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【2】

 それからは今まで以上に目立たないように気を付けた。

 婚約を破棄されるのなら、できるだけ穏便に、が私の希望だ。

 世の『悪役令嬢』のように殿下の『真実の愛』を否定するつもりはないし、美しいお相手をいじめたり陥れる気もない。それを疑われることもないように、同じ学年であるフェリア様との接点はできるだけ持たないようにしている。幸い、クラスも違い、挨拶すら交わさないのでそれは難しくなかった。

 フェリア様は聖女としての教育があるのか、ほぼ毎日放課後は王城に行く。教育は厳しいが、その後で殿下や側近の方々とお茶をするのが楽しいとお友達には話しているそうだ。

 直接耳にすることはないけれど、殿下のお話をしない私と比べてとても親しくしているという印象を与えているらしい。

 私は放課後は教室や図書館で時間を過ごすことが多いから、フェリア様の方が殿下に時間をいただいているのは事実だし、それに何かを言うつもりはない。

 少しだけ寂しいけれど、それもこの十年で慣れてしまった。

「カティアナ・アーレンス嬢?」

 夏休み前のある日、私は学園の廊下で声をかけられた。

 立ち止まって振り返ると、殿下の側近のクルト様が立っていた。クルト様は殿下と同じ年なので、学園は卒業されている。今日は何かの用事があっていらっしゃったのだろう。手に紙の束を持っている。

「クルト・バルテル様、ごきげんよう。お一人なのはお珍しいですね」

 王子妃教育で叩きこまれた笑みを浮かべてそう言うと、なぜかクルト様は難しい顔をして私をじっと見つめていた。深い緑の髪と瞳、そして冴え冴えとした美貌で人気がある方なのだけど、眉間にしわを寄せて厳しい顔をしていると、普通の方より数段怖い。私は怯えを顔に出さないように気を付けながら、首をかしげて見せた。

「どうなさいましたの?」

「貴女は・・・何を考えているんだ?」

 本当に珍しい。

 私はさすがに驚きを隠せなかった。

 クルト様は殿下の側でお仕事を補佐するのが役目なのでほぼ一緒に行動されているけれど、一対一で話をしたことは一度もない。呼び止められただけでも驚くのに、彼は私を責めるような口調だった。不機嫌を隠そうともしない。そんなに怒らせるようなことがあっただろうか。

「どういう意味でしょう?」

「なぜ、貴女は殿下に会いに来られない?フェリア嬢は頻繁に来られるというのに」

 私はその言葉にさらに驚いて目を瞬かせた。

 婚約してから十年。殿下の方が私に興味を持たれていないのだから。

「私は学生ですし、殿下はもう王太子としてのお仕事をしていらっしゃいます。御用もないのに私がお時間を取っていいお方ではありませんでしょう」

「ですが、貴女は婚約者でしょう」

 なぜ、焦れたような顔をしているのだろう。

 彼が何を言いたいのかわからず、私は困惑してしまう。

「ええ、ですから学ぶことはいくらでもあります」

 もうすぐ殿下の側を去るとしても、今はまだ婚約者だから怠けていれば殿下の評価にも響くのだ。

 それに学生の私より殿下の方が格段に忙しいのだから、誘われるならともかくこちらからお時間をくださいなんて言えない。

 無理をされるくらいなら体を休めてほしいと思うほど激務だと聞いている。

 違う。私は怖いのだ。

 わがままを言って疎まれるのが。面倒だと思われるくらいなら、多少冷たくても手を煩わせない婚約者だと思われた方がマシだった。そんなことはクルト様には言えないけれど。

「殿下にはお体を大事になさってくださいとお伝え願えますか?」

「・・・わかりました」

「では、失礼いたします」

 私は丁寧に礼をしてその場を辞した。

 クルト様が知らないはずはないのに。

 どれほど夜会があっても殿下にほとんど声をかけていただけてないことを。

 かろうじて誕生日に贈り物が届くだけで、手紙を交わすこともないということを。

 なのになぜ、あのようなことを訊くのだろう。フェリア様のように殿下にお会いしていないのが、私のせいだというのだろうか。

 私は隠していた傷を暴かれたような気がして、目を伏せて図書館へ急いだ。



 夏の休暇が終わり、学園に戻ると空気が変わっていた。

 どこもフェリア様の噂でざわざわとしている。それと共に、私には少し冷たい視線が送られるようになっていた。

 夏の休暇の間に、殿下はフェリア様を王家の離宮へ招待したのだという。

 しかし、その話をする時にフェリア様が私は一度も呼ばれていないと言ったので、婚約者交代の噂が一気に広まったのだ。

 それと同時に、なぜか私が何もしていないのにフェリア様をいじめているという噂が出始めた。

 彼女の持ち物を隠したとか、伝言を伝えなかったとか。冷たい視線はそのせいだろうか。

「ちょっと、カティ。放っておいていいの?」

 人の目が煩わしくて元気がないと思われたのか、仲のいいテレーゼが放課後私を強引にお茶に連れ出してくれた。

 学園には食堂の他に個別に予約を取って使用できる小さなサロンがいくつか存在する。お友達とお茶をするのに最適な小部屋で、生徒なら誰でも使える。そこを取ってくれたテレーゼが二人きりのお茶会をしてくれたのだ。

 心配というよりも苛立たしいという風に、テレーゼは眉をひそめていた。彼女は騎士を多く輩出しているブランシュ伯爵家の令嬢なので、まっすぐではっきりとした性格をしている。陰でこそこそと人の話をするような行為は許せないのだろう。

「いいのよ」

 私はそう言って、クッキーをつまんだ。

「でも」

「フェリア様は卒業したら聖女になるのだし、王家の方々とは親密に付き合っていかれるわ。・・・そういうことだと思うの」

「でも、貴女は殿下とは全然会っていないんでしょう?彼女に時間を割くくらいなら婚約者を大事にすればいいのに」

 少しテレーゼが申し訳なさそうなのは、クルト様とこの夏の休暇中に婚約したからだ。学園が休みの間にお互いの領地を訪問しあったと教えてもらった。ほぼ一緒に行動しているクルト様がそれほどの時間が取れるのだから、殿下だって休暇くらい取れるだろうとテレーゼは言っているのだ。

  クルト様は厳しそうだけれどテレーゼには誠実な方のようだから、殿下もお休みを取らせたのだろう。クルト様はそれを有効に使ったようで、テレーゼはクルト様の話をするととてもかわいらしい表情をする。

 だから、そんな申し訳なさそうにされると心が痛む。

「殿下はお忙しいですもの。しかたないわ」

「カティったら・・・」

 たいしたことはないと特に激することもない私に、テレーゼはため息をついた。

 私はあきらめているだけなのだ。真実の愛を見つけたら、『悪役令嬢』は舞台からいなくなるのだと聞いて泣いてから、私の目標は『最悪の状態での婚約破棄を回避すること』になったから。

 必要な時以外呼ばれない婚約者。

 誕生日の時にしか贈り物をもらえない婚約者。

 私が選ばれたのは家柄だけで、もしお父様が政敵に負けたなら、すぐに替えられる存在。そんな存在に時間を割くのは無駄なのだから。

「大丈夫よ」

 それでも少し鼻の奥がツンとする。それをこらえて顔を俯けていたから、その時テレーゼがどういう表情をしていたのか、私は知らなかった。

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