

「いいよ。話をしようか」

もしよろしければ、評価をお願いします。

あまりドラマティックな展開もないですが、次回で本編が終わる予定です。

別視点の小話を書ければいいなと思っています。

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