高機動ラーメン屋台DARUMA
目指せ飯テロ
初めてそれを見たのは確か高校一年のときだ。塾帰りの夜道、煌々と輝く電飾の軽トラが物凄い勢いで車線を無視して走っていった。
最初はそれがラーメン屋とは全く分からなかったが、何度か見て荷台の幌にラーメンを啜るダルマ人形の絵が描かれていることに気が付いた。
手足が腐り落ちた達磨大師をモチーフとした人形から腕が生え、ラーメンを食しているのはなんとも不条理だと高校生ながらに思ったものだ。
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久しぶりにラーメン屋台DARUMAを見つけた私はすっかり大人になっていた。居酒屋を2軒、3軒目はBARで洒落込み、そして今はラーメンの口になっている。
あぁ。ラーメンが食べたい。ラーメン、ラーメンなのだよ。
歓楽街の脇にとまったDARUMAには電飾が点いていない。もう営業終了か。そう思い眺めていると、軽トラにエンジンがかかり、パチリと明るくなった。どうやら休憩をしていただけのようだ。
急がねばならぬ。DARUMAはラーメン屋台にあるまじきマフラー音を響かせ、此方に向かって進み始めた。
「すいませーん! ラーメン一つ!」
酔いに任せて大声でオーダーするがDARUMAはスイと私を躱して行ってしまう。呆気に取られて見送っていると周囲が俄かに騒がしくなった。
「おい、DARUMAが行ったぞ」
「ふん。これを逃す手はない」
「今夜こそすすってやろう」
何処からやって来たのか。酒を飲み、草臥れたスーツ姿の男達が次々と現れてDARUMAを追いかけ始めた。先頭を走る男は荷台の後あおりに手をかけ、引き摺られる。雑居ビル2階の窓が開いたと思うと、男がDARUMAの幌に向かって飛び降り、見事に張り付いた。
その他にも自転車を無断借用して追いかける者、タクシーを捕まえて追い掛ける者等、様々だ。
これは機を逃した。どんどん小さくなるテールランプを眺めながら、他のラーメン屋を探して首を振った時だ。ドドドドドと単気筒の音がして、私の横にバイクがとまった。半ヘルを被った髭面の男がこちらを向いている。
「ニーちゃん、DARUMAを食いたくないか?」
「食べたいんですけどねー。行っちゃいました」
「ほらよ」
工事現場でするようなヘルメットを渡される。バイクに乗れと言うことだろうか? きっと好意なのだろうけどおっさんと2人乗りはちょっと──。
「今日はスペシャルらしい。TwitterでDARUMAのオヤジが呟いていた」
「スペシャル?」
「ああ、スペシャルだ」
「ご一緒させて頂きます」
「1人でDARUMAを止めるのは骨なんだ。頼むぜ、ニーちゃん」
シートに跨ると、バイクはただDARUMAのテールランプを目掛けて走り始めた。
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靴がチリチリとアスファルトと擦れ、火花が散った。DARUMAの荷台に飛び付いた男だ。随分と丈夫なようでまだ頑張って引き摺られている。幌の上の男はどうなったろう? ここからは見えない。
暴走タクシーが車体を寄せてぶつけようとするも、DARUMAはひょいと加速して突き放す。そして火花は一層激しく散る。
「ニーちゃん、これから激しくなるぞ」
「もう充分ですけどね」
ラーメンとはここまで命を張る価値があるものなのか? そのような疑念はバイクの加速に置き去りにされる。ヘルメットに書かれた安全第一が虚しい。
DARUMAは古い民家が並ぶ地区に騒々しいまま闖入していく。車体を強引に滑らせて脇道に入ると、追走していたタクシーが曲がりきれずに脱落した。
路地の植木やゴミ箱を跳ね上げながらもズンズンと進んで行く姿はただの軽トラではない。何事かと平屋の窓から首を出した老女がポカンと口を開け、飛来した靴をキャッチした。とうとう、引き摺られていた男も振り落とされたらしい。
「ニーちゃん、抜けるぞ」
その声を合図に視界がパッと広がった。月の光に照らされ、更に明るくなったDARUMAが急勾配の川土手をグイグイ登っている。
「舌を噛むなよ」
負けじとアクセルを開放したバイクは踊るように登り、転がるように河川敷に降りた。
「ふん。やろうってのか」
遠く正面にはDARUMAのフロントガラスが見える。空ぶかしの音が河川敷に響き渡り、チキンレースの開幕が近づく。
「ニーちゃん、これを」
「え、これをですか?」
「そうだ。ビシッと頼むぞ」
碌な説明もないまま度胸比べが始まった。"DARUMA"の電飾がどんどん近づき、拍動が高まり──。
「今だ!」
「はい!」
私の投げた防犯カラーボールがフロントガラスで弾け、DARUMAはあっさりとハンドルを切って負けを認めた。マフラーの音が止み、入道のような男が運転席から降りて、こちらをぎょろり。
「ちっ。注文は?」
「スペシャルを二つ」
「スペシャル二丁!」
入道が声を張ると、軽トラの幌から男が降りてきてラーメンを作り始めた。
「……入道はラーメン作らないんですね」
「あれはただの運転手だ」
バイクの男は髭を撫でながらニコニコと出来上がりを待ち、私はやり場のない思いをブラブラさせた。
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琥珀色に澄んだスープに軽く捻れた細麺。これは、全粒粉入りか。その上には鶏チャーシュー、細切りのメンマ、白髪ネギ、そして輪切りの青ネギものっている。シンプルだが、輝いて見える。
粗末な折り畳みテーブルに置かれたDARUMAラーメンに息を吞んでいると、隣からズズズと無遠慮な音がする。
「食え」
「はい!」
夢中になって麺すすり、スープまで一気に飲み干す。ぷはっと顔を上げると、3人から見られていた。
「どうだい?」と入道が言う。
「めちゃくちゃ美味かったです! シンプルなのに、なんでこんなに美味しいんですか?」
「はっはっはっ! それはニーちゃん、今日はスペシャルコースだったからな。人間、自分が苦労して得たモノには特別な評価を下すんだよ」
ふむ。そうかもしれない。少なくとも、今まで食べたラーメンで一番記憶に残る一杯になったことは間違いない。