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【書籍化】不遇令嬢とひきこもり魔法使い(旧題:不遇の令嬢とひきこもり魔法使いはふたりでのスローライフを目指します)  作者: 丹羽夏子


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第29話 のどかで、なごやかで、時々口づけをするだけの清らかな日々(完)

 エルドとネヴィレッタは、二人の小さな家の裏、エルドが家庭菜園をして育てた畑にいた。


 今日のネヴィレッタは、膝上までのチュニック、脛をすっぽり覆い隠す長靴、そしてその長靴に裾が入る形のズボンをはいていた。首には手拭いを巻き、手には手袋をはめている。頭にはつばのある帽子をかぶっている。日光はもうさほど強くないが、長時間屋外にいるので念のために、とエルドにかぶらされた帽子だ。その下の髪は太くて長い一本の三つ編みにして垂らしている。エルドが編んでくれた。彼は手先が器用で何でもやってくれる。


 エルドも長袖長ズボンの完全防備の服装で、やはり膝まで達する長靴、首には手拭いを引っ掛け、手袋をつけている。一本にくくった髪が背中で尾のように揺れていた。ネヴィレッタは上着をと言って家から持ってきたが、肉体労働をしているうちに暑くなったらしく先ほどその辺の切り株に引っ掛けた。


 エルドが鍬で慎重に土を掘り返す。中に埋まっている芋を傷つけないように、だ。


 今日収穫している芋は初めて会った頃に魔法をかけていた芋ではない。彼が春に一人で植えた甘藷である。


 土の中から長大な紫のかたまりが見えてきた。ネヴィレッタは興奮した。


「どうぞ」


 くり抜くように芋を取り出す。根のほうが奥まで埋まっているらしく、引っかかるような手ごたえを感じてなかなか出てこない。


「ちょっと強引に引っ張っても大丈夫」


 言われるがまま、力を込めて引いた。

 芋が引っこ抜けた。

 勢い余って尻餅をついてしまったが、下は柔らかな畑の土だ。尻が土で汚れただろうが、これはこれでいいのだ。


「抜けたわ!」

「おめでとう。まだまだ数え切れないほど埋まっているからよろしくね」

「がんばる!」


 自分で掘り出した芋が愛しい。体を覆う土を払い、うっとりと眺める。抱き締めて頬ずりしたいが、さすがに顔まで土まみれになるのは避けたい。


 あれから二ヵ月が過ぎた。

 季節は秋から冬へと移ろおうとしていた。日光は傾き、夜の時間が長くなった。


 だがネヴィレッタは毎日ぽかぽかとした気持ちで過ごしていた。温かくて、暖かくて、毎日がほっこりして感じられた。


 今、ネヴィレッタはフラック村で暮らしている。村のはずれにある、冬にレナート王子が短期間避寒に訪れるという領主館に身を寄せている。数人の使用人たちと生活しているが、血縁者はいない。

 親族どころか、この村にはエルド以外の知り合いは一人もいなかった。だがここで暮らしているうちに少しずつ村人たちと交流するようになってきて、最近は声をかけてくれる顔見知りが増えている。


 新しい使用人たちはネヴィレッタによく仕えてくれている。誰ひとりネヴィレッタを邪険にせず、丁寧な接し方で仕事をこなしてくれる。過剰にちやほやされないのもよかった。みんな適度な距離を置いていて、静かに暮らすことを望むネヴィレッタに干渉しなかった。ネヴィレッタは人生で初めて自宅というもので過ごすことに安心感をおぼえていた。


 時々聖女の力を頼って訪ねてくる人もいる。


 最初のうちは言われるがままに治していたが、患者が雪だるま式に増えてきてしまい、レナート王子に安易な魔法の使用を禁じられた。さすがのネヴィレッタも片っ端から治してもこの先ひっきりなしになってくるのはわかってきたので、仕方なく王子の言いつけを受け入れた。


 でも、何かをしたいという気持ちは日々強くなる一方だ。


 先日、近いうちに村のどこかに病院を建ててもらうよう王子と約束した。

 療養させ治癒させるのは子供だけと定めるつもりだ。一人でも多くの子供を大人にしてやりたかった。深い理由はない。自分より年下の魔法騎士たちが死んでいくのを目の当たりにしたからかもしれない。ガラム王国の未来のために必要なことのように感じていた。


