【1】
初投稿です。
悪役令嬢と入っていますが、悪役令嬢ではありません。転生でもありません。
ゆるふわ設定およびイメージ先行文章なので読みにくいかもしれませんが、よろしくお願いします。
「カティアナさまは『あくやくれいじょう』になるのね」
アレクシス殿下と婚約したあとに出席したお茶会で、私はその言葉を初めて聞いた。
まだ五歳くらいだったと思う。
社交とまではいかないが、同じくらいの年頃の子息令嬢が親に連れられてきたお茶会やガーデンパーティで一緒に遊ぶのは良くあることだ。そうやって幼い時から顔を覚え、相性を見て縁談をまとめたり将来の交友関係を築いたりするのだ。
その時も、同じような家柄の子供が十人くらい参加していた気がする。
ほんの一か月前にアレクシス・ベルトラム第一王子殿下との婚約が決まった私は、参加した子供たちの輪に入れずに独りぼっちだった。
同じ年頃の令嬢たちも殿下の婚約者候補だったはずだから、いくら幼くても平然と遊んだりおしゃべりすることはできなかったのだろうと今では理解できる。親には殿下に気に入ってもらえと命じられていたはずだし、選ばれた私よりも頭がいい子も、私よりも容姿が優れている子もたくさんいた。幼くても、親に失望され、怒られた原因が私だということはわかるのだ。そんな子と仲良くする子なんか一人もいない。
でも、その時の私はまだ何も知らなくて、ただ一人でいるのが寂しかった。
だから、話しかけに来てくれた彼女がとても優しい人に見えたのだ。
彼女はふわふわの金髪と澄んだ青い目をしたお人形のような子で、その顔にとても綺麗な笑顔を浮かべていた。
「『あくやくれいじょう』ってなんですか?」
知らない言葉だったのでそう訊くと、彼女はにっこりと笑った。
「おうじさまが『しんじつのあい』をみつけたら、けっこんのおやくそくはなくなってしまうのよ。おうじさまがすきなひとはひとりだけだから、あなたはおじゃまになるの」
「しんじつの、あい?」
「そうよ。おとうさまたちにきめられたこんやくしゃなんて、ほんとうのこいびとではないでしょう?それにきっと、あなたはそのこにいじわるするんだわ。そしてきらわれてしまうのよ」
「いじわるなんか、しないわ!」
「あら、それはあなたのおしごとなのよ?」
(わたしは、したくないのに)
悲しくて、涙がぽろぽろと落ちた。
でも、彼女は私を慰めることも大人を呼ぶこともなく、他の方とお話を始めてしまった。言いたいことを言ってしまえばもう用はないというように。
彼女は一人でいる私に構ってくれたわけではないのだ、とその時にようやく気が付いた。
私はいつか殿下にいらないと言われるのだと、それが言いたかっただけなのだ。それなのに幸せそうにしているのは滑稽だと。
殿下は優しくて綺麗な方だったから、私は一目で好きになってしまったのだけど、こんな泣き虫でとりえのない子を好きになるわけがない。
きらきらと綺麗な彼女に比べて、私は髪の毛もぼんやりとした乳白色で、瞳はくすんだオレンジだ。その色は優しい両親と同じで大好きだったけれど、殿下と並べばどうしても彼女のようなきらきらした色の方が綺麗だ。
難しい言葉をすらすらと話す彼女に比べて、私はうまく話せなくてすぐうつむいてしまう。
輝くような笑顔を浮かべる彼女に比べて、私はぼろぼろと涙を流す泣き虫だ。
とても悲しかったけれど、違うということはできなかった。
だから、殿下が『真実の愛』を見つけたら、相手の方に意地悪はせずに嫌われないうちにお別れしよう、と心に決めた。
あれから十年がたち、殿下は二十歳、私は十五歳になった。
殿下は十八歳で王立学園を卒業されて王太子として認められ、今は国王陛下について色々なことを勉強していらっしゃる。
私の方は、今年、入学したので学生時代は重ならない。
それが残念だった。
もし同じ時期に学園に通えていたら、偶然を装って姿を見ることができるのに。
婚約者とはいえ、殿下と会える機会は多くない。というよりも、殿下は極力私と会わないようにしているようだった。夜会ですらどうしても婚約者でなければいけない時しか呼ばれないので、私のパートナーはたいていお父様かお兄様だった。
婚約して十年たつのに、お顔を見た回数すら両手の指で足りてしまう。そのうち半分は遠くから垣間見ただけだ。
だから、その日、学園の廊下で、知らない間に来ていたらしい殿下を偶然見つけた時には、心が跳ねた。
用事を邪魔することはできないけれど、帰りがけに声をかけてもご迷惑ではないかしら、と。
だけど、学園長の部屋から出てきた殿下は、女子学生をエスコートしていた。
確か、フェリア様。
以前は伯爵家のお嬢様だったけれど、離婚したお母様の再婚相手は商家の方で、今は平民だ。でも、学力も魔力も優れていて貴重な治癒魔法が使えるため、宰相閣下の後見で学園に通っているのだ。
卒業後は聖女の称号を得て国の為に働くことが決まっているため、学園の中ではすでに聖女として扱われている。
外見も、豊かな金の髪に晴れ渡った空のような青い瞳で、殿下の手を取る姿は王女もかくやという堂々とした美しさがあった。
声をかけることなんてとてもできず、私は立ち尽くす。
殿下とフェリア様は私が居る方とは逆に歩いて行ったから、たくさんの生徒にまぎれていた私に気づいてはいないだろう。
殿下の側近のクルト・バルテル様がこちらをちらりと見た気がしたけれど、それも一瞬で本当にこちらを見たかどうかわからない。
私はうつむいてその場をそっと離れた。
殿下とフェリア様が手を取り合い、微笑みあう姿が目に焼き付いている。
とうとう、その時が来てしまったんだわ。
私は深いため息をついた。
私は親の決めた婚約者だ。
お父様が侯爵だから運よくその地位をもらえたけれど、殿下が『真実の愛』を見つけたら、そしてその女性が身分も釣り合う方なら私がその地位にいることはできない。
私の希望は婚約が破棄された時、できるだけ殿下に嫌われていたくない、ということだけ。
そうすれば、文官や女官として王城で働けるかもしれないし、家族にも迷惑はかけないから。
だから、そろそろ心づもりをしておかなければ。