 人間を治すことは禁じられているが、動物も治せることはまだ見つかっていないらしい。

 ネヴィレッタはたまに村人が飼っている家畜の治療をしている。牛や馬にも感謝されて過ごす時間にネヴィレッタ自身が癒されている。

 そのうち領主館でも何か動物を飼おうかと思うこともある。しかし嫁いだ時に連れていけるかどうかを考えたら簡単に生き物を増やすわけにはいかない。


 エルドとは一緒に暮らしていない。

 理由は単純だ。ネヴィレッタがまだ十七歳だからだ。

 二人は当初この小さな家で二人暮らしをすることを考えていたが、マルスがやんわり気が早いのではないかと言ったので、エルドがまだしばらく婚約期間中として離れて暮らすことを提案したのである。

 ネヴィレッタは十分大人のつもりだったし、一刻も早くエルドと一緒になりたかった。だがエルドがダメというならダメなのだ。頑固な人である。


 とはいえエルドの小さな家とネヴィレッタの領主館はゆっくり歩いても四半刻もかからないような距離だ。毎日顔を合わせて、日中はほとんど一緒にいる。のんびり、晴れた日には農作業か森の散策、雨の日には家の中で裁縫や料理をして過ごしている。のどかで、なごやかで、時々口づけをするだけの清らかな日々だった。


 二人が正式に結婚するのがいつになるかはわからない。すべてエルドの一存だ。ネヴィレッタは定期的にすぐにでもと駄々をこねているが、まだ早い、まだ早い、と言われ続けている。


 しかしまったく目処が立っていないわけでもない。


 エルドはこの小さな家を改築工事することにした。ネヴィレッタが引っ越してくることを考えて一部屋増築するらしい。ここ数日職人が家を訪れてエルドと寸法を測ったり図面を書いたりしている。冬の間には着工して、春になる頃には完成している予定だ。そうしたらネヴィレッタも十八歳だ。楽しみでならない。


 家が大きくなってしまうのは少し寂しい。けれど二人で暮らすためだ。将来がどうなるかまったくわからないが、もし家族が増えるようなことがあったら、またさらに改築するかもしれない。


 森の中の、わたしたちの家。


 芋をあらかた掘り終えた。太陽はいつの間にか頭上高くで輝いていた。


「今日のお昼は焼き芋にしよう」


 エルドが言った。


「焚き火で焼いて、バターをのせて食べよう。素朴な素材の味だよ」


 想像して、ネヴィレッタはよだれを呑み込んだ。森で採れるもの、畑で採れるもの、エルドが用意してくれるものは大抵焼いただけでもおいしい。昼に焼いた後、夕飯に、翌朝のご飯に、さらに次の昼ご飯に、としばらく同じ食材が続く日もあるが、エルドは料理がうまくてネヴィレッタはまったく飽きない。


「夜はシチューに入れて、朝はペーストにしてパンに塗って、お菓子にスイートポテトを作ってさ。甘辛い煮物にするのもいいね」

「天才だわ」


 エルドがきょとんとした。ネヴィレッタはちょっと驚いた。何か変なことを言ってしまっただろうか。


「エルド?」


 ややして、彼が微笑んだ。


「魔法使いとして天才と言われたことはたくさんあるけど、料理する人間として天才と言われたのは初めてだ」


 ネヴィレッタも笑った。


「毎日作るよ。毎日一緒に食べよう。そして君をもっと太らせる」

「嫌だわ、これ以上大きくなったら困るわ。でも出されたらきっと我慢できないわ、おいしいんだもの」

「いいね。ご飯がおいしいというのはいいことだよ。とってもいいことだよ」


 二人はしばらくお互いを見つめ合っていた。そしてふと言葉が途切れた時、図ったように顔を近づけ、相手の唇に唇を寄せた。


「平和だね」

「本当にね」


 静かな静かな、森の秋だった。




<完>






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― 新着の感想 ―
[一言] 書店で購入し(メディワークス文庫)、一気に読んでしまいました。あとがきの一言が気になり、ネット検索をし、「なろう」にたどり着きました。他の作品を拝読予定です。『不遇令嬢とひきこもり魔法使い』…
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